第四百四十夜 おっちゃんと不可解な魔女
一夜が明ける。さすがに、長距離を歩き慣れている郵便配達人にも、疲れが出た。
次の日は、ぐっすり休んだ。翌日には、クロコ族の村長にニコラスとマリノスが報告に行った。
ライリーの家は狭い。おっちゃんは他の先輩郵便配達人に気を使って、外で寝起きしていた。
おっちゃんの許に、線の細い郵便配達人がやって来る。救出した郵便配達人のレノスだった。
レノスは先月に十六になったばかりの、新人の郵便配達人だった。まだ酒が抜けきっていないのか、苦しそうな顔で礼を告げる。
「おっちゃんさん。助けに来ていただいて、ありがとうございました」
「なんや、もう、ええんか? レノスはんかて、慣れない酒を魔女に無理やりに飲まされて、大変やったろう?」
レノスが恥ずかしそうな顔をして、ぺこぺこと頭を下げる。
「最初は脅されて飲んでいたんですが、最後のほうは美味しくて自分の意志で飲んでいました」
おっちゃんは軽く注意しておく。
「習慣性のある酒やったんやな。十六になって成人したとはいえ、レノスはんは、まだ若いんや。飲むなら、もっと体が成長してからのほうが、ええで」
レノスが恐縮した顔で尋ねる。
「マリウス先輩にお礼が言いたかったんですけど、どちらへ」
「マリウスはんなら、ニコラス隊長と一緒に村長の家や」
「そうですか」とレノスが移動しそうだったので、引き止める。
「待ちいや。ちょっと聞かせて欲しいんやけど、ええか。魔女に何かされんかったんか?」
レノスが眉間に皺を寄せて思い出そうとする。
「酒を飲めと命令されました。最初は躊躇ったんです。でも、食事が出なかったので、危ないと思いつつも、空腹に負けて、つい酒を飲んでしまいました」
「食事を出さずに、酒を飲ませる魔女かー。他に何か、されんかったか?」
レノスが難しい顔をして答える。
「何もないですね。ただ、日に三度、食事の代わりに酒を出されるだけでした」
(なんやろう? 魔女が人を攫った目的が、わからん)
「なんか、こう、他に、酒を飲ませる以外で変わったこととか、なかったか?」
レノスがさっぱりわからない顔で申告する。
「いいえ、特には。ただ、お酒の味は毎回、違いました」
レノスがそこで思い出した顔をする。
「そうだ。あと、魔女が杖に向かって、実験がどうのと、話していました」
(気になる単語やな。レノスは酒だと思うていたが、実は、何かの魔法薬だったんやろうか?)
「どんな実験の話や?」
レノスが申し訳なさそうに詫びる。
「申し訳ないですが、酔っ払っていたので、詳しくは覚えてないです」
「血を抜かれたり、とか、せんかった?」
レノスが素っ気ない顔で告げる。
「血は採られませんでした」
「酒の抓みって、何か出た?」
レノスが苦い顔で告げる。
「いいえ、でも、塩分が欲しかったので、俺は持っていた炒り豆を食べていました」
「あれ? 荷物は取り上げられんかったんか?」
レノスがわけがわからない顔で話す。
「食糧は取り上げられました。ですが、豆の入った袋だけはなぜか、取り上げられませんでした」
「小さな袋やから、気付かなかったんかなー」
「豆の入った袋に魔女は気が付いていたんです。でも、豆の入った袋は触るのも嫌そうでした」
(なんやろう? 気になるで。魔女が嫌う特殊な物が入っていたんやろうか?)
「炒り豆が入っていた袋を持っているか」
レノスが炒り豆の入っていた袋を差し出したので、袋を調べる。
「何の変哲もない、普通の袋やな」
臭いを嗅いでも、異常は見当たらなかった。
「ライリーさんから貰った炒り豆なんで、普通の豆だと思いますよ。レイトンの街で売っているものと、味は変わりません」
「わけがわからん魔女やな」
レノスが立ち去った後に、マリノスがやって来て、真剣な顔で指示する。
「明日、村の男衆と一緒に、俺たちは魔女の家に奇襲をかける。おっちゃんも、参加してくれ」
「参加人数は、何人くらいですのん?」
「俺たちも含めて、二十四名だ」
(クロコ族は戦力になるけど、二十四名か。ちと、不安な人数やな。もしかしたら、魔法の腕前を披露する展開になるかもしれんけど、止むなしか)
「わかりました。わいも行きます」
翌日、二十四人で密林に入って魔女の住処を目指す。
密林の中にできた不自然に開けた場所に出た。だが、そこには円形の形に湿地が拡がるだけで、家はなかった。
場所を間違えたのかも、と付近を捜索するが、何もない。
村の男たちがニコラスを不審そうに見る。
「本当に家があったんだって」とニコラスが慌てた顔で弁解する。
昼過ぎまで掛かったが、魔女の家は見つからなかった。
ただ、目撃者が多い事態から、魔女はいたんだろうの話にはなった。




