第四百三十八夜 おっちゃんと靄に潜むもの
おっちゃんの奥さんのキヨコも『シェイプ・シフター』で、基本的な姿はおっちゃんと同じく人間形だった。
キヨコは人間に混じって生活していると、おっちゃんは考えていた。
時間のある時に人間の居住区で探し歩いたが、レイトンの街にはいなかった。
「全てを見たわけやない。せやけど、レイトンの街にはおらんのかもしれのう」
消えた鰻事件の二日後の朝に、おっちゃんは真剣な顔をしたマリウスに呼ばれた。
「おっちゃん、行方不明になった郵便配達人の捜索をしに行くぞ」
「どこら辺ですか?」
マリウスが冴えない顔で語る。
「レイトンの街から鰻村に行くルートだ。ただ、郵便配達人の他にも、行方不明がいる。また、付近でも、靄の中に魔物を見たと証言する人間もいるから、用心が必要だ」
「魔物なんて、レイトンの街の付近に出ますの?」
「いいや。俺は遭った経験はない。ただ、何か起きている可能性はある」
「わかりました。ほな、準備します」
準備を整えて、ハリーを連れたマリノスと一緒に、レイトンの街を昼に出た。
マリノスが何気ない態度で質問してくる。
「おっちゃんは街で誰かを捜しているようだな」
「へえ、昔に街に出て行った、知り合いの女性を捜しています」
マリノスが数秒ほど躊躇ってから訊いた。
「どんな関係か、訊いてもいいか?」
「好きだった女性ですわ。でも、色々とあって、わいの元を去ってしもうた」
マリノスが気の毒そうな顔をする。
「そうか、おっちゃんには、そんな過去があったんだな」
「むこうはもうわいのことなんて、覚えていないかもしれない。せやけど、わいは忘れられん。街に出てきたので、昔を思い出しついつい捜してしまう」
マリノスが同情した顔で申し出た。
「よかったら、俺も捜すのに協力しようか?」
「これはわいが自分で捜して決着させないかん問題です。せやから、お気持ちだけ頂いておきますわ」
「そうか、わかった。なら、手を貸してほしくなったら、いつでも申し出てくれ。その時は協力するよ」
街を出て三時間が過ぎた頃。ハリーが反応を示した。ハリーは、獣道のような細い道に向かって吠える。
マリノスが真剣な顔でハリーに尋ねる。
「行方不明の郵便配達人は、こっちにいるのか?」
「わん!」とハリーが元気よく吠える。
(ここら辺は、エウダに会った場所の近くやなあ)
マリノスが表情を曇らせて悩んだ。
「ここから先は、地図にある道から外れるな。本来なら通らない道だな」
「でも、ハリーが『こっちや』と教えてまっせ」
「そうなんだよなあ。よし、ハリーを信用しよう」
マリノスと一緒に獣道を進む。五分ほど進むと、ハリーが再び吠える。
マリノスが屈んで鞄を拾い上げ、真剣な顔で告げる。
「この鞄は、郵便配達人が使う専用の鞄だ」
鞄を見つけると、辺りの湿地から怪しい靄が立ち込めてくる。
「戻りますか? それとも、進みますか?」
マリノスが真剣な顔で決断した。
「進もう、おっちゃん」
数分ばかり進むと、靄は急に不自然に濃くなり、数m先の視界を確保するのが、やっとだった。
前方から「きゃん」とハリーが鳴く声がした。
「どうした、ハリー?」とマリノスが前に進む。
ドサッ、とマリウスが倒れる音がした。
(これは、靄の中に何かいるの)
おっちゃんは『高度な発見』の魔法を唱える
『高度な発見』は、魔法やカムフラージュで隠された物を見つける『発見』の上位魔法だった。
背後からゆっくりと近づいてくる何者かの気配を、おっちゃんは感知した。
(わいも気絶させる気やな。だが、そうは上手くいかんで。逆に魔物を仕留めたる)
おっちゃんは剣に手を掛けて、敵の接近に気付かないふりをする。おろおろと不安がる演技する。
充分に敵を引きつけた。頃合よしと見たタイミングで、振り返り様に突きを放った。
「ガチン」と何かが剣に当る。金属が割れる音がして手応えがあった。剣の先にはゴルフ・ボールを少し大きくしたような金属球が刺さっていた。
