第四百二十三夜 おっちゃんとリサイクルの話
おっちゃんは酒場で飲んでいた。すると、カートンが足取りも軽くやって来る。
「研究の成果が出ました。やはり、あの林檎は普通の林檎ではありませんね。雄の蚊に果汁を与える実験をしたところ、寿命が二・五日も延びました」
「ええ結果が出て良かったわ。ほな、報酬を払うわ」
おっちゃんは報酬を払い、研究成果を纏めた報告書を受け取る。
カートンは機嫌のよい顔でモンスター酒場を後にした。おっちゃんは、その日の内に、チロルに手紙をつけて報告書を送った。
おっちゃんが酒場でぐだぐだと過ごしていると、酒場にオーリアがやって来る。
リンダと話すと、オーリアは真剣な顔をして、おっちゃんの席の前に来た。
「貴方がおっちゃんね。商売の話がしたいわ。お互いに利益になる話よ」
「利益になる話ねえ。でも、別に今、お金に困っとらんのやけどな」
オーリアがキッと、おっちゃんを睨みつける視線を送る。
「貴方も経営コンサルタントならわかるでしょう。儲かる話があるときに儲けないと、誰かが先を越すわ」
おっちゃんは、気負うことなく発言した。
「わいは経営コンサルタントやないよ。単なる、しがないしょぼくれ中年トロルやで」
オーリアがむっとした顔をする。
「なに、それ? そうやって、自分の値段を吊り上げる気なの? 感心しない手口ね」
(なんか、厄介事の気配やね。でも、黙って追い返すと、逆恨みされそうやな)
「暇やし、ええよ。話を聞くだけ、訊こうか」
オーリアに誘われて、密談スペースに移動する。
席に座ると、オーリアが厳しい顔で発言する。
「単刀直入にお願いするわ。おっちゃんが持っている最高級の林檎を売ってほしい」
「林檎の騎士が守っていた林檎か? あれなら、もう、ないで。『アイゼン』陛下に献上した」
オーリアが険しい顔で尋ねる。
「わかっているのよ。最高級の林檎の木になっていた林檎は四つ、残り三つがあるでしょう」
「ないよ。残りの林檎は皆で食べてしもうた」
オーリアの顔に困惑の色が浮かぶ。
「嘘よね。値千金の価値がある林檎三つを食べたなんて。あれ、いくらすると思っているのよ」
「ほんまや。なんなら、『嘘発見』の魔法を使える魔術師を連れてきても、ええで」
オーリアの顔が曇る。
「まずい事態になったわね」
おっちゃんは軽く冗談を口にした。
「林檎は美味しかったで。少々、酸っぱかったけど」
オーリアが目を吊り上げて怒った。
「林檎の味の話をしてないわよ」
「なんや、そんなかりかりして。よかったら事情を話してくれるか?」
オーリアは一瞬、躊躇った。が、語り出した。
「『冥府洞窟』の骸様から、依頼を受けたのよ。『重神鉱』と『霊金鉱』を大量に仕入れるようにね」
(『冥府洞窟』が鉱物を買い入れるなんて、珍しいの。『冥府洞窟』で使うとる武器は、骨から作った骨武器やのに)
おっちゃんは疑問に思った。でも、鉱石から作る武器が欲しくなったんやろうと、軽く考えた。
「両方とも『イヤマンテ鉱山』で採れる鉱物やね。でも、それなら、『イヤマンテ鉱山』のお屋敷に買いに行けば、ええやないの?」
オーリアは険しい顔で内情を語る。
「『イヤマンテ鉱山』は冒険者に採掘場を荒らされて、『重神鉱』も『霊金鉱』も、産出量が激減しているわ。それで、輸出を絞っているのよ」
「そういう事情なら、仕入れは大変やな」
オーリアが憤慨して話す。
「それだけじゃないわ。私が『冥府洞窟』の骸様から調達依頼を受けている、との情報を『イヤマンテ鉱山』にライバル業者が伝えたのよ」
「噂じゃ『冥府洞窟』と『イヤマンテ鉱山』は仲が悪いと聞いたで。それで、余計に入手が難しくなったんか?」
オーリアが苦しそうな顔で告げる。
「そうよ。だから、『鉱山主リカオン』に特別な貢ぎ物をして、ご機嫌を取る必要があったわけよ」
「そういえば、『鉱山主リカオン』も最高級の林檎を欲しがっておったの」
オーリアが苦い顔をして話す。
「どう? 林檎が必要なわけが、わかったかしら?」
「事情はわかった。せやけど、献上した残りの林檎は食べてしもうたからのう。別の手段を探すか、高くても他の商人から『重神鉱』や『霊金鉱』を買うしかないの」
オーリアが苛立った顔で、ぶっきらぼうに述べる。
「それが、時間があまりないのよ」
「なしてや、急ぎの仕事か」
「ある筋からの情報だけど、『イヤマンテ鉱山』は冒険者によって、攻略されるわ。人間の手に『イヤマンテ鉱山』が渡ったら、鉱石は手に入らない」
「そういう事情なら、『重神鉱』と『霊金鉱』も値が上がるな。なるほど、値が上がりそうやから、他の商人は手放さない。せやから、買えない、ちゅうわけか?」
オーリアが暗い顔をして、酷く落ち込んだ。
「そうよ。だから、困っているのよ」
「なら、手助けしてもええで。報酬は、入手した鉱物の一割で、どうや?」
オーリアの顔に、期待が滲む。
「何か、手があるの?」
「アイデアは、ある。だが、タダでは教えられん」
「わかったわ。アイデアを買うわ。で、どうするの?」
「『冥府洞窟』が管理している場所で、『万骨谷』があるやろう。『万骨谷』には、冒険者の壊れた装備品も捨ててある」
オーリアが表情を曇らせ、不機嫌に拒絶する。
「冒険者の壊れた装備品を回収して、そこから『重神鉱』と『霊金鉱』を取り出すの? 無理よ」
「なしてや? ええ案だと思うけど?」
「『万骨谷』に落ちている品は冒険者の装備だけじゃないわ。大量の骨があるのよ。そこから壊れた装備品だけを選んで取り出すなんて、できないわよ」
「あんな、以前に見たんやけどな。骸はんは、雑多に混ざった骨の中から特定の人間の骨と装備品だけを選り分ける魔法を持っていた」
オーリアが興味を示した。
「『冥府洞窟』だけに伝わる秘術ね」
「そうや。骸はんが使えたんや。上級幹部なら、使えるかもしれない。それで、上級冒険者だけに絞って装備品を集めてもらったら、効率よく廃品回収ができるで」
オーリアが思案顔をする。
「でも、問題があるわね」
「なんや、教えてくれたら解決するで」
「『重神鉱』も『霊金鉱』も、熔かして精錬するには、技術が要るわ。技術を持っている『イヤマンテ鉱山』が協力するとは思えない」
「精錬は人間かて、できるんや。熔かして集める技術はそれほど難しいものではないやろう。なら、イルベガンには、できる奴がおるやろう」
「わかったわ。廃品を集める仕事は、私がやるわ」
「ほな、集まった品から回収する者を、わいが探す」
オーリアが機嫌よく発言する。
「交渉成立ね」




