第四百二十六夜 おっちゃんと隣り村の大火
翌日、おっちゃんが酒場で飲んでいると、酒場のモンスターの話し声が聞こえてくる。
視線を向けると、トロル同士が飲んでいた。トロル同士の表情は暗い。
「聞いたか? ドンドルガン村の大火災。村の四分の三が焼けたそうだ」
「聞いた、聞いた。村長の英断で村民の死者は五人で済んだそうだが、家が百軒以上も焼けたそうだな」
「大工の俺たちには仕事が廻ってくるが、あまりいい気はしないな」
「ほんと、ほんと」
(ドンドルガン村か。人口が千人近い、この付近で一番大きな村やな。街の生活にも影響が出るんやろうな)
おっちゃんはカウンターに席を移して、リンダに話し掛ける。
「ドンドルガン村の火事やて、どんな状況やろう?」
リンダが冴えない表情で教えてくれた。
「ドンドルガン村は紡績とチーズ生産で有名な村だったわ。この街の織物工房もドンドルガン村から糸を買っていたから、影響が大きいわ」
「つまみのチーズも、値上がりするかもしれんの」
二日後、おっちゃんが酒場に下りて行くと、リンダに呼ばれた。
「おっちゃん。先ほど、『冥府洞窟』から使いが来て、昼にお屋敷のほうに来てほしいんだって」
「城やなくて、屋敷のほうにか? 何やろう?」
おっちゃんは言われた通りに、屋敷に行った。
屋敷の縁側では、骸が待っていた。骸が気の良い顔で、隣に座るように勧める。
「おっちゃんよ。そなたを見込んで頼みがある」
「できることならお手伝いしますが、何ですやろう?」
「おっちゃんは、モルモル族に知り合いがおるそうだな?」
「へえ、林檎売買で知り合いになりました」
骸が困った顔で頼んだ。
「ならば、その伝を辿って、木材を売るように働き掛けてくれまいか」
「ドンドルガン村が大火で焼けましたからね。村を再建するために、木材が大量に必要になったわけでっか」
「そうじゃ。だが、『ユババ大森林』にとっては大した量ではないはずなのじゃが、『ユババ大森林』のモルモル族の長のルチャルが、木材輸出に制限を掛けたのじゃ」
「売り惜しみやな」
骸が苦い顔をして依頼する。
「わらわも最初は売り惜しみだと思うた。だが、どうも単なる売り惜しみとは違うようなのじゃ。そこで理由を聞き出してきてもらえぬか」
「それぐらいでしたら、お安いご用ですわ」
おっちゃんはモルモル族が商売をするために借りている館を訪ねる。
館は身長が二m以上あるオーガサイズに合わせて造られているので、モルモル族に大きく、トロルの姿のおっちゃんには、小さかった。
「おっちゃんいうものですが、チロルさんは、いますか?」
モルモル族の丁稚が出てくる。
「チロル様なら夕方に戻ります。その後、会食の予定がございます」
「時間のある時に木材の輸入の件で話があるから、モンスター酒場に来てほしいと伝言を頼むわ」
おっちゃんが酒場でぶらぶらと時間を潰していると、夜中にチロルが現れた。
チロルが済まなさそうな顔をして詫びる。
「ごめんなさい。遅くなりました」
「こちらこそ、呼び出して悪かったな。ほな、夜も遅いし、さっさと話を片付けようか」
おっちゃんはチロルを伴って、密談スペースに移動する。
「あんな、モルモル族が管理している『ユババ大森林』やけど、族長のルチャルが木材の販売を見合わせているって本当か?」
チロルは申し訳なさそうな顔で答えた。
「残念ながら本当です。族長のルチャルは木材の値上がりを待っています」
「それを売ってもらうわけには、いかんか?」
チロルは曇った顔で暗く話す。
「簡単にはいかないでしょう。ルチャルにはお金を貯める理由があるんです」
「何や? 金を貯めて何か大きな買い物しようと考えているんか?」
「ルチャルは、ダンジョン・コアを買おうとしているんです」
「そんな、無茶やで。ダンジョン・コアなんて、金で買える品やない」
チロルは真摯な顔で力強く述べる。
「でも、ルチャルは種族の地位向上のために、ダンジョン・コアを手に入れたいんです」
「ダンジョン・コアの入手って、とんでもない難題やで」
チロルが悔しそうな顔で発言する。
「私たちモルモル族は、トロルのような力がありません。悪魔族のような高い魔力もありません。人間のように加工技術が優れているわけでもありません。そのうえ、体も小さい」
「チロルはんが言う言葉もわかる。でもなあ、ダンジョン・マスターは、唯一なる存在がお決めになるもの。他のダンジョン・マスターの口添えがあっても、なれるものではないで」
チロルは真剣な顔で告げる。
「一人で駄目でも、ダンジョン・マスターが集合した参事会の力なら、どうでしょう」
「何や。ルチャルは、参事会を金の力で動かして、ダンジョン・マスターになろうと思うとるのか?」
チロルが目に力を込めて頷いた。
「そうして、ダンジョン・マスターになった暁に、ダンジョン・コアを使って種族の力を底上げして、種族を発展させようと思っているのです」
「でもなあ、ダンジョン・マスターって、大変な仕事やぞ。それに、住む場所がダンジョンになったら、常に恐ろしい人間が入ってくるで」
チロルは覚悟の籠もった顔で告げる。
「でも、私たちの思いは、強いんです」
「わかった。そこまで思い入れがあるんなら、話を『冥府洞窟』に持っていったるわ。だから、もし上手くいったら、木材の安売りの話を考えてや」
「わかりました」




