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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ミンダス島編
438/548

第四百三十八夜 おっちゃんと靄に潜むもの

 おっちゃんの奥さんのキヨコも『シェイプ・シフター』で、基本的な姿はおっちゃんと同じく人間形だった。

 キヨコは人間に混じって生活していると、おっちゃんは考えていた。

 時間のある時に人間の居住区で探し歩いたが、レイトンの街にはいなかった。

「全てを見たわけやない。せやけど、レイトンの街にはおらんのかもしれのう」


 消えた鰻事件の二日後の朝に、おっちゃんは真剣な顔をしたマリウスに呼ばれた。

「おっちゃん、行方不明になった郵便配達人の捜索をしに行くぞ」

「どこら辺ですか?」


 マリウスが冴えない顔で語る。

「レイトンの街から鰻村に行くルートだ。ただ、郵便配達人の他にも、行方不明がいる。また、付近でも、靄の中に魔物を見たと証言する人間もいるから、用心が必要だ」

「魔物なんて、レイトンの街の付近に出ますの?」


「いいや。俺は遭った経験はない。ただ、何か起きている可能性はある」

「わかりました。ほな、準備します」


 準備を整えて、ハリーを連れたマリノスと一緒に、レイトンの街を昼に出た。

 マリノスが何気ない態度で質問してくる。

「おっちゃんは街で誰かを捜しているようだな」

「へえ、昔に街に出て行った、知り合いの女性を捜しています」


 マリノスが数秒ほど躊躇(ためら)ってから訊いた。

「どんな関係か、訊いてもいいか?」

「好きだった女性ですわ。でも、色々とあって、わいの元を去ってしもうた」


 マリノスが気の毒そうな顔をする。

「そうか、おっちゃんには、そんな過去があったんだな」

「むこうはもうわいのことなんて、覚えていないかもしれない。せやけど、わいは忘れられん。街に出てきたので、昔を思い出しついつい捜してしまう」


 マリノスが同情した顔で申し出た。

「よかったら、俺も捜すのに協力しようか?」


「これはわいが自分で捜して決着させないかん問題です。せやから、お気持ちだけ頂いておきますわ」

「そうか、わかった。なら、手を貸してほしくなったら、いつでも申し出てくれ。その時は協力するよ」


 街を出て三時間が過ぎた頃。ハリーが反応を示した。ハリーは、獣道(けものみち)のような細い道に向かって吠える。


 マリノスが真剣な顔でハリーに尋ねる。

「行方不明の郵便配達人は、こっちにいるのか?」

「わん!」とハリーが元気よく吠える。

(ここら辺は、エウダに会った場所の近くやなあ)


 マリノスが表情を曇らせて悩んだ。

「ここから先は、地図にある道から外れるな。本来なら通らない道だな」

「でも、ハリーが『こっちや』と教えてまっせ」


「そうなんだよなあ。よし、ハリーを信用しよう」

 マリノスと一緒に獣道を進む。五分ほど進むと、ハリーが再び吠える。


 マリノスが(かが)んで鞄を拾い上げ、真剣な顔で告げる。

「この鞄は、郵便配達人が使う専用の鞄だ」

 鞄を見つけると、辺りの湿地から怪しい(もや)が立ち込めてくる。

「戻りますか? それとも、進みますか?」


 マリノスが真剣な顔で決断した。

「進もう、おっちゃん」


 数分ばかり進むと、靄は急に不自然に濃くなり、数m先の視界を確保するのが、やっとだった。

 前方から「きゃん」とハリーが鳴く声がした。

「どうした、ハリー?」とマリノスが前に進む。

 ドサッ、とマリウスが倒れる音がした。


(これは、靄の中に何かいるの)

 おっちゃんは『高度な発見』の魔法を唱える

『高度な発見』は、魔法やカムフラージュで隠された物を見つける『発見』の上位魔法だった。

 背後からゆっくりと近づいてくる何者かの気配を、おっちゃんは感知した。


(わいも気絶させる気やな。だが、そうは上手くいかんで。逆に魔物を仕留めたる)

 おっちゃんは剣に手を掛けて、敵の接近に気付かないふりをする。おろおろと不安がる演技する。

 充分に敵を引きつけた。頃合よしと見たタイミングで、振り返り様に突きを放った。


「ガチン」と何かが剣に当る。金属が割れる音がして手応(てごた)えがあった。剣の先にはゴルフ・ボールを少し大きくしたような金属球が刺さっていた。

 金属球から「しゅうううう」と空気が鮮血のように噴き出すと、金属球は力を失った。

 後には、剣の先に着いた金属球のみが残った。


 金属球を確認すると、金属球は『霊金鉱』でできていた。

(何や? 靄の中に潜む魔物の正体は『霊金鉱』製の魔道具やったんやな)


