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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
432/548

第四百三十二夜 おっちゃんとミンダス島行きの船

 事前交渉の使者の任を受けると決まったので、おっちゃんは準備をする。

 トロルの格好でも、人間の格好でも、どちらでもいいように、装備品と正装の衣装を購入する。


 モンスター酒場にチロルがやって来たので、おっちゃんは密談スペースで事情を説明する。

「あんな、ちと事情があって、魔都イルベガンを離れなければいけんくなった」


 チロルが柔和な顔で確認する。

「事情はすでに知っています。ミンダス島に行くんですよね?」

「なんや。情報が早いな」


「商人の間では、すでに参事会が鉱物資源の輸入を増やすために使者を出す話が出回っていますよ」

「日々の利益に聡い商人は、すでに知っとるんやな。そんでな、ほんまは、プレゼンまで付き合ってやりたかったんやけど、付き合えんくなった。堪忍な」


 チロルが元気よく語る。

「ここまで来れば、大丈夫です。後は私たちだけで、どうにかできます。おっちゃんさんの林檎貿易の取り分は、きちんと銀行に預けて取っておきますね」


「なら、必ず取りに戻るわ」

「その時は、きっと、私たちはダンジョン持ちですよ」


 チロルが帰った翌日、明るい顔のオーリアがやって来て、密談スペースで話をする。

 オーリアは明るい顔で訊く。

「おっちゃん、聞いたわよ。参事会の使者としてミンダス島に行くんだって?」

「なんや。オーリアはんも、すでに知っていたんか。そうやで。ちょいと行ってくるわ」


 オーリアは笑って発言した。

「そう、なら、しっかりと話を纏めて来てね。私は交渉が成功するほうに賭けるわ」

「あまり期待されても、応えられんかもしれんよ」


「心配はしないわ。リサイクルで得られた分の取り分は、きちんと取っておくわ。だから、島から帰ったら、寄ってね」


 オーリアが帰っていき、翌日には骸の使いの骸骨がやって来る。

「船の手配が完了しました。明朝、夜明けを待って船が出ます。船はブラッド・オレンジ号です」

「そうか。なら、荷物は今日の内に運んでおくわ。明朝、夜明け前に港に行く」


 荷物を持って港に行った。大きな髑髏の船首像が付いた全長八十mの大きな帆船が泊まっていた。

 骸骨の船乗りに声を掛ける。

「明朝、ミンダス島に行くブラッド・オレンジ号はこれか?」


 船乗りが機嫌よく答える。

「そうだよ。『冥府洞窟』が所有する帆船さ。運んできた荷物を下ろし終わったところだから、これから明日の荷物を積む」


「わいは、オウル。おっちゃんの名で親しまれているモンスターや。わいの荷物も、積んでくれるか。明日、この船で旅立つねん」


 骸骨の船乗りが、おおらかな顔で請け負う

「あんたが、使者のおっちゃんか。いいよ。積んでおくよ。おい、この荷物も積んでくれ」


 オーガの人足が、おっちゃんの荷物を船に積み込んだ。

(これで出発の準備は整った。あとは、明日を待つだけやな)


 おっちゃんはモンスター酒場に戻ると、鳥の素揚げとエールを頼む。

(魔都イルベガンとも、これで、しばらくお別れやな)


 おっちゃんが飲んでいると、穏やかな顔のリンダが寄ってくる。

「リンダはんも、何か飲むか? 今日は気分がええから奢るで」

「そう? なら、林檎酒を貰おうかしら」


 リンダの前に林檎酒が入ったグラスが置かれ、リンダが微笑みを湛えて語る。

「おっちゃんとは短い付き合いだったけど、長い付き合いだった気がする」

「わいは、ここに宿を取っていたからの。毎日のように顔を見ていたからやな」


 リンダは寂しげな顔をする。

「ここに店を構えてから、いろんな種族がやって来たわ。成功する者もいれば、失意に打ち(ひし)がれて出て行く者もいたわ」

「大きな都やから、成功する者もいれば、失敗する者もおるやろう」


 リンダが微笑んで尋ねる。

「おっちゃんは、やはり成功して街を出て行く部類になるのかしら」

「わいか? わいは根っからの旅人やから。ぷらっとやって来て、ふらりと出て行く。それだけや」


 リンダが優しい顔で訊いてくる。

「ねえ、おっちゃんの旅の終わりって、どこなのかしら?」

「それは、わからん。でも、成り行きによっては、今回の旅が終わりになるかもしれん。もっとも、まだまだ続くのかもしれんがな」


 リンダが、それとなく勧める。

「ミンダス島から帰ってきたら、魔都イルベガンに落ち着く気はない? ここは、騒々しい街だけど、退屈はしない場所よ」


「こういう大きな街に腰を据えて商売するのも、いいかもしれん。でも、わいは田舎者や。せやから、こういう賑やかな場所は似合わないかもしれん」


 リンダがにこりと笑って頼む。

「もし、おっちゃんの旅がいつか終わることがあったら、是非、もう一度イルベガンに寄って。おっちゃんが続けてきた旅の結末が、聞きたいわ」

「旅はどこまでも続くか、わからん。それに、旅の途中でくたばるかもしれんよ」


 リンダが晴れやかな顔で、軽く首を横に振る。

「私はそうは思わない。おっちゃんは旅の女神様に愛されているわ」

「優しい女神様だと、ええのう」


 リンダが名残惜しそうな顔をする。

「それじゃあ、無事ミンダス島から帰ってこられるように、乾杯」

「乾杯」と、おっちゃんはグラスにジョッキを軽く当てる。


 夜明け前に精算を済ませると、モンスター酒場を出た。

 おっちゃんは、まだ薄暗い街中を、キヨコに会う希望に胸を膨らませて、港へと歩いて行く。

【魔都イルベガン編了】

©2018 Gin Kanekure

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