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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
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第四百十九夜 おっちゃんと林檎の騎士

 モンスター酒場にチロルが進捗状況を訊きに来た。

「ドライ・アップルを輸出する話は、うまくいきそうや。『黄金の宮殿』に出入りしている、蠍人の商人のグラニはんが引き受けてくれた」


 チロルが、ほっとした顔をする。

「それは良かった。ドライ・アップル作りを始めたのですが、もう売れなかったらどうしようかと不安で、しかたなかったんです」

「それでな、ドライ・アップルに箔を付けるために、さらなる付加価値の創造を考えた」


 チロルが顔を輝かせて質問する。

「どんな、素敵な案でしょう? 聞かせてください」

「『黄金の宮殿』の『アイゼン』陛下に、最高級の林檎を献上しようと思う。準備してくれるか?」


 チロルが弱った顔をする。

「最高級の林檎は無理です。手に入りません」

「なしてや? 誰かが買い占めとるんか? それとも、生産者が手放さないんか?」


 チロルが困った顔で事情を話す。

「実は林檎園に、いつの頃からか流浪の騎士が住み着いているのです。私たちは林檎の騎士と呼んでいます。その林檎の騎士が、最高の林檎の樹を守っているんです」

「なんや? その騎士が意地悪して、最高の林檎を採らせてくれんのか?」


 チロルが困った顔で告げる。

「林檎の騎士は林檎園を守ってくれているのですが、林檎園の中央にある最高の林檎の樹に実る林檎だけは、採らせてくれないのです」

「なんや。厄介な話やな」


 チロルが弱った表情で語る。

「もし、どうしても最高の林檎を採りたければ、私を倒してみせろと命じるのです」

「なんや、実力行使してええんか。なら、林檎の騎士を倒して最高級の林檎を貰おう」


 チロルが悲しい顔で首を振る。

「無理です。林檎の騎士は恐ろしく強いのです」

「戦いは一対一なんか?」


 チロルが暗い表情で教える。

「いいえ、多人数で挑んでもよいそうです。ですが、前に『鉱山主リカオン』の命を受けた異種族五十人がリンゴ園に最高の林檎を求めて雪崩込(なだれこ)み、返り討ちに遭いました」


「『鉱山主リカオン』いうたら、ダンジョン・マスターやろう。その、ダンジョン・マスターが派遣した精鋭五十人を倒すって、並の腕やないな」

「ですから、最高級の林檎は無理です」


「最高の林檎の樹って、一本だけやの?」

 チロルが冴えない表情で伝える。

「はい、最高の林檎の樹は、最高の林檎の樹であると同時に、リンゴ園最古の樹なんです。最古の林檎の樹は百年に一度、実をつけるといわれ、いつの頃からか、四個だけ実をつけています」


「何、それ! そんなの林檎やないやん。別の伝説の果物やで」

 チロルは、しょぼんとした顔で話す。

「でも、モルモル族の間では、最高の林檎の樹と呼ばれています」


「これ油断したわ。てっきり、ちょっといいだけの林檎が実っていると思うとった。最高級の林檎は伝説の果物やな。でも、最高級の林檎を献上できれば、覚えはめでたいやろうな」


 チロルがどんよりとした顔で訊く。

「林檎の騎士に挑むのですか」

「やってみるわ」


 おっちゃんは、モンスター酒場で募集を出す。

試し切りをさせ、オーガの戦士、ワー・タイガーの剣士、骸骨騎士の三人の凄腕モンスターを雇った。


 チロルと一緒に、林檎園に向かった。

 林檎園は全周が二十㎞と、それほど広くはない。林檎園の樹はどれも幹が太く、立派なものだった。


 その林檎園の中央には、幹の太さが直径三m、高さが三十mの、大きな林檎の樹があった。樹には緑色の葉が生い茂り、真っ赤な林檎が四つだけ実っていた。

 林檎の樹の根元には、林檎の形をした兜を被り、真っ赤な鎧に身を包んだ、身長百七十㎝の女性の騎士がいた。

 女性の騎士は林檎の樹に凭れ掛かるようにして休んでいた。


(なんや、鎧の中に入っている種族は人間か。線も細いようやし、それほど腕の立つようには見えんな)

 チロルに、そっと声を掛ける。

「あれが、林檎の騎士か?」


 チロルが緊張した顔で身構える

「そうです。あれほど見かけと強さが一致しない方はいません」


 おっちゃんは近づいて声を掛ける。

「わいはおっちゃん。わけあって、最高の林檎を求めるものですわ。勝負してください」


 林檎の騎士から女性の声がした。

「いいわよ。勝てたら、持っていきなさい」

「ほな、先生方、お願いします」


 おっちゃんは後ろに下がる。

 三人は目配せすると、斧を担いだオーガの戦士が、まず、前に進み出た。他の二人は、おっちゃんの傍まで下がった。


 オーガの戦士は林檎の騎士の前まで歩いてゆき、そのまま前のめりに倒れた。

「なんや、何が起きたんや!」


 おっちゃんには理解できなかった。

「速いな」とワー・タイガーの剣士が厳しい顔で口にする。

「恐ろしくな」と髑髏の騎士が怖い顔で応じる。

(二人には、林檎の騎士の攻撃が見えたんか。わいには、全く林檎に騎士の動きが見えんかったで)


「では、次は某が」とワー・タイガーの剣士が人間と虎の中間の姿になる。

 刀に手を掛けると、ワー・タイガーは、じりじりと間合いを詰めて行く。


 ワー・タイガーの男がゆっくりと動いたかと思うと、剣を抜きながら前に倒れた。

「あかん。これ、勝負にならん」


 おっちゃんが髑髏の騎士を見ると、髑髏の騎士は肩を竦めて背を向ける。

「金は要らない。俺では勝てない」


 髑髏の騎士は戦わずして場を去った。林檎の騎士は武器を抜かずに勝利した。

 林檎の騎士が静かに尋ねる。

「で、最後にあなたが残ったけど。どうする。やるの? やらないの?」


「滅相もない。わいでは(かな)いません。出直します」

 敵わないと怖れたので慌てて逃げ帰った。


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