第四百二十四夜 おっちゃんと血の酒(前編)
おっちゃんはリンダに、カートンが来たら教えてくれるように頼んだ。
二日後にカートンが来たので、声を掛ける。
「商売の話がしたいんやけど、時間はあるか?」
カートンが澄ました顔で告げる。
「食事の後ならいいですよ」
カートンが食事を終えたので、おっちゃんはカートンの支払いを負担する。
おっちゃんはカートンを伴って、密談スペースに行く。
「また、蚊を使った実験ですか? それとも、別の生物ですかな?」
「今回は人材を紹介してほしい」
「構いませんよ。知らない仲でもないですから。どんな、人材をお探しですか?」
「壊れた武具から『重神鉱』や『霊金鉱』を熔かして精錬できる人物や」
カートンが澄ました顔で伝える。
「私の知り合いに、一人いますね」
「幸先ええのう。どんな職人や」
「モスキル族では珍しい、鍛冶屋の女性です。仲間内では、マダムKと呼ばれています。彼女なら、さほど苦労せずして、『重神鉱』も『霊金鉱』も取り出せるでしょう」
「そうか。なら、紹介してもらえるか」
「いいでしょう。紹介状を書いて、明日、持ってきてあげましょう」
翌日、おっちゃんは謝礼を払い、紹介状を持って、鍛冶街を訪ねた。
鍛冶街では常に炭が焼ける臭いがして、鉄を打つ音が響いていた。
鍛冶街の外れに、周囲六百mほどもある半円形の黒い工房があった。
工房では様々な種族が働いていた。
工房の玄関を潜ると、オーガの鍛冶師が威勢のよい顔で出て来る。
「なにをお探しですか?」
「ちと、商売の話があって来た。マダムKに会いたい。モスキル族のカートンの紹介や」
オーガの男が工房の奥に行くと、身長三mの巨体のモスキル族の女性が出て来た。
モスキル族にしては珍しい巨体で、はちきれんばかりの筋肉が付いていた。
(特異個体やね。でも、トロル・サイズのモスキル族の女性なんて、初めて見たで)
「わいは、おっちゃんいう者です。今日はマダムKにお話があって、来ました」
マダムKが気の良い顔で告げる。
「どれ、紹介状を持っているんだろう? 見せな」
おっちゃんが紹介状を出すと、マダムKは素早く紹介状を読む。
「用件はわかった。報酬は精錬した金属の一割プラス手間賃だ。手間賃は金貨やダンジョン・コインじゃなくて、血造酒で払ってくれ」
(血造酒か。訊いた記憶のない酒やなあ)
「わかりました。ほな、準備ができましたら、また、お話にあがります」
酒の情報ならリンダが詳しいだろうと考えて、モンスター酒場に行く。
「リンダはん、教えて。血造酒って、いくらくらいのもん?」
リンダが浮かない顔をして訊く。
「血造酒と呼ばれる酒は大きく分けて、純血酒と雑酒と醸造酒の三種類があるわ」
「そうか。もうちっと、詳しく教えて」
リンダが曇った表情で語る。
「いいけど、血造酒は売ってないわよ」
「ほんまか。なんで売ってないんや」
「人間の血で造るものが最高級の純血酒と呼ばれているけど、魔都イルベガンでは人間の血は売っていないから、造ってないのよ」
「他の動物では、代用できんのか?」
「できるけど、家畜の血で作ると、雑酒になるわね」
「なんや、質の悪そうな酒やな」
「雑酒は造った場所ですぐ飲むから、飲料店には置いてないわ。料理屋で出す店をあるけど、すぐ悪くなるから持ち帰りはできないのよ」
「なら、醸造酒はどうなん?」
リンダが肩を竦めて語る。
「血造酒の醸造酒は血ではなく、流血樹の実で造るの」
「聞いた記憶のない果実やな」
「流血樹の実も一般には流通していないわ。会員制の高級バーに行けば醸造酒を飲めるわ。でも、小さなグラス一杯で、金貨五枚は行くわよ」
「そうか。ボトルで買ったら、ものすごい金額になるな」
リンダが浮かない顔で告げる。
「ボトルで買うなら、オークションに出るのを待つしかないわ」
「なんや、いつも出品がある品やないのか」
「オークションも会員制だから、そう簡単には参加できないわ。だから実質的に、手に入らないのと同じなのよ」
(雑酒なら手に入りそうやけど、マダムKは満足しない。人間を攫って純血酒を造るわけにはいかん。となると、流血樹の実を手に入れるしかないの)
「流血樹の実を手に入れるには、どうしたらええかな?」
リンダが暗い表情で教えてくれた。
「流血樹は『冥府洞窟』原産の樹よ。流血樹の実も、前は『冥府洞窟』が輸出していたけど、ある時から、ぱったり輸出が止まったわ」
「『冥府洞窟』の屋敷に行けばどうにかなるかもしれん。ありがとうな」
おっちゃんはリンダから情報を貰うと、『冥府洞窟』の屋敷に移動した。
「すんまへん、商売の件で話があって、来ました。誰か、おられませんか?」
骸骨の官吏が出て来る。管理はいい顔をしていなかった。
「おっちゃんさんですか。今日は何の御用です?」
「血造酒を作りたいんですわ。そんで、流血樹の実が欲しいんですが、売ってもらえませんか?」
官吏が、つんとした顔で告げる。
「無理ですな。流血樹のあった果樹園が虫の害により、収穫量が激減しました。なので、輸出してないんです」
「ほな、『冥府洞窟』で血造酒のストックはありませんか? あったら買いたい」
官吏が素っ気ない態度で拒絶する。
「『冥府洞窟』で本醸造の血造酒を造っています。ですが、これは全て贈答用なので、お売りできません」
「そこを、どうにかできませんか? 巡り巡っては『冥府洞窟』さんにも利益になる話です」
骸骨の官吏は、冷たい顔で突っ撥ねる。
「駄目です。本醸造の血造酒は、お売りできません」
そこで、骸骨の官吏が急に背筋を伸ばす。
「はい、ただいま。わかりました」と空中に向かって、ぶつぶつと話す。
骸骨の官吏が苦い顔で、おっちゃんを見据える。
「おっちゃん、骸様がお呼びだ」




