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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ミンダス島編
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第四百四十八夜 おっちゃんと鉄掘村

 幾日か街の雑用や、鰻村への手紙の配達などをこなす。

 ある朝、出勤すると明るい顔でアグネスが声を掛けてくる。

「おっちゃん。今日は少し遠くへ配達をお願いするわ。島の北西部にある、製鉄村よ」

「ええよ。手紙が入った郵便鞄をちょうだい。届けて来るわ」


 郵便鞄と王家の紋章が入った手紙を受け取る。街で保存食を買い、水筒にエールを詰めて、製鉄村に向かった。

 ミンダス島は南部が湿地帯、中央部が草原地帯であり、北部が荒地になっている。


 荒地の北西部から西かけては、鉄や銀が産出する露天掘りの鉱床がある。

 草原地帯を抜け、北西部へ続く道を進む。北に向かうほど植物は少なくなった。

 赤茶けた乾いた大地に、背の低い草が生えた光景が続く。木も細くひょろ長いものしか育っていなかった。


 途中で夜になったので野宿をして、朝日とともに歩き出す。昼前には製鉄村に着いた。

 製鉄村はしんとしており、街にある工房からも、火の気がなかった。ただ、製鉄用と思われる石炭だけは豊富にあった。

(何やろう? 石炭はあるのに、製鉄が進んでない。何かトラブルが起きておるな)


 村長の家を訊き訪ねると、象族の老人が出てくる。

「郵便を届けに来ました」

「ご苦労様」と村長は暗い表情で労う。

(なんや、顔色がよくないな、なにか心配事を抱えているんやろうか)


 村長は手紙を受け取って、その場で開封して読む。

「製鉄村は初めてやけど。今日はお休みでっか?」

 村長が曇った顔で弱々しく頼む。

「少し待ってくれるかい。先に手紙を読む」


 村長は手紙を読み終わると、どんよりし顔で切り出した。

「郵便屋さんにお願いがあるんだ。手紙を隣の鉄掘村まで届けてくれないか」

「ええですよ」と、おっちゃんは料金票から配達料金を計算する。


「速達料金を払うから、すぐに行ってもらえないだろうか」

「わかりました。急ぎですね」


 村長が深刻な表情で依頼する。

「あと、おそらく、鉄掘村では何かよくない状況になっている。もし、異常があるなら、何が起きているか見てきてもらえないだろうか」

「どうしたんですか?」


 村長は不安な顔で説明する。

「七日前から鉄鉱石が届かなくなった。それで、様子を見に行った鍛冶師二人も、帰ってこない」

「事件の臭いがしますな。鉄掘村って、どんな村ですのん?」


「ここからさらに西に行った、モグラ族の村だよ。露天掘りの鉱床を持つ村さ。鉄掘村は、製鉄をしている近隣三村へ鉄鉱石を供給しているんだよ」

「なるほど。鉄鉱石が来なくて、製鉄がストップしてるんでっか」


「そうなんだよ。鉄鉱石がないと、始まらない」

 おっちゃんは配達料を受け取ると、隣の鉄掘り村へと歩き出した。四時間を掛けて鉄掘り村に行く。


 百二十軒ほどの家が集まる村が見えてきた。村の家は木と赤い煉瓦により造られた質素な家だがほとんどだった。日が高いのに、村の道には人通りはなかった。

(あれが、鉄掘村か。やけに静かな村やな。鉄を掘っている雰囲気もない)


 鉄掘村が近づいてくると、風に混じって酒の臭いがしてきた。

 おっちゃんは用心のために『透明』の魔法で姿を消して村に入った。


 村はシーンとしていた。

(静かな村やな。まだ昼間なのに、活動している気配がないで)


 家のドアが開いて、中から二足歩行するモグラに似たモグラ族の男が出てくる。

 男は瓢箪(ひょうたん)を持ち、だらしない格好をしていた。男はふらふらした足取りで、村の中央に歩いて行く。


 村の中央には井戸があり、井戸の隣に人が入れるほどの大きな(かめ)があった。

 男は甕に瓢箪を突っ込み液体を詰める。男はまた、ふらふらした足取りで家に戻っていく。


 甕を覗くと強い酒の匂いがした。また酒甕からは呪いの気配もした。

(まさか、村人全員が酔い潰れているんか!)


 おっちゃんは村で一番大きな家に行く。

 家の戸は開いており、中には酔い潰れた村人が大勢いた。酔い潰れた象族の男も二人いたので、消息を絶った鍛冶師だと思った。


 おっちゃんは村長らしき格好の男を探す。だが、それらしき人は、いなかった。

 裏口から外に出ると、人を引きずった痕が土蔵(どぞう)まで続いていた。

(何や? 誰か捕まっておるんか?)


 おっちゃんは土蔵に近づいた。土蔵には南京錠が掛かっていたので、『開錠』の魔法で、錠を開けた。

 土蔵の中にはモグラ族の男が一人、倒れていた。男は身長が百六十㎝、茶色の着物を着て、白い髭を生やしていた。


「大丈夫でっか?」と声を掛けると「水を」の声がする。

 おっちゃんが外に出て、井戸から水を汲んでくると、男は水をゆっくりと飲んだ。

 男は一息つくと、「食べ物を持ってないか」と訊くので、保存食を渡した。


 男は保存食をゆっくり食べると、落ち着いたのか、まじまじと、おっちゃんを見る。

「郵便配達人さんか。儂は村長のアグラじゃ。助けに来てくれたのか? 村はどうなった?」

「わいはおっちゃんの名で親しまれる郵便配達人です。製鉄村の村長さんから鉄掘村の村長さんに当てた手紙の配達を頼まれて、やって来ました。これは、いったい何が起きたんですか?」


 アグラが険しい顔で語る。

「一週間前のことじゃ。村に酒商人がやってきた。酒商人は新商品だからと、非常に安い値段で酒を売った。その酒を飲んだら、村人が皆、おかしくなった」

「村長さんは、無事だったんですか」


 アグラが暗い顔で打ち明ける。

(わし)は酒が飲めんのじゃ。飲んでも、すぐに吐いてしまう」

「体質的に駄目なんやな」


 アグラは身震いしながら、何か起きたかを説明する。

「酒を飲んだ人間は、怠け者になった。また、酒を飲んだ人間は、無理やり他の者にも酒を飲ませた。なので、村中に謎の酒の害が広まった。飲めない儂は、土蔵に監禁された」

「そんな事態になっとったんか。とりあえず、ここから逃げましょう」


 アグラは弱った顔で頼んだ。

「いいや、儂が逃げれば、村人に気付かれる。悪いが、おっちゃんは村にある酒甕を壊してくれ。酒が抜ければ皆、元に戻るじゃろう」


 おっちゃんは、土蔵の中にあった金槌を手にする。

 金槌の先に布を巻いて、音があまり立たないように工夫する。

「ほな、夜になったら、酒甕を壊します」

「頼むぞ。そなただけが頼りじゃ」


 おっちゃんは土蔵を出ると、再び鍵を掛けてから『透明』の魔法で姿を消した。


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