第四百五十三夜 おっちゃんとコンリーネの思い(前編)
一夜が明ける。炒り豆を買って、ベルトポーチに入れ、《陸のカモメ亭》に向かう。
《陸のカモメ亭》でトロルの姿になり、正装をする。
「ガイルはん、友人たちはどうや? うまくやれそうか?」
ガイルが自信に満ちた顔で力強く告げる。
「すでに城に侵入済みだ。首尾は信用してくれと頼むしかない」
「わかった。ほな、城に行くで」
おっちゃんは今まで使われる機会が一度もなかった信任状を手に《陸のカモメ亭》を出た。
おっちゃんを先頭にガイルが従って歩く。
ミンダス島にはトロルはいない。なので、一目で大陸から来た種族だとわかる。
軍艦が出現して大陸からの種族が見えたので、街の住人は大陸からの使者が来たと勘違いしていた。
城門にいるクロコ族の門衛に伝える。
「魔都イルベガンの管理者である骸様の遣いとして来た、オウルや。貿易について、話がしたい。速やかに、責任ある者に伝えて欲くれ」
おっちゃんは信任状を渡す。門衛はおっちゃんをイルベガンからの使者だと思い込んだ。
「少々、お待ちください」と門衛が畏まって、城の中に駆けて行った。
おっちゃんは、高級な雰囲気漂う応接室に通された。
ガイルは護衛だったので前室に待たされる。
応接室のソファーの椅子は大きく、トロルのおっちゃんでも窮屈しなかった。クリーム色を基調とした応接室は立派で、窓から港が良く見えた。
ほどなくして、黒い制服を着た、ひょろっとした背格好の、五十代の人間の官僚が現れた。官僚は丸顔で口髭を生やした気の弱そうな男だった。
「お初にお眼に掛かります。商務長官のゲオルギスです。本日は――」
おっちゃんは即座に机を拳で叩いて、怒った演技をした。
「わいは責任あるものを出せと頼んだんや。骸様の名代として来ているのに、長官が相手とは何事や。女王が無理なら、大臣クラスが相手をするのが礼儀じゃ!」
身長が一m以上も違う、おっちゃんに見下ろされて、ゲオルギスは怖れた。
「しかし、大臣のアイオロスは忙しい身で、すぐにはお相手できません」
おっちゃんは窓の外を指差して凄む。
「ゲオルギスと名乗ったな。湾内に停泊している船は飾りか、玩具だとでも、思うとるんか」
ゲオルギスはおどおどしながら答える。
「とんでもない、状況は充分にわかっております」
「前回、国外退去を命じられて、イルベガン参事会の面子は痛く傷ついた。骸様は今回、本気やぞ。それとも何か、アイオロスの用事は国家の大事より優先されるんかあ!」
「いえ、そのようなことは……」
おっちゃんは、腹から声を出した。
「だったら、女王かアイオロスを連れてこい! 連れてこないと、今宵が本当に開戦前夜になるで」
ゲオルギスは怯えて退出した。
おっちゃんは苛々した振りをしながら、アイオロスを待つ。
そうしていると、廊下から大きな声が聞こえた。
「誰だ、そいつは!」「違う! そいつが偽者だ」
(おっと、タイミングが少し、ずれたね)
おっちゃんは廊下に飛び出した。
廊下の左には黒い制服を着て、立派な顎髭を生やした、凛々しい中年男性がいた。
廊下の右には同じ顔をした男がいた。だが、右の男性は窶れ、髭も伸び放題、粗末な服を着ていた。
右の男の側には、武装したモグラ族の男が二人と、衛兵の姿をした象族の男二人が立っていた。
(粗末な服を着ているほうが本物のアイオロスやな。立派なほうが、コンリーネの変装やな)
おっちゃんは、慌てた演技をする。
「やや、アイオロス殿が二人だと? どっちが本物や?」
アイオロスに化けたコンリーネが叫ぶ。
「そいつらが偽者だ。衛兵よ。捕えろ」
アイオロスが必死な顔で叫ぶ。
「違う! 偽者はそいつだ。そいつは魔女だ!」
おっちゃんは迷った振りをしながら、コンリーネの後ろに移動する。
駆けつけた兵士も、どっちが本物か迷う。だが、本物のアイオロスのほうを囲んだ。
おっちゃんは充分に人が集まってきたと思ったので、そっと炒り豆を取り出す。
コンリーネの背後から、炒り豆を投げつけた。
「ぎゃああああ」とコンリーネが悲鳴を上げると、変装が解除される。
アイオロスが叫ぶ。
「それ、見ろ! 向こうが魔女だ。俺は魔女に、地下牢に閉じ込められていたんだ」
兵士たちがアイオロスの言葉を信じて、コンリーネを捕縛しようとした。
強烈な閃光が廊下に満ちると同時に、大きな音がする。
(『列光』の魔法か)
おっちゃんは、すぐに対になる『無音の闇』の魔法を唱えて打ち消す。
通路が元の光景に戻ったときには、コンリーネの姿は見当たらなかった。
(逃げられたか。でも、コンリーネに魔法を唱えた素振りは、なかった。これは、まだ、コンリーネの手の者が城にいるかもしれんな)




