第四百三十五夜 おっちゃんと郵便宿
おっちゃんは工事現場のゴミ拾いの仕事を終えて、本局に戻ってくる。
昼食は鰻の白焼きを刻んだもの米に混ぜて、味の濃いスープを掛けた、鰻茶漬けだった。
ミンダス島ではなぜか、海水魚が獲れない。大昔に、レイトン湾に出た蟹の怪物が魚を全て食べてしまったからだとの伝説があるが、原因は定かではない。
対照的に淡水魚はミンダス島ではよく獲れる。なので、ミンダス島は島の南西部の湿地帯では鰻・パーチ・鯉・泥鰌・テラピア・カワアナゴ・カワムツ・鮒・オイカワ・鯰・ハス・ソウギョ・カワスズメ・ドラド・フエダイがよく獲れ、食べられていた。
魚ではないが、大蛇や鰐も食糧市場には普通に売っていた。中でも、鰻の白焼きは人気で安く、美味しかった。
鰻茶漬けを食べていると、向かいに明るい顔のマリウスが座る。マリウスの昼食は鰻サンドイッチだった。マリウスが機嫌も良さそうに訊いてくる。
「どうだい。おっちゃん、うちの仕事にも慣れたかい? 郵便配達人といっても、その他の仕事のほうが多くて、驚いただろう」
「へえ。でも、選り好みしなければ仕事がある状況は嬉しいですな」
マリウスが機嫌の良い顔で褒める。
「変わっているな。たいてい、郵便配達人になる新人は、最初から郵便配達業務ができると意気込んでやって来る。それで、その他の仕事のほうが多くて凹むんだけどな」
「わいは、もう年ですから、仕事があるだけ嬉しいですわ」
「そうか。いい心懸けだ。そういえば、おっちゃんは剣を持っていたな。剣は使えるのか?」
ミンダス島では一般人の武器の携帯は禁止されていた。だが、危険な野生動物が出る場所に赴く郵便配達人には、街から出る時には武器の携帯が許されていた。
「飾りのようなものですけど、少し齧った経験がある程度には使えます」
「そうか。なら、一件、郵便配達の仕事をしてみないか?」
「剣の腕が関係ありますの?」
マリウスが表情を曇らせて語る。
「配達先が辺鄙な場所にあるんだよ。武器が使えない人間を配達に出すには、ちょっと不安なんだ」
「そういう事情なら、行かせてもらいます」
マリウスが期待を込めて、おっちゃんに指示した。
「なら、昼食が終わったらアグネスに内容を訊いてくれ」
昼食が終わったので、《なんでも窓口》にいるアグネスに声を掛ける。
「マリウス先輩から頼まれた手紙配達をやるわ」
アグネスが穏やかな顔で告げる。
「マリウスに声を掛けられるなんて、見込まれたわね」
「いやあ、それほどでもありまへん」
「配達場所は南西に五時間ほど行った場所にあるクロコ族の鰻村よ。配達先は養殖業者のバイルさん」
「配達にあたって、剣の腕が立つか聞かれたんやけど、危険な場所なん?」
アグネスが優しい顔で忠告する。
「それは、脅かしたのよ。道を外れないと、危険はないわ。でも、水辺には注意してね。時折、鰐や大蛇が道の上で日向ぼっこをしていることがあるわ。食用だからといって侮ってはダメよ。素人には危険生物よ」
「わかったで。他に注意する情報はある?」
アグネスが心配そうな顔で告げる。
「郵便配達人を襲って手紙を盗む手紙鳥が出るわ。手紙鳥だけは気を付けてね。手紙を奪われると、取り返さなければならないから大変なのよ」
「わかった。手紙鳥には気を付ける」
「あと、今から出ると、村に着く頃には日が暮れているわ。帰るのが無理だと思ったら、村で郵便宿の場所を尋ねて、郵便宿に泊まるといいわ。夜道は危険だから」
聞いた覚えのない単語が出てきたので、尋ねる。
「郵便宿って、どんな宿なん?」
アグネスが親身になって教えてくれた。
「郵便局と契約して泊めてくれる民家を指す言葉よ。鰻村は街に近いけど、契約した民家があるわ」
「そんな家が、あるんやね」
「そうよ。あと、契約民家が郵便物を預かったりしている事例もあるから、郵便物がある場合は、帰りに郵便物と代金を回収してきて」
「郵便料金はどうやって確認したらええの?」
アグネスは面倒臭がらずに親切に説明する。
「郵便鞄の中に料金票があるわ。だけど、民家が郵便宿になっている場合は、民家で料金を確認しているから大丈夫よ」
「それは、ありがたいな」
「あと、郵便宿で雑用を頼まれたら、引き受けるかどうかは配達員次第だから。そこは、おっちゃんに任せるわ」
(ミンダス島の郵便配達人は、多忙やな)
「帰って来るのが遅くなっても、ええの?」
「急ぎの郵便物があるかどうか次第ね。急ぎの手紙がなければ、数日、村で働いてお金を稼いでもいいし、断って郵便だけを持ち帰ってもいいわよ」
「わかった。ほな、行ってくるわ」
おっちゃんは準備をすると、手紙の入った郵便鞄と地図を受け取り街を出た。
街を出て一時間も南に歩くと、草原が湿地帯に変わる。
ミンダス島の南部は湿地帯が多く、湿地の間を通るように道が伸びていた。道は舗装されてはいないが、しっかりと固かった。
湿地に眼をやると、泥の中を動く何かや、水面の下で動く何かが、いた。
「自然が豊かやからなあ、これは確かに道から外れると危険やな」
途中で休憩を挟む。しばらく進むと、幅が三十mの小さな河があった。地図によると川沿いに進めば鰻村に着く。地図を信じて進む。
夕闇が押し迫った頃に、河が周囲三十㎞もある大きな沼に注ぐ場所に出た。沼の岸には七十軒ほどの、草と木でできた家が建ち並んでいた。
手紙を届けるべく、バイルの家を訪ねる。バイルの家は沼に隣接した場所にあった。
家からすぐの場所に縦十五m、横五mの生け簀が八つある。見れば、沼の周りに建つ家の前には、ほとんど同じような生け簀があった。
バイルの家を訪ねると、バイルは留守だった。
隣の家の黒い肌のクロコ族の老婆が教えてくれた。
「バイルさんなら、鰻の稚魚を獲りに行ったね。今日は戻らないと思うよ」
「ありがとうです。ほな、郵便宿ってどこですか?」
クロコ族の老婆は人の好い顔で告げる。
「私の名はライリー。郵便局との契約者だよ。泊まっていくかい?」
「お世話になります」
家は十二畳と十畳の二部屋しかない小さな家で、雨風を防げるだけの簡単な家だった。
ライリーはパーチの焼き物と炒り豆を食事として出してくれた。
「もう少し早ければ、ちゃんとした料理が用意できたんだけどね」
「これでも、ご馳走ですわ。頂きます」
おっちゃんは、その日は郵便宿に泊まった。
【書籍化報告】2018年5月24日に二巻が発売します。




