第四百四十九夜 おっちゃんと呪いの酒甕
おっちゃんが村を調査すると、酒甕はどれも外に置かれており、設置箇所は五箇所だった。夜になるのを待つ。
金鎚を片手に闇夜に紛れて、酒甕を壊そうとした。思い切り酒甕を叩くが、酒甕は鈍い音を立てるだけで、壊れなかった。
(何や? 素材を強化する魔法が掛かっているんか? 傷一つつかん。なら、これなら、どうや?)
おっちゃんは酒甕に『解呪』の魔法を掛ける。酒甕から呪いの気配が消えた。
酒甕に入っている液体を指先につけて舐めると、酒の味がしなかった。
(よし、行けるで)
おっちゃんは残り四つの酒甕を回って、『解呪』の魔法を掛けて呪いを解く。
朝を待って村の様子を見守る。
朝になると村人が起きてきて、酒甕に液体を汲みに来る。村人は酒を早く飲みたいのか汲んだ傍から容器に口を付ける。
(よし、酒甕の中がただの水やとわかれば、騒ぎ出すやろう)
だが、おっちゃんの予想は外れた。
村人は慌てず騒がず、ふらふらした足取りで家に戻って行った。
(何や? おかしいで。騒ぎにならんぞ)
不審に思い、『透明』の魔法で姿を消して、酒甕に近づく。
酒甕に掛けられた呪いが復活していた。酒甕をよく観察するが、酒甕に掛けられた呪いは強力なものとは思えなかった。
(『解呪』で呪いを解いても、時間が経てば呪いが復活する仕組みやない。なら、何で呪いが復活したんや?)
理由がわからない。とはいえ、このままでは、いつまで経っても呪いが解けない。
村人の中に『呪い』の魔法を使える者が潜んでいるかもしれない、と予想を立てた。
もう一度、酒甕に掛かった呪いを解いて、様子を見る。だが、そんな人間は、いなかった。
おっちゃんは黙って酒甕を観察する。時折、椋鳥がやって酒甕の縁に止まっているぐらいで、変化はなかった。
おっちゃんは夕方に、また土蔵に行きアグラの許を訪ねる。
「アグラはん、駄目や」
アグラが不安な顔をして訊く。
「なんだ、どうなったんだ」
「酒甕には魔法が掛かっていて壊せん。それに、酒甕には呪いが掛かっているんやけど、この呪いは、解いても復活する」
アグラが困った顔で告げる。
「弱ったな。お城に救援を求めても、役人はすぐにはこない。そうしているうちに、酒しか飲まない村人が、衰弱死してしまう」
「村人がおかしくなる前に、異常ってなかったか?」
アグラが難しい顔で考え込む。
「酒商人が酒甕を設置していった以外は、見当がつかないな」
「わかった。もう少し、粘ってみるわ」
「頼む。おっちゃんだけが頼りだ」
おっちゃんは一眠りして魔力を回復させてから、また夜に酒甕に掛けられた呪いを解いて回った。
おっちゃんが酒甕の呪いを解いていると、ふと、どこからか視線を感じた。
『暗視』の魔法を唱えるが、視界に怪しい物は見えなかった。
朝になると、椋鳥がやって来て、酒甕の縁に停まる。
村人がやって来ると、椋鳥が飛び立つ。村人はいつものように、ふらふらしながら、酒甕から中の液体を汲んで行く。
おっちゃんは水を飲むわけでもなく、水浴びをするわけでもない椋鳥が妙に気になった。
アグラの許を再び訪ねて訊いた。
「アグラはん。この辺りに椋鳥っておる?」
「椋鳥って何かね?」
アグラは椋鳥を知らなかった。
(これは椋鳥が呪いを運んできておるな。椋鳥は西大陸やと、どこに行ってもおる。だから、気付かなかった。おそらく、西大陸から来た魔女も、ミンダス島には椋鳥がおらんと知らんかったんやな)
おっちゃんはアグラの許を離れると、『物品感知』で鳥の巣を指定する。
村の外れに二箇所の反応があった。うち一つは椋鳥の巣だった。椋鳥の巣には六羽の椋鳥がいた。
おっちゃんは『魔力の矢』を放って、六羽の椋鳥を射抜いた。魔力の矢に射抜かれた椋鳥は地面に落ちると、米の塊になった。
「椋鳥は魔術で作られた存在やったか」
おっちゃんは椋鳥の巣も『魔力の矢』で落として、『着火』の魔法で巣を焼いた。
巣を始末してから、村にある五つの酒甕から『解呪』の魔法で呪いを除去する。
しばらく待つと、村人がやって来て酒甕から呪われた酒を汲むもうとする。だが、中身は水に戻っていた。他の酒甕も同様なので、村人は騒ぎ出し、パニックになった。
おっちゃんは、黙って騒動を見守る。喧嘩や残った酒の奪い合いに発展した。それでも、騒ぎは夕方には落ち着いた。
夜には村は静まり返った。夜が明ける。
村人は酒甕には触れず、井戸から水を汲み、水を飲み始める。
昼過ぎに村長宅に様子を身に行くと、アグラが明るい顔で出迎えてくれた。
「おっちゃん、よくやってくれた。村は救われた」
「家の人は、何と弁解していました?」
アグラが顔を顰めて語る。
「それが、酔っていた時に何をしていたか、ほとんど覚えていないんじゃ」
「酒の呪いにはそんな副作用もあったんやな」
「土蔵に儂を閉じ込めた娘夫婦にしても然り。儂が独りで土蔵に入って出られなくなったと思うとった」
「それは、何とも呪われた本人たちにとって、都合の良い呪いでしたな」
アグラが穏やかな顔で告げる
「ただ、酒甕は危険なものだ、との認識はあるようだ。あとで村人と一緒に土蔵の中にしまっておくよ」
アグラはそこで頭を深々と下げる。
「ありがとう、おっちゃん」
「いえいえ、どういたしまして」
「それでだけど、おっちゃん、さっそく製鉄村に詫びの手紙を持っていってくれないか。これから鉄を掘ると、どうしても、鉄鉱石の納品には時間が掛かる」
「わかりました。製鉄村の村長には、事情をよく説明しておきます」
おっちゃんは手紙と郵便料金、それに、村を救った報酬を受け取ると製鉄村に戻った。




