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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
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第四百二十九夜 おっちゃんとダンジョンの開始に必要なもの

 二日後、『冥府洞窟』から、遣いの骸骨がやって来た。遣いの骸骨が(おごそ)かに告げる。

「おっちゃんさん。骸様がお呼びです。今日の昼過ぎまでに登城してください」

「登城って、城にでっか?」


「そうです。それと、格好ですが、その格好では駄目です。きちんとした格好で登城してください」

「わかりました。着替えていきます」


 使いの骸骨が帰ったので、慌てて古着屋に駆け込んで、トロル用の正装の衣装を買う。

 おっちゃんの買った衣装は北方トロルの正装衣装だった。上は金ボタンが付いた、毛皮を使った黒い服。


 上着の下はクリーム色の半袖シャツ。下は、ゆったりした白の刺繍(ししゅう)をあしらった黒色のスボン。靴は木の靴とし、小物でベルト・ポーチを買う。


 古着屋の骸骨店主がニコニコした顔で褒める。

「サイズもぴったり、よくお似合いですよ」

「そうか、なら、これをもらうわ。なんぼや」


 全部で銀貨七百九十八枚だった。なかなか、ええ値段がすると思ったが、金があるので気前良く払った。

(正装なんて、しばらくした記憶がなかったけど、これで良かったやろう。多少は違っても、『冥府洞窟』の人間には、わからんやろうけど)


 正装して登城した。

 机と椅子だけがある、会議室のような石造りの部屋で待たされる。

(正装して来たけど、正規の待合室で待たされていないから、これ、極秘の集まりやな。にしても、正装やから、わいも唯一なる存在の前に、一緒に連れていかれるんやろうな)


 ほどなくして、ルチャルが現れる。ルチャルは黄色い長い帽子を被り、黄色の刺繍がある、赤いゆったりした服を着て、こちらも正装をしていた。


 ルチャルが少々驚いた顔をする

「おっちゃん、御主も呼ばれたのか?」

「へえ、ここまで来たのなら知らない話でもないので、ご一緒させていただきます」


 一分も掛からずに、骸骨の官吏が来て、真摯(しんし)な顔で告げる。

「骸様がおよびです。こちらへ」

「わかった、ほな、いきましょうか」


 お城の長い廊下を進むと、黒く大きな御影石の扉があった。

 扉の横には身長二・五mで、牛の頭を持ち、赤い肌をしたミノタウロス族の兵士が二人立っていた。


 扉を潜ると、地下へと続く薄暗い階段があった。背後で扉が閉まる音がする。

 一時的に暗くなったが、すぐに骸骨の官吏が魔法の灯を点ける。

「では、こちらへ」


 階段を四十段ほど下りた所に、銀の扉があった。

 骸骨の官吏が扉に触れると、扉は自動で開いた。骸骨の官吏が真剣な顔で促す。

「私が入れるのは、ここまでです、中で骸様がお待ちです」


 ルチャルとおっちゃんは扉の中に入る。扉の向こうは、一辺が二十mの部屋だった。

 部屋の中央には、一辺が六mほどの、雪の結晶に似た青白く光る六角形のダンジョン・コアがあった。

 部屋の中には、赤い半袖の着物と赤い半スボンを穿()いた骸が待っていた。服の上下には魔法文字で金の刺繍が施されていた。


 ルチャルが手を合わせて組み、頭を下げモルモル式の礼をする。

「モルモル族の族長のルチャルです。この度は、我がモルモル族のために便宜をお計らいいただき、ありがとうございます」


 骸が真剣な顔で告げる。

「この魔都イルベガンを預かる管理者の骸じゃ。さっそく、始めようぞ」

「はは」とルチャルが(かしこ)まる。


 骸がダンジョン・コアに向かって手を上げると、空中に直径四十㎝ほどの金色の人の顔に似た紋章が浮かび上がる。

 紋章が消えると、ダンジョン・コアの向こうに、唯一なる存在が降臨(こうりん)した気配を感じた。


 骸が頭を下げて一礼すると、ダンジョン・コアから男の声がする。

 唯一なる存在が貫禄の籠もった男の声で話す。

「イルベガンの管理者よ。我に何用だ?」

(唯一なる存在は機嫌が悪くないみたいやな。さて、どう転ぶやろう)


 骸が一歩さっと横に進んで、ルチャルを指し示す。

「ここにいるは、モルモル族の族長ルチャルです。どうか、モルモル族にダンジョン・コアを与えて、ダンジョン・マスターの末席に加えてください」


 ルチャルが(ひざまず)いて礼を取る。

「どうか、モルモル族にダンジョン・コアをお与えください」


 唯一なる存在は、尊大な声で答えた。

「ダンジョン・マスターに一つ空席ができそうだ。なので、一人は増やしてもよい」


 ルチャルが期待の籠もった顔を向けた。

「それでは、我がモルモル族もダンジョン持ちになれるのですね!」


 唯一なる存在が厳かな声で告げる。

「検討してやってもよい。だが、それには条件がある」


「条件とは、いったい?」とルチャルが緊張した面持ちで聞く。

「おっちゃんよ」と急に唯一なる存在が、おっちゃんを呼んだ。


 いきなり名前を呼ばれたので、びっくりした。

「へえ。何でしょうか?」

「一枚ものでいいから、モルモル族に企画書を書かせろ。話の続きは、企画書を見てからだ」


 唯一なる存在が、ダンジョン・コアの向こう側から去った。

「企画書って、何?」とルチャルが困惑した顔で、おっちゃんを見た。

「ダンジョンの運営に関する企画書やろう。企画書を見て判断するんやな」


 骸も困惑した顔で尋ねる。

「ダンジョン・コアって、授けて貰うには、企画書が必要なのか?」

「唯一なる存在が運営を任せたダンジョンなら、仕様も目的も固まっているから、要らんのやろう。せやけど、新たにダンジョン始めるなら、まず、企画書を通してからなんやな。初めて知ったわ」


 ルチャルが不安げな顔で訊く。

「どうすりゃいいんじゃ?」

「せやから、まず一枚ものでいいから企画書を作って。企画書の下書きを見てアドバイスするわ」


 ルチャルが難しい顔で頷く。

「わかった。とりあえず、他の者と相談してやってみる」

「そんで、良かったら、骸様を通して、企画書を提出して。一回で通るかどうかわからんけど、何回か提出すれば、通るやろう。これ、企画書が通ったら、プレゼンもあるな」


 骸が複雑な顔をする。

「ダンジョン・コアの授与って、もっと神秘的なものかと思ったけど、意外と地味だな」

「それはそうやろう。唯一なる存在にしたら、これは事業や。海のものとも山のものともつかん計画には、ゴー・サインは出せん。なら、まずは企画書からや」


「大丈夫だろうか?」とルチャルが不安げな顔をする。

「行けるやろう。商売だって始める前に事業計画を立てるやろう。同じようなもんや」


 ルチャルが腕組みをして、思案する顔をする。

「そうか、なら、行けるのかのう」


「大きな商売をやっているなら、企画書かて作れる。だから、できたら見せて」

「わかった」とルチャルが応じたので、その日は解散となる。


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