第四百四十三夜 おっちゃんと米の護送
米を運ぶ朝が来た。米はお城に運ばずに、お城が管理している穀物倉に運ぶ。
穀物倉のある村まで所要時間は六時間程度、早朝に出れば夕方前には到着する予定だった。
稲作村で飼っている象に荷馬車を牽いてもらい米を運ぶ。荷馬車は四台。おっちゃんの他に、七人が随行する。
百姓は武器の所持が禁じられていたので、武器の代わりに鋤や鍬を持って行く。
報酬を受け取って、米の運搬が開始された。
皆が緊張した面持ちで進むが、無事に昼になる。
昼に休憩を摂ると、皆の緊張が緩むので注意する。
「残り半分や。気を引き締めて行こうか」
昼食を摂って進むと、穀物倉のある村が見えてきたので皆が安堵した。
穀物倉は木造で、縦二十五m、横十五m、高さが八m。その倉が十つ並んでいた。
穀物倉の前には木造平屋建ての役所があり、兵士と役人が二十人ほど詰めている。
計量を済ませて、納税の書類が渡される頃には、日は暮れ始めていた。
「無事に税の運搬が済んだの。一泊したら、郵便を持ってレイトンの街に帰還やな」
穀物倉の近くには泊まれる会館があった。会館には風呂もあるので、皆で一泊しようとなる。
会館に移動しようとした時に、一人の象族の男が駆け込んできた。
「助けてくれ、魔物に襲われた」
「どんな、魔物や」
「子供のように小さい奴らだが、数は百もいる。このままだと、仲間が魔物に喰い殺される」
「わかった。すぐに助けに行くで」
おっちゃんは郵便の入った鞄を穀物倉の役人に預ける。
穀物倉にいた兵士十二人と、農具を持った男たちと一緒に現場に向かった。
農夫の若い男が苦い顔で弱音を吐く
「相手は小さくとも、数は百か。苦しい戦いになるな」
別の農夫が意気込んだ顔で鼓舞する。
「相手が小さいなら、纏まって戦えば大丈夫さ」
さらに別の農夫が渋い顔で意見する。
「二十人いても苦しいかもしれん。でも、見捨てられない」
役人が難しい顔で告げる。
「おそらく、戦闘にはならない」
「なしてや? 戦闘にならんてわかるんや?」
「前回の時もそうなんだが、魔物の目的は米なんだ。略奪が済めば、人を無視して撤収する」
農夫たちが安堵したので注意を促す。
「だが、前回と今回も同じとは、限らんで。用心は、しておいたほうがええ」
現場は穀物倉から四十分ほど行った地点で、おっちゃんたちが通ってきた場所だった。
襲撃の現場に行くと、襲撃現場に五人の男たちが倒れていた。二台の荷馬車は空で、荷馬車から切り離された象が付近にいた。
倒れている男たちに息はあったが、体が痺れて思うように動けなかった。
助けを呼びに来た男が説明する。
「魔物は身長が百五十㎝ほどで、浅黒い肌に無毛の頭、手には長く太いが爪あった」
「他に特徴はあるか?」
「爪に毒がある。引っ掻かれた奴らは、動けなくなっていた」
(話を聞くと、グールやな。でも、妙やな。夕暮れとはいえ、まだ陽があるうちに、出現しとる。それに、グールは集団で行動するが、百もの集団になる状況はない)
おっちゃんは魔物の正体に気が付いたが、黙っていた。
兵士が警戒する中、象を荷馬車に繋ぎ直す。
体の動けない男たちを荷馬車に乗せた。
兵士が助けを呼びにきた男に訊く。
「誰か魔物に連れて行かれた者は、いないか?」
助けを呼びに来た男が、複雑な顔で告げる。
「全員います。ただ、税として納める三十㎏の米俵を九十俵も持っていかれました」
(グールは何でも喰うから、米かて喰うやろう。でも、巣に餌を持って帰る習性はないで)
兵士が現場に残っている米俵を、難しい顔で見る。
「無事だった米は十俵だけか」
助けを呼びに来た男が渋い顔をして教える。
「それは、米じゃないです。中身は税として納める豆です」
「また、豆か」と役人が苦い顔をして漏らしたので、おっちゃんは役人に訊く。
「また、って、どういう意味でっか?」
「前回も輸送隊が襲われたんだが、やはり米だけ持っていかれて、豆だけ残ったんだよ。おそらくだが、魔物は豆を喰わないんだろうな」
(グールは豆だって喰う。これは、作為的なものを感じるのう)
兵士が指示を出す。
「よし、急いで帰るぞ。日が暮れると、危険だ」
おっちゃんたちは、そのまま穀物倉に戻った。
穀物倉の近くの会館で一泊し、その夜に考える。
(グールの動きに統制が取れている。グールを操って、米を奪っている存在は、魔女やな。だが、何で米を奪うんやろうな? また、豆を残していくのも、疑問やな)
おっちゃんは一緒に会館に泊まっている人間に尋ねる。
「魔物いうけど、名前は何て言うんやろうな?」
襲われた農夫が、冴えない顔で答える。
「魔物は魔物だろう。あえて命名するなら、黒小人か?」
別の農夫が曇った顔で答える。
「初めて遭った魔物だからな。名前なんて、わからないよ。島じゃ、聞いた覚えのない姿だからな」
「同感、同感」と他の会館に泊まっていた農夫もたちも眉間に皺を寄せて同意する。
誰もグールの名前を知らなかった。
(グールはメジャーなモンスターやない。せやけど、十人いて誰も知らないほどマイナーなモンスターでもない。とすると、この島にはグールは本来、おらんのやろうな)
なら、なぜ、グールが現れたか? 誰かが島の外から持ち込んだ、と考えるのが妥当だった。
(人を攫い、米を盗む、黒い魔女。黒衣の魔女は、島の外から来た。だが、目的は何やろう?)
