第四百二十七夜 おっちゃんとイルベガンの参事会
翌朝、おっちゃんは『冥府洞窟』の屋敷を尋ねると、骸が会ってくれた。
骸は板の間で籐で編まれた椅子に座って、お茶を飲んでいた。早朝なのに、骸は嫌顔一つしていなかった。
「モルモル族側の事情がわかりました。モルモル族はダンジョン持ちになるために、お金を貯めております」
骸が険しい顔で言い捨てる。
「馬鹿な計画を考える。金でダンジョン・マスターになぞ、なれるわけないじゃろう」
「でも、当人たちは本気ですわ。最悪でも、参事会に参加できるようにならんと、対応は変わりません」
骸は心底うんざりだ、とばかりに口にする。
「どうして、わらわが管理者の時に限って、こうも問題ばかりが起きるのじゃ」
「ここは交渉を次のステップに進めるためにも、参事会に諮ってもらうことは、できませんやろうか?」
骸が苛々しい顔で乱暴に発言する。
「運が良いのか、悪いのか。明日の昼に参事会がある。今なら、議案を一つ増やすことも可能じゃろう」
「ならば、どうにか、お願いします」
骸が不機嫌な顔で、投げやりに発言する。
「もう、わかった。ここで、妥協の一つも見せねば、木材の高騰が止まらぬ。ひいては、イルベガンの市民の生活にも影響する。参事会に諮る件は了承した」
「よろしゅうお願いします」
おっちゃんは骸の屋敷から帰る時に、モルモル族が借りている屋敷に行ってチロルに会う。
チロルは庭にある木製のテーブルと椅子を使って食事をしていた。
「お食事時に失礼します。ちと、昨日の件で進展があったので、お知らせに来ました」
チロルが機嫌よく応じる。
「昨日の今日で何か動きがあったのですか? 早いですね」
「先ほど骸様と交渉しました」
チロルが明るい顔で語る。
「それで、骸様なんと」
「明日に参事会があるので、モルモル族にダンジョン・コアを与える件を議題に出す、と請け合ってくれました」
チロルの顔が輝いた。
「本当ですか?」
「でも、期待をせんほうが、よろしい。骸様の態度では、どうも議題を提出するだけでも大変の雰囲気でした」
チロルが満足げな顔で喜ぶ。
「いきなり、ダンジョン持ちになるのが難しい状況は理解しています。でも、誰も耳を貸さなかったモルモル族の声を拾い上げてくれただけ、進歩です」
(なんや、期待させてしもうたかな。でも、本人たちだけ何も知らんのも、おかしいやろう)
二日後、夕刻に屋敷に行くと、おっちゃんは屋敷で待たされた。
(参事会はやはり揉めてるんやろうな。でも、揉めているのなら、骸はん以外にもモルモル族を参事会に参加させてもええと考えているダンジョンがある、いう状況か)
屋敷にある小さな部屋に案内された。
部屋は十畳ほどの広さの板の間で、椅子と机だけの簡素な部屋だった。壁には大きな書が掛けてあるが、おっちゃんには読めなかった。
部屋で待っていると、疲れた顔をした骸がやってきた。
「イルベガン参事会の結論が出た。まず、ダンジョン・コアの授与については、参事会の権限範囲外なので、参事会として唯一なる存在に嘆願はしないと決まった」
「思っていた通りやな。ほな、参事会への参加はどうなります?」
骸が苦しい表情で、苦々しく語る。
「そちらも駄目だ。参事会に参加するには、最低限ダンジョン持ちである立場と、イルベガンに屋敷がある状況が必須だ、と確認する結果になった」
「どちらにしろ、ダンジョン・コアを貰わないと話が進みませんな」
骸が渋い顔で辛辣に発言する。
「今日の会合の流れ見る限り、モルモル族がダンジョン持ちになったとしても、参事会への参加が難しいかもしれんがな」
「どこが、反対しているんでっか?」
「『氷雪宮』と『イヤマンテ鉱山』だ。『氷雪宮』は説得が可能かもしれんが、『イヤマンテ鉱山』が強固に反対しておる」
「弱りましたね。何か手はないんやろうか?」
骸が難しい顔をして教えてくれた。
「実はある。魔都イルベガンは、都市としては別格なのじゃ。魔都イルベガンは聖地を持つ特殊な土地ゆえ、城の地下にはダンジョン・コアが存在する」
「そうなんでっか? ほな、魔都イルベガンの管理者はダンジョン・マスターと同格や。なら、唯一なる存在に提案もできますな?」
骸の表情は、どこまでも渋かった。
「立場上はな。だが、前例がない。それに、『冥府洞窟』として判断を母上に尋ねたところ、無関心な顔で、捨てておけと、素っ気なく拒否された」
「支持母体から『放置せよ』との判断が出ていて、なおかつ、参事会でも嘆願はしないと決まったのなら、苦しいところですな」
骸が身を乗り出して相談してきた。
「そうなのじゃ。だが、ここで拒絶すれば、モルモル族は木材の輸出制限を、輸出禁止に切り替える恐れがある。どうしたらいいと思う?」
「どうもこうも、政治的判断は、お偉いさんの仕事ですやん。こんな、しがない、しょぼくれ中年トロルに訊かれて、困りますわ」
骸が困った顔で促す。
「そう、断るな。意見を訊かせてほしい」
「なら、ダンジョン・コアを通じて伺いを立てましょう」
骸はいい顔をしなかった。
「独断で動いて、ダンジョン・コア授与の決断が出れば、まだ面目が立つ。だが、拒絶されたらどうする?」
「難しい立場に置かれますな」
「そうじゃろう。木材を失った上に、参事会を構成するダンジョンからも『それ見たことか』と非難されるじゃろう」
「骸様はこの街の管理者です。なら、まず、街の住民の生活を考えてあげてください。街にダンジョン・コアがあるのだって、いざと言う時は独自に行動できるための措置だと思います」
骸は弱った顔をする。
「指摘されれば、そうなのじゃ。だが、わらわは立場的に苦しい」
「なら、わいがモルモル族の許に出向いて、木材を安価に供給する条件で、伺いを立ててやると説得してきましょうか?」
骸の表情が和らぐ。
「そうしてくれるか。木材の輸出制限が解除されれば、まだ立つ瀬がある」
「わかりました。ほな、やってみます」
「わらわが表立って動いて『冥府洞窟』からモルモル族に頭を下げたとわかると、母上は気分を害するのじゃ。だから、内密にな」
(格上の『冥府洞窟』から格下のモルモル族への頼み事は、できんか。プライドとか体面とか、厄介やのう)




