第四百五十五夜 おっちゃんと病気の女王(前編)
おっちゃんはトロルの姿で、翌日のお昼に登城した。
昨日と同じ応接室に、おっちゃんは通される。
アイオロスはすぐに会ってくれた。アイオロスは窶れていたが、身なりは綺麗になっていた。アイオロスが礼をする。
「昨日は、助けられました。礼を言わせてください。ありがとうございます」
「昨日の今日で、まだ体も回復しておらんのに大変やな」
アイオロスが穏やかな顔で告げる。
「私に化けたコンリーネのせいで、城は混乱しています。これを早急に立て直さなくてはなりません。甘えは許されない状況です」
「コンリーネから聞かされたで。女王は病気なんやて? 回復の見込みはどうや?」
アイオロスが沈痛な顔で語る。
「残念ながら、眼を覚まさない状態です。医師の手にも負えない状況です」
「なら、無理に島の中だけで問題を解決しようとせんと、一つ、大陸の知恵を頼ったら、どうや?」
アイオロスは真剣な顔で頼む。
「私もそう考えておりました。ですが、魔女が私に成り代わって、強固に反対しておりました。ですが、もう、魔女はいない。お願いできるでしょうか?」
「協力は得られると思う。せやけど、うまくいったら、イルベガンに対する『重神鉱』と『霊金鉱』の輸出を増やしてもらう約束が欲しい」
アイオロスが軽く頭を下げて、約束した。
「それは、重々わかっております。女王が回復された暁には増産をお約束します」
「わかった。ほな、大陸から医者と魔術師を連れてきますわ」
ガイルと一緒に城を出ると、湾内に停泊しているブラッド・オレンジ号に移動した。
ブラッド・オレンジ号の船長はドロゴロンと名乗った。ドロゴロンは龍の顔を持ち、人間に似た種族の龍人族だった。龍人族は人間と違い鱗が生えた体を持つている点で異なる。
「わいや。オウルや。『重神鉱』や『霊金鉱』の輸出について、話の進展があった。至急、骸様に連絡が取りたい」
おっちゃんは船長室に案内された。船長室には直径六十㎝の鏡があった。
ドロゴロンが鏡に向かって、呪文を唱える。
鏡に女性が映る。女性は年の頃は二十前後、青い髪に白い肌をしており、赤い目をしている。魔都イルベガンの管理者の、骸だった。
「骸様。わいです。おっちゃんです。『重神鉱』と『霊金鉱』の輸出について、進展がありました」
おっちゃんの言葉を聞き、骸の顔が輝いた。
「まことか! 輸出が止まり、参事会は混乱しておったところだ。して、どうなった?」
「実はミンダス島では、鉱物資源の生産には女王が深く関わっております」
骸が少しだけ表情を曇らせる。
「女王は面会を拒否しておる、と聞いたぞ」
「女王はご病気で、眼を覚まさないんですわ」
「なんと、それで、交渉の席に出てこなかったわけか」
「そこで商務大臣と話し合いました。そんで、女王の治療が上手くいったら、輸出再開と増産を約束してくれました」
骸が真剣な顔で了承した。
「わかった。イルベガンで最高の医師、薬師、僧侶、魔術師で、治療団を結成して送る」
「あと、もう一つ、お願いがあります」
「なんじゃ、また何か必要か?」
「レイトン湾には、独自交渉をしようとするダンジョンの船が他に四隻も来とります。混乱を避けるために、調整をお願いします」
「それも、どうにかしよう。後で、船長のドロゴロンから、船を出しているダンジョンを聞き、すぐに各屋敷に遣いを走らせる」
おっちゃんは通信が終わると、《陸のカモメ亭》で治療団の到着を待つ。
一夜が明けて、朝になると、様々な種族からなる十二名の治療団がやって来た。
(マジック・ポータルを使ったにしても、一晩でやって来るとは、対応が早いな。それだけ、魔都イルベガン側も、切羽詰まっておるんやな)
治療団のリーダーと思わしき、白い服を着たオーガの女性が前に出る。
オーガは角を生やしている種族で、女性でも人間の男性よりがっしりした体格を持っている。
女性のオーガは赤い肌と赤い短い髪をしており、凛々しい顔をしていた。
(できる女性の雰囲気やな)
オーガの女性が理的な顔で挨拶する。
「おっちゃんさんですか、骸様から派遣されてきました。医師のエンデです」
「先生、よく来てくださいました。よろしければ、すぐに城に案内します」
「疲れてはおりません、すぐに診察に行きましょう」
おっちゃんは治療団を伴って、お城に向かう。
アイオロスに連れられて、女王の寝室に入った。女王は一見すると人間に見えた。
女王の身長は百六十㎝。年の頃は四十代。赤みが掛かった肩まである黒髪。小麦色の肌。細い眉と小さな口で、安らぎを覚える柔和な顔をしていた。
おっちゃんは言葉を失った。
(キヨコ。キヨコや。キヨコが女王なんて、どういうことや?)
エンデが真剣な顔でアイオロスとおっちゃんに声を掛ける。
「これから診察をするので、別室でお待ちください」
おっちゃんとアイオロスは別室で待たされた。
「アイオロスはん。女王はいつから女王なんですか?」
「女王は在位七年です」
(七年やと、ちょうど、わいの前から消えたのと、同じ頃や)
「女王はこの島の生まれでは、ないですやろう。どこから来たんですか」
アイオロスは丁寧な態度で説明を拒絶した。
「残念ですが、女王の出生については島の重要な機密です。私の口から申し上げられません」
「そこをなんとか、教えてもらうわけにはいきませんやろうか」
「もし、お知りになりたいのなら、女王がお目覚めになった時に、直接、女王の口から、お聞きください」
(女王の正体はキヨコなんやろうか。でも、何で、ミンダス島にキヨコは連れて来られたんや? それとも、ここに来たのは、キヨコの意志なんやろうか?)
女王について、あれこれアイオロスに尋ねたかった。
だが、アイオロスの秘書が厳しい表情でアイオロスの許に来て、何かを囁く。
アイオロスは険しい顔で報告を聞いた。
「すいません、急用ができました。少し席を外します」
おっちゃんは待合室に一人にされた。
女王は本当にキヨコなのか。キヨコは病気なのか。キヨコは助かるのか。
おっちゃんは、やきもきしながら、医師の診断が着くのを待った。




