第四百二十夜 おっちゃんと最強のカード(前編)
翌日、おっちゃんとチロルは、二人で暗い顔をして、モンスター酒場にいた。
「あかんわ。あれは完全に超級の腕前や。いくら金を積んでも倒せん」
チロルが冴えない顔で訊く。
「ですよね。なら、諦めて、最高級の一つ下の上等な林檎を献上しますか?」
「無理や。上等な林檎では『アイゼン』陛下は納得しても、取り巻きが納得せん。なぜ、最高級の林檎を持って来ない、と必ず口を挟む」
チロルが暗い顔で意見をする。
「どうします? 盗むのも、買収するのも、無駄ですよ」
「どないしよう、どないしよう」と考えていると、酒場の住人の愚痴が聞こえてくる。
「ダンジョン・サミットも今日が最終日か、これで物々しい警備もやっと解かれるな」
おっちゃんは気がついた。
「そうか。今日がダンジョン・サミット最終日か。うん、待てよ。ちゅうことは、マキシマムはんが来とるな」
チロルが冴えない顔で尋ねる。
「誰ですか、マキシマムはんって?」
「よし、もう一勝負や。最強のカードで勝負する。チロルはんは林檎園で待っていて」
おっちゃんは古着屋に飛び込むと、トロル用のゆったりした民族衣装を買って着替える。
『サバルカンド大迷宮』の屋敷に行って、ザサンを呼んでもらう。
「すんまへん、ザサンはん。サミット会場に入りたいやんけど、身分証を発行してもらうわけにはいきませんか」
ザサンが苦い表情で教えてくれた。
「なんだ? 観光がてら、サミット会場を見学したいのか? やめておけ、見ても面白いものではないぞ。特に今回のサミットは荒れたから、会場内もピリピリしている」
「そうはいっても、どうしても会いたい人が、おるねん。どうにかなりませんか」
ザサンは乗り気ではなかった。
「何か厄介事か。だとしたら、まずいぞ、ダンジョン・サミットで問題を起こせば、洒落にならないぞ」
「そうはいっても、是が非でも会いたい人がおるんですわ」
ザサンは渋々の態度で応じた。
「身分証の発行は、もう無理だ。だが、他のトロルの身分証なら、ある。貸してやってもいいが、捕まって怒られても、知らないぞ」
「わかりました、自己責任でやります」
サミットは城で行われる。おっちゃんはザサンの秘書のトロルの身分書を借りて、会場である城に潜入した。
会場内はサミット終了後の片付けで、人の出入りが激しかった。
おっちゃんは宮殿内の見取り図を見ながら、マキシマムの部屋を探した。
それらしい部屋を見つけた。されど、部屋の前には、赤い制服に身に纏った骸骨の兵の見張りが十人も立っていた。
(厳重な警備やな。でも、行くしかない)
おっちゃんは堂々と骸骨兵の前を通り抜けようとした。だが、止められた。
「ここから先は、人間の教皇の控え室だ」
「へえ、わいは、『サバルカンド大迷宮』からの使いですわ。ちと、ザサン様からの使いで、お話があって来ました」
「怪しいな」と骸骨兵たちは、おっちゃんの言葉を露骨に疑った。
おっちゃんは即座に骸骨兵たちに囲まれ、骸骨兵の一人が気が付いた
「あ、こいつ、身分証の顔と違うぞ」
全員の視線が、おっちゃんの身分証に釘付けになる。
「ちょっと来てもらいましょうか」と、リーダー格の巨人の骸骨兵が、おっちゃんの腕を掴む。
「わー、マキシマムはんに用があるのは、本当なんです」
リーダー格の巨人の骸骨兵が怖い顔で叫ぶ。
「いいから、来い!」
「わー、マキシマムはん! おっちゃんや! 助けてー!」
「バン」と控え室の扉が開いて、青い法王の服を身に纏った険しい顔のマキシマムが出て来た。
「おい、ちょっと待て、そこの骸骨」
呼び止められて、リーダー格の巨人の骸骨兵が動きを止めた。
マキシマムが不機嫌な顔をして、大股でおっちゃんに近づいてくる。
おっちゃんが手を振ると、マキシマムがおっちゃんの顔を見上げる。
マキシマムの顔が突如として明るくなる。
「なんだ、おっちゃんか、久しいな。しばらく見ない間に、随分と大きくなったな。こんなところで、何をしているんだ?」
「マキシマムはんに会いたくて、身分証を借りて忍び込もうとして、ばれました」
マキシマムが愉快そうに笑って、笑顔で答える。
「また、面白そうな遊びをしているな。ちょうどいい、退屈していたところだ。部屋に寄ってけ。茶ぐらい、出すぞ」
リーダー格の巨人の骸骨兵が顔を歪める。
他の骸骨兵たちも、どう反応していいかわからず、顔を見合わせる。
助かると安堵したので、すぐマキシマムの誘いに応じた。
「助かりますわ。ほな、寄らせてもらいます」
マキシマムがリーダー格の巨人の骸骨兵を見て「ほら、ほら」と促す。
骸骨兵の一人が魔道具で、どこかに連絡を取る。
リーダー格の巨人の骸骨兵が、まだ、おっちゃんを掴んでいると、マキシマムが怖い顔をする。
「聞こえないのか? 俺は離せと頼んでいる。それとも、何か? 主催者の骸は俺の友人に手を掛けたまま連れ行き、俺の顔を潰そうと画策しているのか。さすがに、そこまでするなら、黙っていないぞ」
マキシマムに凄まれて仕方なく、リーダー格の巨人の骸骨兵が手を離した。
すかさずマキシマムが、にこやか顔で告げる。
「よし、それでいい。おっちゃん、こっちだ」
マキシマムが機嫌よく歩き出したので、おっちゃんも控え室に従いて行く。
控え室は、白を基調とした、品のよい三十畳ほどの部屋だった。部屋の中には、制服を着た骸骨の召使と執事が三人いた。
マキシマムが威勢よく告げる。
「これから、俺はこのトロルと密談をする。だから、部屋から出て行ってくれ」
使用人と執事が顔を見合わせる。
「いいから、出ていけ!」
マキシマムが叫ぶと、鼠が逃げ出すように執事と召使は退出した。
椅子の背凭れを前にして座ったマキシマムが、目をきらきらさせて訊く。
「それで、おっちゃん。危険を顧みず俺に会いに来たんだ。何か面白い話を持って来たんだろうな?」
「へえ、実は物凄い強い林檎の騎士がおりました。そいつを負けさせて、最高級の林檎を手に入れたいんやけど、金で雇えるレベルでは太刀打ちできん」
マキシマムがニヤニヤしながら語る。
「なるほど。それで、俺の力を借りたい、と?」
「へえ、サミットが終わったらでいいので、手を貸してもらえませんやろうか」
マキシマムが晴れやかな顔で発言する。
「よし、なら、今すぐ行こう。着替えるから、十分ほど時間をくれ」




