第四百五十六夜 おっちゃんと病気の女王(後編)
二時間後、治療団の一人である木乃伊の魔術師が、部屋に現れた。
「先生。女王は、女王の容態はどうなんですか?」
木乃伊が落ち着いた顔で語る。
「オウル殿、落ち着いてください。女王は精霊型の種族です。憑依している女王には、問題ありません」
「なら、依代になっている女性のほうが、病気なんですか?」
「結論からすると、そうです。ただ、女王と依代となっている女性の結びつきは極めて深い。無理に切り離せば、両方とも危険な状態になる可能性があります」
「ほな、依代の女性を治療してください」
魔術師は渋い顔をして、歯切れも悪く答える。
「我々の力では、治療は難しいです」
「何でです? 先生は魔都イルベガンで最高の術師なんでしゃっろ?」
「依代の女性はかなり弱っています。普通ならもう、生きているのが不思議なくらいです。それが、女王の力で辛うじて生きている状態です」
おっちゃんは心底うろたえた。
「そんな……それなら、どうしたら」
「できることなら、依代となっている女性の死を待ち、新たな依代に憑依することをお勧めします。それなら、女王は速やかに回復するでしょう」
おっちゃんは膝から崩れ落ちそうになった。
「そんな、キヨコが助からないなんて」
魔術師は困った顔で切り出した。
「あとはあまり、お勧めしませんが、レイトン湾に眠るといわれる伝説の祭器を使えば、一時的にですが、依代の女性を回復させられるでしょう」
僅かに希望が出て来た。
「本当ですか?」
「これは、あくまでも可能性です。ただ、伝説の祭器の力をもってしても、依代の女性の寿命を三年ほど延ばすのが限界。できることなら、すぐに新しい依代を探したほうがいいでしょう」
(三年! 助かったところで、キヨコに残された時間は、たった三年やと)
項垂れているところに、アイオロスが戻って来た。
魔術師はおっちゃんにしたのと同じ説明を、アイオロスにもした。
説明を受けたアイオロスは、難しい顔をして黙って聞いていた。
魔術師の説明が終わったところで、おっちゃんはアイオロスに話し掛けた。
「アイオロスはん。レイトン湾に眠る祭器って、使うわけにはいかんやろうか?」
アイオロスは暗い顔で告げる。
「封じられた祭器は、恐ろしい災厄の蟹と一緒に封じられています。祭器を復活させれば災厄の蟹も復活します。災厄の蟹は復活すれば島を滅ぼすと伝えられています」
(キヨコを救いたい。せやけど、レイトンの街の人間を犠牲にするわけにはいかん)
「そうか。なら、使うわけには、いかんな……」
アイオロスが苦渋に満ちた顔で告げる。
「それが、そうとも言えなくなりました。コンリーネが祭器と災厄の蟹を封じている神殿の封印を破ろうとしました」
「何やて? そんで今、封印は、どうなっているんや?」
アイオロスが困った顔で説明する。
「コンリーネの野望を挫きましたが、封印は半ば破壊された状態です。封印の修復は絶望的であり、このままでは、近いうちに封印が解けます」
「なら、こちらから準備を整える。その上で、封印を解く。そんで、災厄の蟹を倒せば、祭器が手に入るちゅうことやな?」
アイオロスが弱った顔で、言いづらそうに話す。
「そうなります。そうなれば、女王の病気を治して、次の依代を見つける時間を稼げます。ですが、言い伝えによれば、災厄の蟹は強力です。我々だけの力で撃つのは難しい」
おっちゃんはアイオロスの心中を察した。
「それは、湾内に停泊している軍艦の力を借りたいと頼んでいるんでっか?」
「できれば、お願いしたいです。ですが、他国に援軍を求める行為は女王の職権でして、我々からは正式な依頼が、できないのです」
「わかった。援軍の件は骸様に相談して、こちらから申し出た建前にする」
アイオロスが神妙な顔で頭を下げた。
「お願いしてばかりで悪いのすが、早急に頼みます。魔術師の話では封印は保って三日だそうですから」
「わかった。任せておけ」
おっちゃんは城を出ると、ブラッド・オレンジ号に急いだ。
ドロゴロンの計らいにより、鏡を通して骸と面会できた。
おっちゃんは包み隠さず、情報を骸に伝えた。
骸が困った顔をする。
「また、面倒な話になっておるのう。五隻の軍艦はイルベガン参事会が派遣しておるわけではない。ブラッド・オレンジ号は別にして、指揮権はわらわにはないのじゃ」
「でも、このままでは蘇った災厄の蟹に、レイトンの街が滅ぼされるかもしれません。そうなれば、資源の輸出かて不可能になります」
骸が渋い顔をする。
「それは、他のダンジョンかて困るであろう。だから、協力はするじゃろう。だが、連携は、取れぬ」
「では、軍艦を退避させて、ミンダス島の人間だけで戦ってもらうつもりでっか?」
骸が不機嫌な顔で意見を述べる。
「そうもいかんじゃろう。見捨てるような真似をして、資源だけ売ってくれ――では虫が良すぎる。それくらいは、わらわとて、わかっておるわ」
「ほな、どうします?」
「とりあえず、封印を守ってくれ。明日、緊急会合を開いて連合艦隊を組織してみる」
「わかりました。援軍の件。どうにかお願いします」
おっちゃんは急ぎアイオロスに会う。
「援軍の件は、どうにかなりそうや。せやけど、船を出しているダンジョン間で合意が取れるかどうかは、微妙な状況や」
アイオロスは怪訝な顔で尋ねる。
「どういう意味ですか?」
「各船が独自に動いて、ミンダス島を助ける状況になるかもしれん。そんでもって、各自バラバラに要求を出してくる展開が予想される」
アイオロスは、頭が痛い顔をする。
「援軍を出してくれないよりは、数段にいいです。ですが、交渉の当事者になる我々は、大変ですな」
「全ては、明日の緊急会合しだいやが、どう転ぶか」
おっちゃんは、その日は、《陸のカモメ亭》に泊まる。
夜遅くに、ガイルがやって来る。
「ガイルはん、ここにいてええんか? 封印の警備はどうなっとる?」
ガイルが神妙な顔で、淡々と語る。
「大丈夫だ。ブラッド・オレンジ号から腕の立つ奴らが下りてきて警備している」
ガイルが椅子に腰掛けて、心配した表情で語る。
「それより、問題は他の船の奴らだ。城にいる友人に聞いたが『冥府洞窟』を除く四つのダンジョンは、さっそく独自交渉のために出入りしている」
「どこのダンジョンも、よりよい条件を引き出すのに必死なんやろうな」
「それで、おっちゃんはどうするんだ?」
「わいか? わいはもちろん戦う。女王の健康状態は他人事やあらへん」
ガイルが表情を曇らせえて忠告する。
「使命に命を懸ける気なら何も言わん。でも、災厄の蟹は伝承どおりなら手強いぞ」
「どう手強いんや?」
「伝承では、奴の全身は固い甲羅に覆われていて、普通の武器が通用しない」
「なにか、手はないんか?」
「唯一の弱点は火だ。奴はそれを知っている。だから、奴は水辺から動こうとしないだろう」
「海に封じられた理由も、海から出なかったからか?」
ガイルが、そつない面で、不安気に述べる。
「そうだ。奴は祭器から新たな力を得ようとして、結界内に誘き出された。それで、祭器ごと封印された。今度は、同じ手は通用しないだろう」
「苦しい戦いになりそうやな」




