第四百二十二夜 おっちゃんとマキシマムの依頼
マキシマムは帰らなかった。マキシマムはイルベガンのモンスター酒場に泊まり、観光をしていた。
いい気がしなかった。でも、宮殿から連れ出したのがおっちゃんなので、「帰れ」とは言い辛かった。
「何も問題を起こさなければええんやけど」
おっちゃんが酒場で独りで飲んでいると、役人の制服の骸骨がやって来て、険しい顔で告げる。
「貴方がおっちゃんさんですね、御連れの方のことで骸様がお呼びです。一緒に来てください」
(お叱りがあるんやろうな)
おっちゃんは渋々、役人に従いて行く。連れて行かれた先は骸の御屋敷だった。
骸は縁側で、いかめしい顔をしていた。
「おっちゃんを連れてきました」と役人が背筋を伸ばして、骸に声を掛ける。
「下がってよいぞ」
役人は下がって、骸とおっちゃんが、縁側に残された。
おっちゃんは座ってよいのか迷っていると骸が勧める。
「どうした、座らぬか」
骸の横に座る。骸が茶を注いでくれたので、湯呑みを手にする。
骸が棘のある顔で辛辣に発言する。
「時に、おっちゃんよ。御主の友人のマキシマムの件じゃ」
「やはり、マキシマムはんの話ですか、それでどんなご用件でしょか」
「マキシマムは街で色々と羽を伸ばしておるようだな。日々、頭の痛い報告が上がってくる。マキシマムには、もう帰ってもらいたい」
「お気持ちは、わかりますが。マキシマムはんは自由奔放なお方、飽きるのを待つしかないですわ。無理に力尽くで帰すわけにもいきませんやろう」
骸が怒って声を荒げる。
「それでは困る。ダンジョン・サミットが終わったのに、帰らないダンジョン・マスターはマキシマムだけじゃ。このままでは、いつまで経っても、わらわの仕事が終わらぬ」
「わかりました。機を見て、帰ってくれるように頼んでみます」
骸の屋敷から帰ってきた晩に、マキシマムがおっちゃんを密談スペースに誘う。
マキシマムが明るい顔で語る。
「本当に楽しいな、魔都イルベガンって。いろんな種族がいて活気がある。観光にはもってこいだ」
「そう思っておる人間は猊下だけやと思いますけど。ここは人間にとっては、文字通り魔の都ですからね」
マキシマムが機嫌よく話す。
「そう固い言葉で水を差すな。さて、俺も、そろそろ本業の教皇業に戻ろうと思う」
「そうですか、あまり教皇庁を空けるのも好ましくないですから、いい頃合いだと思いますよ」
マキシムが機嫌もよく、明るく話す。
「そこでだ。まだ、林檎の騎士に勝った報酬を貰っていない」
(報酬は払うつもりやったけど、マキシムはんの仕事料っていくらやろう。見当も付かん)
おっちゃんは正直に訊いた。
「ええですよ。おいくらでっか?」
マキシマムが素っ気ない顔で告げる。
「金なら要らない」
「ほな、何が必要ですか?」
マキシマムが真剣な顔で要求する。
「『冥府洞窟』で死んだ聖騎士のルイーセの遺体だ」
「ダンジョンに行って死んだ聖騎士の遺体でっか?」
マキシマムの表情が不快に歪む。
「正確には聖騎士団長だ。俺に反発したあげく、ダンジョンに乗り込んで死んだ。後任を探してもよいのだが、ルイーセはいいとこの、おぼっちゃんだ」
「蘇生を試みてほしい依頼が出てるんでっか」
マキシマムが厳しい顔で告げる。
「そうだ。だが、体がない状態での蘇生の成功率は、悪い。骨だけでもあると、だいぶ違う」
「それなら、『冥府洞窟』に依頼されてはどうですか?」
マキシマムが、むっとした顔で語る。
「頼みはした。だが、『髑髏公主』には断られた。どうやら、向こうは俺を人間だと思って毛嫌いしている」
「なるほど。そこで、わいの出番いうわけですな」
マキシマムが神妙な顔で告げる。
「そうだ。おっちゃんには、俺の名前を出さずにルイーセの遺体を回収してきてもらいたい」
