第四百四十六夜 おっちゃんと脅迫状
朝になり、パシャブに自慢の酢豚を振舞ってもらう。
しっかり朝食を摂ってから、酒造蔵に行く。
「郵便を届けに来ました」
白い服に身を包んだ象族の男性が出て来て、面倒臭そうな顔で話す。
「何だ。また、手紙かい。一緒に持ってきてくれてもいいのに」
(わいの他にも、配達に出た人がおるんやろうか? でも、郵便宿で会わんかったな)
「誰やろう? ちと、見当が付かんわ」
おっちゃんは配達を終えたので、酒造蔵を後にしようとする。
年配の象族の男に呼び止められた。象族の男は困った顔をしていた。
「ちょっと待ってくれ、郵便屋さん。この早朝に届いた郵便だけど、どこから出ているかわかるかい」
おっちゃんは封筒を受け取る。
差出人の住所がレイトンの本局の住所だったが、差出人の名前がなかった。ただ、消印が似ているが、レイトンの郵便局で押した消印ではないと見抜いた。
「これ、本局を経由した手紙やないな。本局で押す消印と似ているが、違うとる」
「ちょっと、いいか」と年配の象族は、おっちゃんの袖を引いて庭の隅に連れて行く。
「どうかしましたか?」
「私の名はインシュブ。ここの酒造を預かる酒造頭だ。この郵便には実は脅迫状が入っていたんだよ。『酒を全て廃棄しないと、悪いことが起きる』ってね」
「手紙を見せてもろうても、いいですか」
「これが、そうだろう。酷いだろう」
手紙は、紙に書かれたごく短い文だった。
(一見すると、おかしいところはない。だが、それは、素人目線の話や)
「脅迫状の差出人を調べてみますから、脅迫状をお借りしても、ええですか?」
「よろしく頼むよ」とインシュブは頼んだ。
おっちゃんは穀物蔵まで行き、兵士に尋ねる。
「すんまへん、早朝にここを通った郵便配達人って、いますか?」
「いないね」と兵士は素っ気ない態度で答える。
次に会館に行き、管理人に尋ねる。
「昨日、会館に泊まった、郵便配達人は、いますか?」
「いないよ」と、こちらもアッサリした顔で返事があった。
穀物蔵で時間を潰してから、夕方に『瞬間移動』でレイトンの街に帰った。
《なんでも窓口》にいるアグネスに尋ねる。
「ちょっと、この手紙と封筒を見てや。酒造村に送られてきた脅迫状や」
アグネスが険しい顔で封筒と手紙を見る。
「住所は本局で、差出人は、なしか。消印は良く似ているけど、島で使われているのと、微妙に大きさが違うわね。手紙はおそらく、象族が書いたものね」
「手紙で、種族がわかるの?」
「わかるわよ。使われている言葉は同じだけれど。書体が、クロコ族、モグラ族、人間、象族で微妙に違うのよ」
「そうなんか。あと、これを酒造村に配達した郵便配達人がおるんやけど、わいの後に、酒造村に向かった郵便配達人って、誰や?」
「ちょっと、待って」と、アグネスが冴えない表情で、リストをチェックする。
「誰も行ってないわよ」
「郵便配達人の服って、どこかで売っとる?」
アグネスが表情を曇らせて教えてくれた。
「配達人になった時に支給されて、退職した時には返還してもらうわ。でも、長く務めていた人は記念に制服をこっそり、持っていくことも、あるわ」
「なるほど。退職者の制服が本人が亡くなった後に、古着屋に持ち込まれるケースはあるんやな?」
「そうね。否定できないわ。でも、郵便配達人は配達鞄を持っていたかしら」
「鞄には何か特長あるんか?」
「制服を記念にこっそり持つ人はいても、鞄は駄目なのよ。鞄は局で管理しているから、帰ってきた時に必ず回収しているでしょう」
「そう指摘されれば、そうやな」
おっちゃんはレイトンの街を出ると、『瞬間移動』で酒造村まで戻った。
酒造蔵で、おっちゃんはインシュブに再度、会う。
「今朝のことを、もう一度、思い出してほしいんやけど。配達人は郵便鞄から手紙を取り出しました?」
「郵便鞄を持っていた気はするけど、似た鞄だったかもしれないね」
「そうですか。他に何か妙な点って、なかったですかね?」
インシュブが閃いた顔をする。
「ああ、そういえば、ブーツが綺麗だったな」
「何で、覚えておりますの?」
「郵便配達人が玄関先に立っていたんだよ。それで、郵便を受け取ったあと玄関を清めるために水を撒こうとしたら、泥がほとんど落ちていなかった」
(おかしいで。昨日は雨が降っとった、穀物蔵から酒造村の道は泥だらけやった。普通なら、ブーツには泥がついているはずや)
おっちゃんはまず、コンリーネを疑った。
(コンリーネは飛べるし、『瞬間移動』かてできる。でも、コンリーネは今まで犯行に際して脅迫状を出した過去はない。郵便配達人に化ける必要もない気がする。とすると、郵便配達人は、この村にいた人間やろうか? )
コンリーネの犯行も捨てきれないが、どうも違うように思えたので保留しておく。
「この村に人間の方っていますか?」
「人間は醸造家になれないし、畑も持てないから、ここでは暮らしていけないよ」
おっちゃんは醸造蔵を後にして、郵便宿に泊まる。
「今日も一泊、お願いします」
「いいとも、泊まっていきなさい」とパシャブは愛想のいい顔で了承した。
その晩、横になりながら考える。
(偽の郵便配達人はおそらく、この付近に隠れとる。だが、人間のいない村で人間が住みつけば、話題になるやろう。まさか、象族の誰かが魔女の力で人間に化けたんやないか)
おっちゃんは、すぐにパシャブを疑った。
(脅迫状を運んできた郵便配達人が魔法で化けたものなら、パシャブはんが怪しい。昨日の晩から朝にかけて、わいの制服がここにあった。ブーツの泥を落としたのも、パシャブはんや。もし、パシャブはんが姿を変えられるなら、郵便配達人に化けられるな)
おっちゃんは疑問に思う。
(でも、何でや? パシャブはんは昔からこの土地にいた人や。わからん。これ、ちょっと調べてみる必要があるで。コンリーネの犯行を疑うのはその後やな)




