第四百三十夜 おっちゃんと目玉アイテム
三日後、モンスター酒場をチロルが訪ねて来て、緊張した顔で告げる。
「企画書を持ってきました。アドバイスをお願いします」
おっちゃんはチロルと企画書を確認する。
企画書は思った以上に出来映えが良かった。
「何や。できるんやないの。心配して損したわ。ドライ・アップル売るのもダンジョンを経営するのも、大差ないやろう」
チロルがほっとした顔をする。おっちゃんは一度、褒めてから問題点を指摘する。
「ただ、一箇所だけ問題があるな」
「どこが、問題でしょうか遠慮なく指摘してください」
「『ユババ大森林』を三層のダンジョンに改装する計画は、ええ。問題は『ユババ大森林』に、どうやって冒険者を呼び込むか、や。ここは、絶対に訊かれるで」
チロルが表情を曇らせて訊く。
「マジック・ポータルを設置する案では、だめでしょうか?」
「マジック・ポータルは利便性が良いが、高い。最初からマジック・ポータルありきで始めると、うまく人が呼び込めんかったときに、費用だけが嵩むで」
「では、近くの街から飛翔族が管理する飛竜で運ぶのは、どうでしょう」
「それだと、費用を冒険者持ちに、できるな。でも、飛翔族が人間と交流を拒絶したら、しまいや」
チロルが困った顔で尋ねる。
「では、どうすればいいでしょうか?」
「歩きやな。冒険者には、徒歩で来てもらう」
チロルが弱った顔で意見する。
「人間が最寄の街から徒歩で来るんなら、人間の負担が大変です。余計に人が来なくなりますよ」
「冒険者はな、苦労するから来ないんやない。苦労に見合わんから来ないんや。苦労しても儲かるとわかれば、どこからともなく、交通手段を確保してやってくる」
チロルの顔が明るくなる。
「つまり、『ユババ大森林』に来れば儲かる、と思わせればいいんですね!」
「そうや。でも、ただ儲かるだけでは、ダンジョンはやっていけん。そこで、何か目玉が必要や」
「どんな、物がいいんでしょうか」
「これが手に入れば一攫千金、ないしは、ここでしか手に入らない高価なものがあれば、冒険者は来るで」
「わかりました。検討します」
おっちゃんは企画書が見えてきた。
ネックになっている宝の問題を解決するために、モスキル族のカートンをモンスター酒場で待った。
カートンが食事をしに来たので、食後に話し掛ける。
「物知りのカートンはんに、お願いがある。相談料を払うから、相談に乗ってほしい」
カートンが気取った顔でやんわりと告げる。
「相談料がいただけるのなら、ご相談に乗りますよ」
カートンを伴って、密談スペースに行く。
「『ユババ大森林』でしか採れない。希少で高価な物って、何かあるか?」
カートンが優雅な態度で答える。
「ありますよ。林檎の騎士が守る伝説の林檎が、そうです。噂によれば、伝説の林檎は食べれば種の限界を引き上げる、と言われています」
(あれは、やっぱり、そんなすごい果物やったんか。でも、食べた感じ、何も変化がなかったけどな。噂は噂やからな)
「伝説の林檎はなくなったと聞いたで。他に、ないか?」
「死者をも蘇らせる薬の原料となる『命の樹の実』。浸かれば十歳は若返ると呼ばれる『若返りの泉』の水でしょうか」
「そんな凄い物が、あるの?」
カートンが表情を少し曇らせて、控えめな調子で告げる。
「ですが、この二つの品は、モルモル族が秘匿する奇跡の品。そう簡単には、分けてもらえないでしょうね」
(ええね。なかなか手に入らんのなら、高い値が付くやろう。特に、若返り系と健康系は人間の権力者が欲しがる。あるとわかれば、冒険者を派遣してでも、手に入れるやろう)
おっちゃんはカートンに相談料を払うと、再びチロルがやって来るのを待つ。
翌日、冴えない顔のチロルがやって来る。
「おっちゃんさんが指摘していた、希少で高価なものは思いつきませんでした。こうなったら、他のダンジョンから買うしかありません」
「買わなくてもええやろう。聞いたで、『ユババ大森林』には『命の木の実』と『若返りの泉』があるんやて」
チロルは乗り気ではなかった。
「確かにありますけど、『命の木の実』と『若返りの泉』の水、ですか」
「モルモル族の秘伝やそうやけど、『命の樹の実』や『若返りの泉』の水を目玉にする決断には抵抗あるか?」
チロルが暗い表情で語る。
「そんなに素晴らしいものではないですよ。『命の木の実』を使った薬で死者を蘇らせる薬は、作れます」
「凄いやん、ええやん」
「ですが、死後十分以内に使わなければ意味がないんです。また、一度、使うと、しばらくは同じ対象には効果がないんです」
「ほな、『若返りの泉』の水は?」
「あれは持ち運びできないので、『ユババ大森林』に来て、直接二時間ほど浸かっていただかないと、効果がありません」
「実際に効果があるなら。効果があると謳っておこうか」
「いいんですか、そんなんで」
「あとは人間たちが錯覚するように宣伝しておけばええ。実際に効果がないのなら駄目や。せやけど、限られた条件でも効果があるなら人間は工夫する。それが人間や」
チロルが不安気な顔をする。
「そんなもんでしょうか? ちょっと心配です」
「悩んでいても、仕方ない。企画書もええのができたようやから、まず一回、提出や。どうせ、一度で通るものやないから、まず出してみよう」
「わかりました。では、纏めて提出してみます」




