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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ミンダス島編
453/548

第四百五十三夜 おっちゃんとコンリーネの思い(前編)

 一夜が明ける。炒り豆を買って、ベルトポーチに入れ、《陸のカモメ亭》に向かう。

《陸のカモメ亭》でトロルの姿になり、正装をする。


「ガイルはん、友人たちはどうや? うまくやれそうか?」

 ガイルが自信に満ちた顔で力強く告げる。

「すでに城に侵入済みだ。首尾は信用してくれと頼むしかない」

「わかった。ほな、城に行くで」


 おっちゃんは今まで使われる機会が一度もなかった信任状を手に《陸のカモメ亭》を出た。

 おっちゃんを先頭にガイルが従って歩く。

 ミンダス島にはトロルはいない。なので、一目で大陸から来た種族だとわかる。

 軍艦が出現して大陸からの種族が見えたので、街の住人は大陸からの使者が来たと勘違いしていた。


 城門にいるクロコ族の門衛に伝える。

「魔都イルベガンの管理者である骸様の遣いとして来た、オウルや。貿易について、話がしたい。(すみ)やかに、責任ある者に伝えて欲くれ」


 おっちゃんは信任状を渡す。門衛はおっちゃんをイルベガンからの使者だと思い込んだ。

「少々、お待ちください」と門衛が(かしこ)まって、城の中に駆けて行った。


 おっちゃんは、高級な雰囲気漂う応接室に通された。

 ガイルは護衛だったので前室に待たされる。

 応接室のソファーの椅子は大きく、トロルのおっちゃんでも窮屈しなかった。クリーム色を基調とした応接室は立派で、窓から港が良く見えた。


 ほどなくして、黒い制服を着た、ひょろっとした背格好の、五十代の人間の官僚が現れた。官僚は丸顔で口髭を生やした気の弱そうな男だった。

「お初にお眼に掛かります。商務長官のゲオルギスです。本日は――」


 おっちゃんは即座に机を拳で叩いて、怒った演技をした。

「わいは責任あるものを出せと頼んだんや。骸様の名代として来ているのに、長官が相手とは何事や。女王が無理なら、大臣クラスが相手をするのが礼儀じゃ!」


 身長が一m以上も違う、おっちゃんに見下ろされて、ゲオルギスは怖れた。

「しかし、大臣のアイオロスは忙しい身で、すぐにはお相手できません」

 おっちゃんは窓の外を指差して凄む。

「ゲオルギスと名乗ったな。湾内に停泊している船は飾りか、玩具(おもちゃ)だとでも、思うとるんか」


 ゲオルギスはおどおどしながら答える。

「とんでもない、状況は充分にわかっております」


「前回、国外退去を命じられて、イルベガン参事会の面子は痛く傷ついた。骸様は今回、本気やぞ。それとも何か、アイオロスの用事は国家の大事より優先されるんかあ!」

「いえ、そのようなことは……」


 おっちゃんは、腹から声を出した。

「だったら、女王かアイオロスを連れてこい! 連れてこないと、今宵が本当に開戦前夜になるで」


 ゲオルギスは怯えて退出した。

 おっちゃんは苛々した振りをしながら、アイオロスを待つ。


 そうしていると、廊下から大きな声が聞こえた。

「誰だ、そいつは!」「違う! そいつが偽者だ」

(おっと、タイミングが少し、ずれたね)


 おっちゃんは廊下に飛び出した。

 廊下の左には黒い制服を着て、立派な顎髭を生やした、凛々しい中年男性がいた。

 廊下の右には同じ顔をした男がいた。だが、右の男性は(やつ)れ、髭も伸び放題、粗末な服を着ていた。


 右の男の側には、武装したモグラ族の男が二人と、衛兵の姿をした象族の男二人が立っていた。

(粗末な服を着ているほうが本物のアイオロスやな。立派なほうが、コンリーネの変装やな)


 おっちゃんは、慌てた演技をする。

「やや、アイオロス殿が二人だと? どっちが本物や?」

 アイオロスに化けたコンリーネが叫ぶ。

「そいつらが偽者だ。衛兵よ。捕えろ」


 アイオロスが必死な顔で叫ぶ。

「違う! 偽者はそいつだ。そいつは魔女だ!」

 おっちゃんは迷った振りをしながら、コンリーネの後ろに移動する。


 駆けつけた兵士も、どっちが本物か迷う。だが、本物のアイオロスのほうを囲んだ。

 おっちゃんは充分に人が集まってきたと思ったので、そっと炒り豆を取り出す。


 コンリーネの背後から、炒り豆を投げつけた。

「ぎゃああああ」とコンリーネが悲鳴を上げると、変装が解除される。


 アイオロスが叫ぶ。

「それ、見ろ! 向こうが魔女だ。俺は魔女に、地下牢に閉じ込められていたんだ」


 兵士たちがアイオロスの言葉を信じて、コンリーネを捕縛しようとした。

 強烈な閃光が廊下に満ちると同時に、大きな音がする。

(『列光』の魔法か)


 おっちゃんは、すぐに対になる『無音の闇』の魔法を唱えて打ち消す。

 通路が元の光景に戻ったときには、コンリーネの姿は見当たらなかった。

(逃げられたか。でも、コンリーネに魔法を唱えた素振りは、なかった。これは、まだ、コンリーネの手の者が城にいるかもしれんな)


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