第四百三十四夜 おっちゃんと鍛冶屋の事情
郵便配達人は居住区が定められている。おっちゃんは本局の隣にある下宿に泊まっていた。
郵便配達人の新人は指名配達を除いて、レイトンの街中の配達の仕事は振られない。
楽でお金になる仕事はベテランが持って行く。新人の郵便配達人に来る仕事は、街中の雑用、郵便局の事務仕事、労力を必要とする遠隔地への配達がほとんどだった。
郵便局の経営は経常的に赤字なのだが、王家が補助金を出してくれているので、潰れることはなかった。
おっちゃんは仕事をしようと思って、本局に行った。すると、アグネスが書類を前に、困った顔で書類と睨めっこしていた。
「おはよう、アグネスはん。どうしたん? そんな難しい顔をして」
「おっちゃん。あのね、今日一件、急ぎで鍛冶仕事の手伝いが入っているんだけど、誰も引き受け手がいないのよ」
「鍛冶仕事の手伝いなんて仕事もあるんやなあ」
アグネスが沈んだ表情で教えてくれた。
「そうか。おっちゃん、田舎から出てきたから知らないのね」
「そうやんねん。よくわからんねん」
「私たちの仕事は郵便配達業務を謳っているわ。でも、それだけじゃ、十分な収益が得られないのよ。だから、こういう仕事も引き受けるの。とはいっても、重労働はやっぱり人気がなくてね」
(鍛冶屋なら『重神鉱』や『霊金鉱』についての情報が、得られるかもしれんな)
「そうか。なら、わいが引き受けてもええで。どうせ、郵便配達でもまだ大して役に立たんからな」
アグネスの顔が明るくなる。
「本当? それなら助かるわ。なら、制服から動き易い服装に着替えて、鍛冶屋のインバブさんの工房に行ってちょうだい」
おっちゃんは半袖シャツに長ズボンの格好をすると、インバブの鍛冶屋に出向いた。
鍛冶屋は四角い二階建ての建物だった。店の一階が工房になっていた。工房の広さは、縦十五m、横が二十二mで高さが三mあった。
工房内には炉、金床、鞴、水桶、があり、壁には幾種類もの鏨や鎚が掛けてあった。道具は古い物のの良く手入れされていた。
インバブは身長二mの象族の男だった。象族はがっしりとした横に広い体を持ち、灰色の肌をしている。象族は象の顔を持つ、人間に似た種族だった。
インバブの年齢は四十くらいで、おっちゃんと同じように半袖シャツを着て、長ズボンを穿いていた。
「郵便局から手伝いで派遣されてきました。オウルです。皆からはおっちゃんと呼ばれています」
インバブは愛想よく応じる。
「確かに人間のおっちゃんだね。俺も同じようなものさ。俺の名はインバブ。よろしく頼むよ」
おっちゃんの役割は鍛冶屋で鞴を踏む役目だった。
ミンダス島の秋は暖かいので、鍛冶場の中は熱気で充満していた。
おっちゃんはインバブと一緒に甘酒を飲みながら仕事をこなす。
休み時間になると、インバブが機嫌よく話し掛けてくる。
「助かったよ。おっちゃん、鍛冶仕事は初めてじゃないだろう」
島の外から来ている事実は伏せて、適当に話を合わせておく。
「田舎じゃ郵便配達だけでは喰えないので、色々やってました」
「そうか。人族は、畑も持てなければ、漁業もできない。樵にも、工夫にも、職人にも、なれない。就ける職業が決まっているから、大変だね」
「まあ、それでも、なんとか生きてきました。それにしても、よく手入れがされた立派な工房ですなあ」
インバブが自慢する顔で語る。
「今は鉄器を造ってお城に卸しているが、元は『重神鉱』を使った輸出用の武器を造る二次工房だからね。設備はよいのさ」
(元は、と話すのが気になるねえ。もう少し詳しく訊いたろ)
「二次工房があるってことは、一次工房もあるんですか? わいは田舎者やから、ようそこらへんの仕組みがわからん」
インバブが明るい顔で説明してくれた。
「一次工房で鉄器を作って、お城に納める。すると、お城から『重神鉱』や『霊金鉱』が対価として支払われる。一次工房は二次工房に希少金属を売る。二次工房が『重神鉱』や『霊金鉱』を加工して、輸出用の品を作って城に納めて、金を貰うのさ」
(つまり、インバブはんは一次工房から『重神鉱』を買って、輸出用の武器を作っていたわけか。なら、なんで今は、鉄器を作る一次工房の仕事をしているんやろう?)
おっちゃんは疑問を尋ねた。
「あれ? でも、さっき作っていた作品は鉄器でしたな」
インバブの表情が幾分か曇る。
「お城の事情さ。お城では夏の終わりから、鉄器の買い取りを制限している。だから、『重神鉱』や『霊金鉱』が、市中に出回らないんだ。おかげで、二次工房に充分な量の原料が回って来ないんだよ」
「鉄器の買い取り制限って、時々あるんですか?」
インバブが眉間に皺を寄せて腕組みしてから答える。
「俺が鍛冶屋になってから三度目くらいかな。でも、今回の買い取り制限は無期限だから困っちまう。無期限の買い取り制限は初めてさ」
(おっと、これは、希少金属の供給元であるお城で何か起きているね)
「そうですか。お城に『重神鉱』や『霊金鉱』が、ないんやろうか?」
インバブが冴えない顔で教えてくれた。
「どうだろうね。『重神鉱』や『霊金鉱』の備蓄量は王家の機密だからね。一般人には知りようがないさ」
「そもそも、お城は『重神鉱』や『霊金鉱』を、どっかから手に入れとるんですかね?」
インバブが不思議そうな顔で語る。
「生産元は秘密なのさ。噂では城の地下に鉱山があって、ゴーレムが採掘の作業をしているって話さ」
「お城の地下に鉱脈があるんでっか?」
「だけど、お城には、掘り出した岩を捨てる場所もなく、鉱石を砕いて処理する施設も、ない。から不思議だ」
「それは奇妙やわ。なら、掘り出せたとして、どうやって精製しているんやろう?」
「わからないね。ミンダス島の謎の一つだよ。さあ、もう一仕事だ」
「よっしゃ、がんばるで」
©2018 Gin Kanekure
 




