第四百三十三夜 おっちゃんと郵便配達人
ミンダス島の秋は暖かい。秋の昼空の元、一人の男性が岩陰に隠れていた。
男性の身長は百七十㎝。緑の厚手の郵便配達人の服を着て、腰には細身の剣を佩いている。
年は四十六と行っており、丸顔で無精髭を生やしている。頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る郵便配達人だった。おっちゃんは訳あって、今は郵便配達人だった。
吹き矢を手に、岩陰からそっと覗く。
おっちゃんの視線の十五m先には、体長が一・六mの背の高いダチョウに似た鳥がいた。
形はダチョウだが、羽は真っ赤で赤い鶏冠もある。ミンダス島では手紙鳥と呼ばれている鳥だ。
手紙鳥は口に数通の手紙を咥えていた。手紙鳥は水の入った桶を眼の前に、辺りをキョロキョロと窺っている。
手紙鳥は手紙を捨てて水を飲もうかどうか迷っている雰囲気だった。手紙鳥が辺りを慎重に確認してから、手紙を口から離す。手紙鳥が手紙を地面に置いて水を飲み出した。
おっちゃんは大きく息を吸い込むと、手紙鳥に目掛けて吹き矢を放った。手紙鳥の尻に、吹き矢が命中する。
手紙鳥が甲高く「ウウウウー」と鳴いて猛スピードで走り出した。
おっちゃんはすぐに飛び出して、手紙鳥が咥えていた手紙を回収する。
「やったな、おっちゃん、見事な腕前だな。追跡矢がしっかり刺さった」
顔を上げると、おっちゃんと同じく郵便配達人の格好をした青年が、岩陰から出てくる。青年の表情は明るく凛々しい。
青年の身長はおっちゃんと同じくらい。黒い髪に黒い瞳をして大きな灰色の犬を連れている。青年の名はマリノス。おっちゃんの先輩に当る人物だった。
おっちゃんは拾った手紙をマリノスに渡す。
「ありがとうございます。ほな、残りの手紙も、回収に行きましょうか」
マリノスはおっちゃんから手紙の束を受け取ると、厳しい視線ですぐに手紙を確認する。
「手紙鳥の追跡は、俺と相棒のハリーでやる」
犬のハリーは「任せておけ」と自慢するように「わん」と吠える。
マリノスは一通の黒い封筒の手紙を、おっちゃんに渡す。
「おっちゃんは、この速達の手紙を本局に届けてくれ。この手紙は速達で、なおかつ、人の生き死にを左右する内容を示す黒い封筒に入っている。すぐに届けないと駄目だ」
「わかりました。ほな、すぐに、本局に戻ります」
おっちゃんはマリノスと別れると、急ぎ郵便局の本局があるレイトンの街に急いだ。
ミンダス島は東に三日月型のレイトン湾を持ち、西に長い円形をした島である。
レイトンの街はレイトン湾に隣接した場所にある人口三万人の大きな街で、ミンダス島の首都だった。
街は東から西に伸びる凸型をしている。レイトンの街が見えてきた。街を囲う城壁はない。また、街の建造物はほとんどが木製である。建物は白い建物と茶色の建物が半々であり、建物の高さは二階建てが多かった。
街はミンダス島三種族と呼ばれる、クロコ族、モグラ族、象族が大半であり、人口に占める人間の割合は、五%しかいない。
広い大通りを進み、街の中央にある本局を目指した。本拠は周囲が八百mで、三階建。街では珍しい赤い建物だった。
本局の一階の半分は郵便局になっており、残り半分が、郵便配達人の休憩所になっていた。本局の二階には郵便貯金と事業者向け保険業務を扱う窓口もある。
休憩所は六十席があるが、時間が昼過ぎということもあり、二十人が休んでいた。
おっちゃんは、休憩所に隣接した場所にある《なんでも窓口》に行く。窓口では事務の受付の女性が立っていた。
女性の年齢は二十五歳。身長は百五十五㎝。郵便局の局員である緑色の制服を着ている
