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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
424/548

第四百二十四夜 おっちゃんと血の酒(前編)

 おっちゃんはリンダに、カートンが来たら教えてくれるように頼んだ。

 二日後にカートンが来たので、声を掛ける。

「商売の話がしたいんやけど、時間はあるか?」


 カートンが澄ました顔で告げる。

「食事の後ならいいですよ」


 カートンが食事を終えたので、おっちゃんはカートンの支払いを負担する。

 おっちゃんはカートンを伴って、密談スペースに行く。

「また、蚊を使った実験ですか? それとも、別の生物ですかな?」

「今回は人材を紹介してほしい」


「構いませんよ。知らない仲でもないですから。どんな、人材をお探しですか?」

「壊れた武具から『重神鉱』や『霊金鉱』を熔かして精錬できる人物や」


 カートンが澄ました顔で伝える。

「私の知り合いに、一人いますね」

幸先(さいさき)ええのう。どんな職人や」


「モスキル族では珍しい、鍛冶屋の女性です。仲間内では、マダムKと呼ばれています。彼女なら、さほど苦労せずして、『重神鉱』も『霊金鉱』も取り出せるでしょう」


「そうか。なら、紹介してもらえるか」

「いいでしょう。紹介状を書いて、明日、持ってきてあげましょう」


 翌日、おっちゃんは謝礼を払い、紹介状を持って、鍛冶街を訪ねた。

 鍛冶街では常に炭が焼ける臭いがして、鉄を打つ音が響いていた。

 鍛冶街の外れに、周囲六百mほどもある半円形の黒い工房があった。


 工房では様々な種族が働いていた。

 工房の玄関を潜ると、オーガの鍛冶師が威勢のよい顔で出て来る。

「なにをお探しですか?」

「ちと、商売の話があって来た。マダムKに会いたい。モスキル族のカートンの紹介や」


 オーガの男が工房の奥に行くと、身長三mの巨体のモスキル族の女性が出て来た。

 モスキル族にしては珍しい巨体で、はちきれんばかりの筋肉が付いていた。

(特異個体やね。でも、トロル・サイズのモスキル族の女性なんて、初めて見たで)

「わいは、おっちゃんいう者です。今日はマダムKにお話があって、来ました」


 マダムKが気の良い顔で告げる。

「どれ、紹介状を持っているんだろう? 見せな」


 おっちゃんが紹介状を出すと、マダムKは素早く紹介状を読む。

「用件はわかった。報酬は精錬した金属の一割プラス手間賃だ。手間賃は金貨やダンジョン・コインじゃなくて、血造酒で払ってくれ」


(血造酒か。訊いた記憶のない酒やなあ)

「わかりました。ほな、準備ができましたら、また、お話にあがります」


 酒の情報ならリンダが詳しいだろうと考えて、モンスター酒場に行く。

「リンダはん、教えて。血造酒って、いくらくらいのもん?」


 リンダが浮かない顔をして訊く。

「血造酒と呼ばれる酒は大きく分けて、純血酒と雑酒と醸造酒の三種類があるわ」

「そうか。もうちっと、詳しく教えて」


 リンダが曇った表情で語る。

「いいけど、血造酒は売ってないわよ」

「ほんまか。なんで売ってないんや」


「人間の血で造るものが最高級の純血酒と呼ばれているけど、魔都イルベガンでは人間の血は売っていないから、造ってないのよ」

「他の動物では、代用できんのか?」


「できるけど、家畜の血で作ると、雑酒になるわね」

「なんや、質の悪そうな酒やな」


「雑酒は造った場所ですぐ飲むから、飲料店には置いてないわ。料理屋で出す店をあるけど、すぐ悪くなるから持ち帰りはできないのよ」

「なら、醸造酒はどうなん?」


 リンダが肩を竦めて語る。

「血造酒の醸造酒は血ではなく、流血樹の実で造るの」

「聞いた記憶のない果実やな」


「流血樹の実も一般には流通していないわ。会員制の高級バーに行けば醸造酒を飲めるわ。でも、小さなグラス一杯で、金貨五枚は行くわよ」

「そうか。ボトルで買ったら、ものすごい金額になるな」


 リンダが浮かない顔で告げる。

「ボトルで買うなら、オークションに出るのを待つしかないわ」

「なんや、いつも出品がある品やないのか」


「オークションも会員制だから、そう簡単には参加できないわ。だから実質的に、手に入らないのと同じなのよ」

(雑酒なら手に入りそうやけど、マダムKは満足しない。人間を攫って純血酒を造るわけにはいかん。となると、流血樹の実を手に入れるしかないの)

「流血樹の実を手に入れるには、どうしたらええかな?」


 リンダが暗い表情で教えてくれた。

「流血樹は『冥府洞窟』原産の樹よ。流血樹の実も、前は『冥府洞窟』が輸出していたけど、ある時から、ぱったり輸出が止まったわ」

「『冥府洞窟』の屋敷に行けばどうにかなるかもしれん。ありがとうな」


 おっちゃんはリンダから情報を貰うと、『冥府洞窟』の屋敷に移動した。

「すんまへん、商売の件で話があって、来ました。誰か、おられませんか?」


 骸骨の官吏が出て来る。管理はいい顔をしていなかった。

「おっちゃんさんですか。今日は何の御用です?」

「血造酒を作りたいんですわ。そんで、流血樹の実が欲しいんですが、売ってもらえませんか?」


 官吏が、つんとした顔で告げる。

「無理ですな。流血樹のあった果樹園が虫の害により、収穫量が激減しました。なので、輸出してないんです」

「ほな、『冥府洞窟』で血造酒のストックはありませんか? あったら買いたい」


 官吏が素っ気ない態度で拒絶する。

「『冥府洞窟』で本醸造の血造酒を造っています。ですが、これは全て贈答用なので、お売りできません」

「そこを、どうにかできませんか? 巡り巡っては『冥府洞窟』さんにも利益になる話です」


 骸骨の官吏は、冷たい顔で突っ撥ねる。

「駄目です。本醸造の血造酒は、お売りできません」

 そこで、骸骨の官吏が急に背筋を伸ばす。

「はい、ただいま。わかりました」と空中に向かって、ぶつぶつと話す。


 骸骨の官吏が苦い顔で、おっちゃんを見据える。

「おっちゃん、骸様がお呼びだ」


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