(本来なら簡単にはいかん仕事や。けど、『冥府洞窟』の有力者の骸はんがマキシマムはんに帰ってほしいと思う取る。協力してくれるかもしれん。それなら、ずっと話は通り易い)
「わかりました。ほな、ルイーセの遺体回収を試みますわ」
マキシマムが安心した顔で告げる。
「そうか。なら、よろしく頼む」
「せやけど、ダンジョンでは毎日、多くの人間が亡くなります。名前しかわからんのなら、探すのは難しい。なんぞ、目印になるものはありまへんか?」
マキシマムが腰に佩いていた剣を外した。
「これは、元々はルイーセが愛用していた剣だ。これを頼りに探せるか」
「ないよりは、ええですな。ほな、やってみます」
翌日、おっちゃんは『冥府洞窟』のお屋敷に行った。
お屋敷を預かる骸骨の官吏に伝える。
「マキシマムはんに帰ってもらえるように画策できそうです。そんで、報酬が欲しい」
骸骨の管理は、不機嫌な顔で訊く。
「いかほど、お望みですか?」
「『冥府洞窟』で亡くなった。ルイーセと呼ばれる人間の死体をください。用意してもらえませんか?」
官吏は渋い顔をして、険しい口調で意見する。
「貴方ね。冥府洞窟で、いったいどれだけの人間が亡くなっていると思うんですか。そんな死体の中から、人を一人、探せって、どんだけ無茶な要求をするんですか」
「ほな、マキシマムはんを放っておいてもええですか?」
管理は不機嫌に言葉を荒げる。
「それは、困る。一刻も早く帰ってほしい」
「なら、死体を用意してくださいな」
「わかりました」と官吏は険のある態度で応じる。
三日後に、おっちゃんは『冥府洞窟』の屋敷に呼ばれた。
(役人にしては、やる仕事が早いな。よっぽど早く、マキシマムはんに早く帰ってほしいんやろうな)
屋敷に行くと、骸と御付の骸骨が待っていた。骸が渋い顔をして告げる。
「おっちゃんよ。ルイーセの件だが、少々面倒な話になった。ルイーセの死体だが、すでに骨にして、『万骨谷』に捨てたと報告を受けた」
「『万骨谷』に捨てたって、あそこ、骨だらけでっせ。あんなところに捨てられたら、探すのが、えらい苦労でっせ」
骸が穏やかな顔で、さらりと告げる。
「そうじゃ。だから、報酬は金貨か、ダンジョン・コインにしてはもらえないだろうか」
「無理ですわ。こればかりは、替えが利きません」
骸が嫌そうな顔をする。
「そうか、駄目か。なら、一手間を掛けるしかないな。ルイーセが生前に使って品などを持っておらぬか」
「それなら、ルイーセが持っていた剣があります」
骸はおっちゃんから剣を受けとる。
「従いてまいれ」と骸が命令すると、御付の骸骨がマジック・ポータルを開いた。
移動した先は骨が万と散らばる『万骨谷』だった。
『万骨谷』は人間や獣、それに異種族の骨が見渡す限りに散らばっていた。
壊れた武具の破片も散在しており、この中から目当ての骨を捜すのは、とても困難に見えた。
骸が剣を両手で持ち、魔法を唱える。
辺りにある骨が、かたかたと震える。骨の山の中から、人間一人分の骨と所持品だったと思われる品が集まってきた。
(万とある骨の中から目当ての骨だけを取り出しおった。さすが、『髑髏公主』の娘さんだけあるな。見事な腕前や)
御付の骸骨が大きな麻袋を広げると、骨は袋に独りでに入った。
骸が気だるい表情をして告げる。
「面倒だが骨を集めてやったぞ。マキシマムの退去の件、しかと頼むぞよ。あと、ルイーセの骨を私が集めた件は内密にな。母に知られると、ちと面倒じゃ」
「へえ、心得ております。ルイーセの件に関しては、二人だけの秘密にしましょう」
おっちゃんは御付の骸骨から麻袋を受け取ると、マジック・ポータルを通って街に戻った。
マキシマムに麻袋を渡すと、マキシマムは機嫌よく袋を受け取った。
「よく、やってくれた。おっちゃん、これで俺も心置きなく帰れる」
マキシマムはその日の内に、骸の屋敷に出向き、帰りのマジック・ポータルを潜って帰っていった。




