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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ミンダス島編
436/548

第四百三十六夜 おっちゃんときえた鰻(前編)

 一夜が明けると、沼のほうが騒がしかった。

「なんやろう」と思って外を見る。村人が沼の生け簀に、全長二十㎝ほどの羽虫やパーチを放り込んでいた。

 羽虫やパーチを放り込むと、太さが六十㎝、全長が百五十㎝ほどある黒い丸太のような大きな魚が水面に出てきて、貪るように喰う。


 ライリーがやって来たので訊く。

「随分と大きな魚やな。四、五十㎏はありますな。あれはなんちゅう名前の魚ですか?」


 ライリーが優しい顔で尋ねる。

「おや? おっちゃんは鰻を見るのが初めてかい?」

 鰻だと指摘されて顔をよく見ると、体型は鰻ではないのだが、顔は確かに鰻だった。

「わいの知っている鰻はもっと小さくて細いですわ」


 ライリーがにこにこした顔で告げる。

「それは稚魚だね。鰻は成長すると、あれぐらいにはなるんだよ」


(なんや、ミンダス島の鰻は、太くて異常にでかいんやなあ)

「この村って、鰻を養殖しとりますのん?」

「そうだよ。鰻はこの村の特産品だからね。レイトンの街で食べられている鰻も、ほとんどはここの鰻さ」


 ライリーが眼を細める。

「おや、バイルさんが帰ってきたようだね」


 老婆の見た方角を確認する。

 大きな樽を背負った、クロコ族の中年男性がカヌーを漕いでやってきていた。

 男は生け簀の前までくるカヌーを止める。男は背負った樽から生け簀に、丸々と太った全長三十㎝の鰻を移す。


「稚魚でも、三十㎝あるんやな」

 バイルが笑って応える。

「おいおい、鰻の稚魚だぜ、三十㎝以下ってことは、ないだろう」

(ミンダス島の鰻は、稚魚のうちからでかいんやなあ)


 カヌーを岸に着けて、バイルが陸に上がってきた。

「バイルさん、手紙です」


 バイルは手紙を読むと、顔が険しくなる。

「ちょっと、いいかい、郵便配達人さん? あんた名前はなんて言う?」

「オウルです。仲間内から、おっちゃんと呼ばれています」


 バイルは表情を曇らせて尋ねた。

「そうか、おっちゃん、ちょっと訊きたいんだが、ここに来る前に、壊れた牛車か、牛車の残骸を見なかったかい?」

「そんな物はなかったですわ。何かありましたん?」


 バイルが困った顔で告げる。

「鰻を鰻屋に発送したんだが、鰻が届いていないと苦情が来たんだ」

「まさか、運んだのを請け負ったのは郵便局の人間ですか?」


「違うよ。鰻は鮮魚用の運送業者を使っている。名前はレノスだ。レノスが牛車で村を出るところまで立ち会った」

「なら、出発は確かやなあ」


「どうやら、村から街までの間に事故があったらしい。手間賃を払うから調べてみてくれないか」

(ミンダス島では、郵便配達人が冒険者の代わりやからなあ。それに、アグネスはんも、引き受けるかどうか、わい次第と教えてくれたしな)

「わかりましたわ。ほな、調べてみますわ」


 おっちゃんは弁当代わりに、炒り豆と鰻の燻製を分けてもらう。

 鰻屋とレノスの店の住所を聞いて村から出る。村から充分に離れると、顔だけ狼に変えた。

 おっちゃんは、人間ではない。姿(すがた)(かたち)を自由に変えられる『シェイプ・シフター』と呼ばれるモンスターである。


 臭いでの探索を試みた。村から一時間ほど行ったところで、おっちゃんは道から外れた場所から煙の臭いを感じた。臭いは密林の中からしていた。

(なんやろう? 密林の中から煙の臭いがする。これは、薬草を燃やしている臭いや。密林の中に人がおるんやろうか?)