 おっちゃんはポケットに魔道具をしまい、マリノスの状態を確認する。

 マリノスは気絶していたが、大きな怪我はなかった。ハリーも同様だった。

 おっちゃんは、マリノスとハリーを道まで運んだ。


 マリノスが目を覚ますと、(つら)そうな顔をして起き上がる。

「痛てて。何だったんだ、いったい? そうだ、ハリーは?」

 マリノスが不安な顔でハリーを見たので安心させる。

「目立った外傷は。ありまへん。気絶しているだけや」


 マリノスはハリーを見て、ほっとし、暗い表情で尋ねる。

「そうだ! 魔物はどうなった?」

 おっちゃんは壊れた金属球をマリノスに見せる。

「魔物は倒しました。そしたら、こないな物が出てきました」


 マリノスが怪訝な顔をする。

「何だろう、これは? 見た覚えのない品だな」

「わいにもわからん。でも、これが魔物の正体やった」


「とりあえず、本局に持っていこう。さて、困ったぞ。ハリーの鼻がないと、行方不明者を探せない」

「ハリーは気絶しておるしな。なら、マリウスはんはハリーの傍にいてください。わいが付近を捜索してきます」

「すまないが、ハリーをこのままに放置しておくわけにはいかない。頼む」


 おっちゃんは付近を捜索した。だが、収穫は全然なかった。

 一時間後にはハリーが復帰してマリウスが合流した。だが、手懸かりは何もなかった。日が暮れて、夕方になる。

「そろそろ暗くなります。今日の捜索は無理でっせ」


 マリウスが表情を曇らせて判断を述べる。

「暗い中、湿地帯を歩く行為は危険だ。今日は鰻村の郵便宿に泊まろう。それで、明日の朝早くに起きて、もう少し奥まで行ってみよう」

「わかりました。ほな、鰻村に急ぎましょう」


 鰻村の郵便宿になっている民家に行く。

 ライリーが、おっちゃんたちを見ると、安堵した顔をする。

「ちょうど良いところに、郵便屋さんが。すまないが、本局に仕事の依頼文を持っていってちょうだい。できれば、急ぎでお願いするわ」


 マリウスが赤い封筒を見て、浮かない顔をする。

「村長から郵便局長に()てた速達か。しかも、危険を知らせる赤い封筒だな」

「何や、急ぎでっか。ほな、わいが届けてきますわ」


 マリウスが浮かない顔で申し出る。

「日は落ちた。夜道は熟練の配達人でも危険だ。行くなら俺が行く」

「でも、マリウスはんは捜索の任務がありますやろう。なら、わいが行きます。大丈夫、初めての道やないさかい、任せてください」


 マリウスは渋った。

「でも、ここで、おっちゃんを一人で行かせて、遭難でもされたら、二度手間だ」

「大丈夫ですって。伊達に年は、喰っていません。危険を感じたら、朝になってから動きます。それに、急ぎなんですやろう。だったら、信用して行かせてください」


「わかった。だが、無理はするな、危険なら立ち止まり、引き返すんだぞ」

 おっちゃんは手紙とランタンを受け取ると、夜の道を進んだ。村から充分に離れた場所で『瞬間移動』を唱えて、レイトンの街に戻った。


 本局に顔を出すと、本局は二十四時間営業なので、開いていた。

《なんでも窓口》にアグネスがいたので、声を掛ける。

「あれ、アグネスはん、夜も勤務しておるんか?」


 アグネスが沈んだ表情で説明する。

「今晩の当番だった人のお父さんが、亡くなったのよ。それで夜勤を替わったのよ。他の人は、葬儀の手伝いに行っているわ」

「そうか、大変やな。これ、鰻村の村長からの速達や。赤い封筒やから、急ぎで届けに来た」

 アグネスは真剣な顔で、すぐに記録簿に記録すると職員に渡した。


 アグネスは表情を曇らせて注意する。

「届けてくれて、嬉しいわ。だけど、暗い道は危険だったでしょう。無理しちゃだめよ。手紙を運んでいる配達人に何かあれば手紙も届かないんだから」

「わかったで。次からは無理はしない」


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