金属球から「しゅうううう」と空気が鮮血のように噴き出すと、金属球は力を失った。
後には、剣の先に着いた金属球のみが残った。
金属球を確認すると、金属球は『霊金鉱』でできていた。
(何や? 靄の中に潜む魔物の正体は『霊金鉱』製の魔道具やったんやな)
おっちゃんはポケットに魔道具をしまい、マリノスの状態を確認する。
マリノスは気絶していたが、大きな怪我はなかった。ハリーも同様だった。
おっちゃんは、マリノスとハリーを道まで運んだ。
マリノスが目を覚ますと、辛そうな顔をして起き上がる。
「痛てて。何だったんだ、いったい? そうだ、ハリーは?」
マリノスが不安な顔でハリーを見たので安心させる。
「目立った外傷は。ありまへん。気絶しているだけや」
マリノスはハリーを見て、ほっとし、暗い表情で尋ねる。
「そうだ! 魔物はどうなった?」
おっちゃんは壊れた金属球をマリノスに見せる。
「魔物は倒しました。そしたら、こないな物が出てきました」
マリノスが怪訝な顔をする。
「何だろう、これは? 見た覚えのない品だな」
「わいにもわからん。でも、これが魔物の正体やった」
「とりあえず、本局に持っていこう。さて、困ったぞ。ハリーの鼻がないと、行方不明者を探せない」
「ハリーは気絶しておるしな。なら、マリウスはんはハリーの傍にいてください。わいが付近を捜索してきます」
「すまないが、ハリーをこのままに放置しておくわけにはいかない。頼む」
おっちゃんは付近を捜索した。だが、収穫は全然なかった。
一時間後にはハリーが復帰してマリウスが合流した。だが、手懸かりは何もなかった。日が暮れて、夕方になる。
「そろそろ暗くなります。今日の捜索は無理でっせ」
マリウスが表情を曇らせて判断を述べる。
「暗い中、湿地帯を歩く行為は危険だ。今日は鰻村の郵便宿に泊まろう。それで、明日の朝早くに起きて、もう少し奥まで行ってみよう」
「わかりました。ほな、鰻村に急ぎましょう」
鰻村の郵便宿になっている民家に行く。
ライリーが、おっちゃんたちを見ると、安堵した顔をする。
「ちょうど良いところに、郵便屋さんが。すまないが、本局に仕事の依頼文を持っていってちょうだい。できれば、急ぎでお願いするわ」
マリウスが赤い封筒を見て、浮かない顔をする。
「村長から郵便局長に宛てた速達か。しかも、危険を知らせる赤い封筒だな」
「何や、急ぎでっか。ほな、わいが届けてきますわ」
マリウスが浮かない顔で申し出る。
「日は落ちた。夜道は熟練の配達人でも危険だ。行くなら俺が行く」
「でも、マリウスはんは捜索の任務がありますやろう。なら、わいが行きます。大丈夫、初めての道やないさかい、任せてください」
マリウスは渋った。
「でも、ここで、おっちゃんを一人で行かせて、遭難でもされたら、二度手間だ」
「大丈夫ですって。伊達に年は、喰っていません。危険を感じたら、朝になってから動きます。それに、急ぎなんですやろう。だったら、信用して行かせてください」
「わかった。だが、無理はするな、危険なら立ち止まり、引き返すんだぞ」
おっちゃんは手紙とランタンを受け取ると、夜の道を進んだ。村から充分に離れた場所で『瞬間移動』を唱えて、レイトンの街に戻った。
本局に顔を出すと、本局は二十四時間営業なので、開いていた。
《なんでも窓口》にアグネスがいたので、声を掛ける。
「あれ、アグネスはん、夜も勤務しておるんか?」
アグネスが沈んだ表情で説明する。
「今晩の当番だった人のお父さんが、亡くなったのよ。それで夜勤を替わったのよ。他の人は、葬儀の手伝いに行っているわ」
「そうか、大変やな。これ、鰻村の村長からの速達や。赤い封筒やから、急ぎで届けに来た」
アグネスは真剣な顔で、すぐに記録簿に記録すると職員に渡した。
アグネスは表情を曇らせて注意する。
「届けてくれて、嬉しいわ。だけど、暗い道は危険だったでしょう。無理しちゃだめよ。手紙を運んでいる配達人に何かあれば手紙も届かないんだから」
「わかったで。次からは無理はしない」