現段階で、黒衣の魔女の目的は知れなかった。
翌朝、おっちゃんは穀物倉を出て、レイトンの街に帰ろうとした。
朝靄の中、道を歩く。
昨日のグールによる襲撃地点を通りかかると、エウダの姿があった。
「おはようさん、エウダはん。こんなところで、どうなさりました?」
エウダが穏やかな顔で告げる。
「私は、たまたま通りかかっただけですよ」
(嘘やな。ここで何かを探していたんやろう。エウダも、ミンダス島の人間やない。島の外から来ておる。黒衣の魔女とも繋がりがあるんやろうな)
「気を付けたほうがええですよ。ここは昨日、グールが出て、米を奪っていった場所や」
エウダが何気ない顔で訊いてくる。
「それは、大変ですね。それで、グールは、どちらへ行ったかわかりますか?」
「現場を見たわけやないから、わかりません」
エウダが柔らかい表情で尋ねる。
「そうですか。それと、おっちゃんさん。何か食べるものを持っていませんか?」
「何や、空腹ですか。ほな、良かったら、これをどうぞ」
おっちゃんは、お昼に食べようと思ったおにぎりを包んで、木の皮の包みを出す。
エウダは包みを開けると、十秒も掛からずに、おにぎりを食べた。
「お腹が空いているんですか。保存食も食べますか?」
エウダが微笑んで答える。
「いただきます」
おっちゃんは三食分の保存食を渡す。エウダは保存食も、すぐに平らげた。
エウダが、にこやかな顔で催促する。
「もっと何か、ありませんか?」
「もっと、ですか? あとは、炒り豆しかないですけど」
「貰っていいですか」
「ええですよ」と炒り豆が入った袋を差し出す。
エウダは水でも飲むかのように、口に炒り豆を入れる。
おっちゃんは、それとなく尋ねる。
「そういえば、昨日、米が奪われる事件があったんですが、豆は無事やったんですよ。何か、事情を知りませんか?」
エウダが警戒した様子もなく、端的に答える。
「知っていますよ。暴飲の魔女のコンリーネは、炒り豆を見るのも嫌なくらい、大嫌いなんです。だから、豆を身近に置きたくないんですよ」
(黒衣の魔女の名前はコンリーネか。エウダはんは、黒衣の魔女の名前を知っとるし、これ、事情を色々と知っているね)
「炒り豆が苦手って、どれくらい苦手なんですか?」
「それは、もう、逃げ出すくらいです」
「変わっておりますね」
エウダが曇った顔で忠告する。
「コンリーネと戦うのなら、やめたほうがいいですよ。コンリーネは、ありふれた炒り豆が苦手になる代償として、大きな力を手に入れたのです。上級冒険者クラスでは太刀打ちできませんよ」
自らに弱点を作る制約を課すことで、大きな力を得る、禁断の術がある。禁断の術は、ありふれた弱点であればあるほど、大きな力を得られる。
(コンリーネは禁断系の術で力を増強しているんやな。炒り豆なら、簡単に手に入る品やから、それなりに強い力を得ているはずや。聖剣があっても、戦わんに越したことはないな)
エウダが明るい顔で催促する。
「もっと、何か食べる物を持っていませんか?」
「もう、ありません。まだ食べたいなら、村まで行って買ってきましょうか?」
エウダがちょっぴり残念そうな顔をする。
「そこまでしてもらわなくても、いいかな」
「ぴよぴよ」と鳥が鳴く声がして、一瞬ふっと意識が鳥に行く。
次にエウダに視線を戻した時には、エウダの姿はもうなかった。
おっちゃんは穀物倉に帰って、弁当と保存食を買い直す。また、コンリーネに会った時のために、炒り豆を買って、腰から下げる袋に入れておいた。