髪は肩まである茶色の髪を後ろでに縛っている。瞳の色は茶で、眼はくりっと大きい。《なんでも窓口》の担当であるアグネスだった。
「アグネスはん、手紙鳥から手紙を取り返したんやけど、マリノスはんがこの手紙は急ぐから本局に届けてくれと頼まれた」
アグネスは穏やかな顔で、確認する。
「速達の黒い封筒ね。確かに急ぐ内容かもしれないわね。住所は酒造村ね。いいわ、マックスさんがいるから、こちらで再配達を懸けるわ」
「ほな、頼んだで。それで、わいはどうしたらええ? ここでマリウスはんを待っていたらええかな?」
「おっちゃんには指名配達依頼の書留が来ているわ。一休みしてからでいいから、これを、《陸のカモメ亭》に届けて」
アグネスが一通の緑色の封筒を差し出したので、受け取る。
「疲れておらんから、すぐ届けて来るわ」
おっちゃんは本局を出ると、《陸のカモメ亭》に向かった。《陸のカモメ亭》は港の近くにある宿屋で、現在はイルベガン使節団が借り切っていた。
《陸のカモメ亭》は白い建物で、カモメの看板がある宿屋だった。建物は古いが、昔からある老舗だ。料金は高めで、部屋も広めである。
宿屋のフロントで、一声を掛ける。
「使節護衛のガイルはんに書留が来ておるんやけど、上がっても、ええ?」
フロントにはクリーム色の服を着た身長百五十㎝のモグラ族の女将さんがいた。モグラ族とはモグラの顔を持ち、人とモグラの中間の種族である。女将さんが、「どうぞ」と素っ気なく答える。二階に上がり、ガイルの部屋のドアをノックする。
ドアを開けて二足歩行する鰐と人の中間のような種族であるクロコ族の武人が姿を現す。
クロコ族の武人は身長が二・三mで、体重が二百五十㎏はありそうだった。胸当てに革のズボンを穿き、背中に鋸のような武器を背負っていた。
ガイルがそっと身を引いたので、部屋の中に入る。ガイルの部屋は二人部屋だが、ガイルしかいない。
それもそのはず、本来ここはガイルと、派遣された使節の一人であるおっちゃんの部屋だった。
ガイルが椅子に座って手紙を受け取る。
おっちゃんは受領証にサインを貰ってからガイルの正面に座る。
「そんで、交渉のほうはどうなんや? 進展あったか?」
ガイルが浮かない顔で告げる。
「全くない。相変わらず向こうは、女王には会わせられない、『重神鉱』と『霊金鉱』の輸出は増やせないの一点張りだ。こっちのドンゲル使節団長も頭を抱えている。俺の予想だが、これは長引くぞ」
「そうか。やっぱり、なんか理由があるんやな」
ガイルが興味を示した顔で訊く。
「おっちゃんのほうの収穫はあったか?」
「早いって。そんな、七日やそこらでは、結果は出せんよ」
ガイルがおっちゃんの姿を、まじまじと見る。
「それにしても、郵便配達人の姿に、まるで違和感がないな」
ミンダス島には冒険者がいない。また、人間は人口比で五%しからおらず、人間は生産手段の所持を法律で禁止されていた。
頭の良い人間は役人に、利に聡い人間は商人になる。
体を動かすのが苦にならない人間は郵便配達人を選んだ。ただ、郵便配達人といっても郵便物を運べばよいだけではない。街の人から持ち込まれる日々の雑用も行うので、大陸の冒険者の代わりをミンダス島の郵便配達人がやっていた。
「ミンダス島には冒険者がおらん。代わりに郵便配達人が需要を満たしている、と教えてくれたんはガイルはんやろう」
「そうだがな。どこから見ても、島に昔からいる郵便配達人だな」
「しゃあないわ。使節団長ドンゲルが手柄欲しさに、わいだけ除者や。わいはわいで情報を集めて、女王が会ってくれん理由を探るしかない」
おっちゃんは使節団として、魔都イルベガンからミンダス島に派遣されていた。だが、知らないところで発生した政治闘争により、仲間外れにされ仕事を干されていた。




