第四十四夜 おっちゃんと『赤髭の宝』
翌日、回収した『ボルガン・レックス』の素材を売った。報酬だった『煉獄石』と金貨を貰った。『煉獄石』が『ボルガン・レックス』の胃の中から出たので、結果として二個も入った。
まだ使うのかもしれないので、もう一個は取っておく。貯金を下ろして、入手した金と併せて、質草だった剣を取り返した。最終的に、金貨が十二枚と銀貨十数枚が手元に残った。
『煉獄石』を持って、再び『モネダ島』にやってきた。
鍵で岩の扉を開ける。ポンズが期待に満ちた声を出す。
「いよいよ、『赤髭の宝』とご対面か。この時を、どれほど待ったことか」
「そうやね。期待するね」
正直に言うと期待は全くしていなかった。幽霊船が『赤髭の宝』で呼び出されたのなら、誰かがすでに『赤髭の宝』に辿り着いている。
(『赤髭の宝』が発動したのに、まだこの地下にある事実は、前に誰かが侵入した事態を物語っている。宝を手にして最後のトラップで死んだんやろう。誰かが先に入っている以上、他の宝はないかもしれん)
おっちゃんは入る前に、入った後に出られなくなる仕掛けがないかを、入念に調べた。幸い、おっちゃんの見立てでは、入ったら出られなくなる仕掛けは、見つからなかった。
(入っても出られるんやな。宝物庫から出られん、持ち出せんでは、話にならんか)
おっちゃんとポンズの六人の海賊が奥へと進む。おっちゃんの予想通りにモンスターはおらず、解除されたトラップが、いくつも転がっていた。
最初は期待していたポンズだった。だが、明らかに誰かが来た後と知ると、無口になった。
ひときわ大きな扉が見えてきた。誰もが無言で扉を開ける。扉の先は一辺が十二mほどある宝の部屋だった。宝の部屋には黄金の財宝が山と積まれていた。
ただ、財宝の傍らに大きな椅子があり、一人の男がいた。男は燃えるような真っ赤な、髪と髭を持つ大男だった。キャプテン・ハットを被り、見るからに海賊船長の格好をしていた。伝説の大海賊『赤髭』だった。
『赤髭』が椅子に腰掛けたまま。ギロリと目を剥く。
「また、ワシの宝を狙って来たか。いいぞ、好きなだけ持って行け」
「本当に?」とポンズが懐疑な態度で聞き返す。
赤髭が椅子から立ち上がり、青白い曲刀を抜いた。
「いいとも。持ち出せたら、の話だがな」
おっちゃんは一目で『赤髭』の強さを見抜いた。
(『赤髭』は強い。おそらく『ボルガン・レックス』より強い。戦ったら、あかんな)
ポンズと海賊が武器を抜くので、右手で制する。
「待ちいや。『赤髭』はん、こんにちは。わいは、おっちゃんと言います。『赤髭』はんはずっと前に死んだ話になっています。なんで、生きているのなら、ここから出ませんの。入口、今なら開いてまっせ」
『赤髭』が面白くなさそうに発言する。
「出ないのではない。出られんのだ。呪いで、老いることも死ぬこともない。ただ、この地下から一歩も出られないのだ」
「財宝の中に幽霊船の船団を呼び出す奴、ありますやろう。誰かが呪われた財宝を使ったせいで、幽霊船団が出て、困っているんですわ。どうしたら、止められます?」
赤髭が怖い顔で部屋の一角を差した。先には一隻の黄金の帆船模型があった。
「幽霊船団の主になりたければ血を、眠らせたければ、エールを掛けろ。エールには黄金の帆船模型の力を封じる作用がある」
おっちゃんは黄金の帆船模型から四mほど距離を空けて、観察する。
(うん、これ呪われているね。近づくと寿命を盗られるヤバイ系やね)
おっちゃんは元ダンジョンの管理職。この手の罠は、業務で嫌というほど見てきた。
すぐに、おっちゃんは黄金の帆船模型から離れる。
「これ、エールを掛けようとして近づくと、死ぬでしょ」
「ほう、わかるか」と赤髭が感心したように声を出す。
おっちゃんは素直に頼んだ。
「『赤髭』はんは、死なないんでしたよね。エールを掛けてもらうわけには、いきませんかね」
赤髭は鼻で笑い、豪快に否定した。
「なぜ、そんなことを、ワシがしなければいけない。そんな義理も、ワシにはない」
「じゃあ、仕事の交換と行きましょうか。おっちゃんが『赤髭』はんの呪いを解く。その代わり、赤髭はんがエールを掛けて、幽霊船を止める。妥当な取引だと思いますよ。赤髭さんの呪いの解き方は、教えてもらわんとなりませんが」
「本当か?」と『赤髭』は小首を軽く捻って、疑いも露に訊いて来た。
おっちゃんは右手を挙げ、左手を胸に当てて宣誓する。
「海と風に懸けて誓います」
『赤髭』が立派な顎鬚を触り、貫禄の篭った声で教えた。
「ワシの呪いを解くには、呪われた契約書を破棄しなければならない。この契約書を破棄するには、契約書を燃やせばいい。だが、契約書を燃やすには、ただの炎では、ダメだ。強力な魔力が篭った炎が必要」
難題だが当てはある。『火龍山大迷宮』に住む火龍の『暴君テンペスト』の炎だ。
「トレントを三度も焼いても、まだ余る」と謂われるテンペストのドラゴン・ブレスなら呪われた契約書を燃やせるのではないだろうか。ただ、テンペストは頼んで「はい、そうですか」と願いを聞いてくれる存在ではない。
「難題やな。でも、まあ、いいですわ。引き受けます。契約書を渡してもらえますか」
「契約書を渡せない。ワシから離れないのだ。だから、炎をここに持って来る必要がある」
「え、そうなん、それは、むちゃハードル高いやん」
『赤髭』がギラつく目をして、乱暴に言い放つ。
「だから、誰も成し遂げた者は、おらん」
「えらい仕事を引き受けてもうたな」
「やるのか?」と『赤髭』が驚いた。
「当たり前ですやん。おっちゃん、まだ呪いで死にたないもん」
おっちゃんは一歩すっと後ろに下がった。
「おっちゃんの用は、済みました。あとはポンズさん、戦うなり、交渉するなり、好きにしてください」
ポンズと『赤髭』が交互に見合わせる。数秒して、ポンズから先に武器を納めた。
ポンズが和らいだ口調で提案する。
「ここには黄金の帆船模型以外にも数多くの宝がある。どうだ、残りの宝を全部くれたら俺も協力する」
赤髭は渋い顔して、頑として値切った。
「全部はダメだ。半分に負けろ。お前は、おっちゃんより、頼りない」
ポンズが部下の海賊を見る。海賊の一人が肩を竦めた。
おっちゃんが仲裁案を出す。
「半分でも、この量なら金貨二万枚は行くと思うけどね」
ポンズが頭を掻き、仕方ないとばかりに妥協した。
「わかった、半分で手を打とう。おい、『赤髭』騙したら承知しないからな」
おっちゃんたちが帰ろうとすると『赤髭』が「おっちゃん、待て」と呼び止める。
「おっちゃん、エールを持っていたら、わけてくれないか」
「ええよ」と、おっちゃんは持っていた水筒を渡した。
赤髭が美味しそうにエールを飲むが、感想は違った。
「こいつじゃダメだ。もっと、上等のエールが必要だ」