 道から外れると、すぐに泥濘(ぬかるみ)だった。

「この手の湿地の中には、蛭がおるからなあ。しゃあない。飛んでいくか」

 おっちゃんは『飛行』の魔法を唱えた。おっちゃんは魔法が使えた、どれほどの腕前かというと、小さな魔術師ギルドのギルド・マスターが務まるくらいの腕前だった。


 おっちゃんは他の郵便配達人に「訳あって、田舎から出てきたおっさん」だと思われていた。なので、魔法の腕前は他の郵便配達人からは隠していた。


 地面から僅かに浮き、空中を滑るように歩いて密林の中に入っていく。

 入って八分ほどすると地面が不自然に固くなっていた。不思議に思って調べる。

(これは、魔法で地面を固めとるな)

 

 固い地面の上に降りて、眼の前の藪を搔き分ける。すると、小さな一人用のテントがあった。

 テントの前には焚火があった。焚き火の横には壊れた牛車の残骸があった。焚火の横には香炉が置いてある。

(牛車の残骸や。ここで、何かがあったんや)


 おっちゃんは顔を狼から人間に戻す。用心しながら焚火の近くに行った。

 焚き火の近くには細長い骨が落ちていた。

(なんやろう? ひょろ長い骨やな。ひょっとして、鰻の骨か?)


 向かいの茂みが揺れると、白いローブを着た身長百五十㎝の女性が姿を現した。

 女性の年齢は三十歳くらい。髪は短く、ピンク色だった。肌は白い。卵型の顔をしており、瞳の色は青だった。鼻は少し低めだった。


 女性はおっちゃんを見て、眼をパチクリさせる。

 敵意がなさそうだったので、おっちゃんから挨拶をする。

「わいは、おっちゃんの名で親しまれる、郵便配達人です」


 女性がきょとんとした顔で、挨拶に応じる。

「こんにちは。私はエウダ。旅の者です」

(旅の者か。でも、髪の色と瞳の色からすると、この島の人間には見えんな。それとも、なんやろう? この島の奥には別の人種が住んでおるんやろうか?)


「あの、すんまへん。この辺で、鰻を積んだ牛車を見かけませんでしたやろうか?」

 エウダは平然とした顔で、壊れた牛車を指差す。

「もしかして、お宅さんが牛車を襲った犯人でっか?」


 エウダは、むっとした顔で否定した。

「違いますよ。これは道に捨ててあったから、拾ったんです」

「牛と運搬業者のレノスさんは、どうしました?」


 エウダは素っ気ない態度で応じる。

「さあ。わかりません。ただ、泥酔した人間の男と牛が付近をうろうろしていたので、街に送りましたけど」

「酔っていたんですか?」


「かなり、酔っていましたね。牛も男も、真っ直ぐ歩けなかったほどです」

「でも、送っていったんですよね。どうやって、真っ直ぐ歩けない男と牛を送っていったんですか?」


 エウダは当然の顔で、あっさりと発言する。

「もちろん、魔法ですよ」

「ほな、牛車に積んであった鰻はどうしました?」


 エウダは微笑んで、さらりと告げる。

「食べましたよ。美味しかったです」

「食べたって、あれ、一匹で五十㎏はありますよ。全部を一人で食べたんでっか」


 エウダが、にこにこして陽気に語る。

「四匹あったので、二百㎏ですね。美味しく頂きました」

(なんやろう? この女性は人間やないな)

「すんまへん、それ、鰻は落ちていたんやなくて、牛車が運んでいた積荷やったんですわ」


 エウダが上品な顔で断言した。

「そうでしたの? でも、あの状態なら運べないので、貰ってもいいでしょう」

「駄目ですわ。あれは運搬中の荷物や。鰻の代金を払ってください」


「そうですか。なら、はい」

 エウダがにこやかな顔で寄ってきて、何かの魔法を唱えてから、おっちゃんの額を指で軽く突いた。

「これで貴方に、良い魔法が掛かりました。運が良かったですね。私に魔法を掛けてもらえるなんて、幸運ですよ」


「そんなこといわんと、鰻の代金を金貨か銀貨で払ってくださいな」

「へっくしょん」エウダが、くしゃみをした。


 おっちゃんは、唾が飛んでくると思ったので、思わず眼を閉じた。唾が飛んでこないので眼を開けると、エウダの姿は見当たらなかった。

 テントも焚火も香炉もなかった。おっちゃんは湿地の真ん中にできた、直径十二mほどの固い地面の上に一人でいた。

 ただ、地面の上には牛車の残骸が一連の出来事が幻ではない事実を物語っていた。


【書籍化報告】2018年5月24日に二巻が発売します。

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