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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
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第四百十八夜 おっちゃんと林檎販売(後編)

 おっちゃんとチロルはカートンの席を離れ、密談用のスペースに移動する。

「さて、次や。林檎は日持ちする。せやけど、長距離輸送するなら傷む。そこで、加工品にしたい。瓶に入れて高級感を出して売るのはどうや?」


 チロルが暗い顔で首を横に振る」

「瓶詰めは無理です。高くて採算が合いません」


「缶だと密閉できんから保存が利かんしな。ほな、干して、袋にいれるしかないな」

「ドライ・アップルなら、保存食として森でも作っていますよ」

「なら、ドライ・アップルに切り替えたほうが、ええかもしれんな。設備投資もそれほどかからんやろう」


 チロルは表情を曇らせる。

「でも、ドライ・アップルは、他の種族さんには不評です。それに、加工すれば、さらに値段が高くなります」

「ドライ・アップルは量を調整して一個が銀貨一枚やなく、一袋で銀貨十枚にする。一袋に七個か八個も入れれば、ええやろう」


 チロルは躊躇(ためら)いがちに発言する。

「小分けは可能ですが、果たして、売れるかどうか」

「あんな、おっちゃん実は、ドライ・アップルは人間に売ろうと思うとるんや」


 チロルが驚いた。

「人間にですか? 人間なんて奪うだけで、お金を払ってくれませんよ」

「普通ならそうや。だから、ここに『黄金の宮殿』を経由させる。『黄金の宮殿』は人間の街であるバサラカンドを支配下に置いとる」


 チロルが不安を滲ませて申し出る。

「『アイゼン』陛下が人間の街を支配下に置いている話は、聞いております。でも、大丈夫でしょうか?」

「問題ないやろう。うちらが付き合う相手は、『黄金の宮殿』に出入りしている、商人や。異種族との取引も、慣れている」


 チロルが悲しそうな顔で弱音を吐く。

「でも、『黄金の宮殿』は林檎を買ってくれませんでしたよ」

「任せといて。わいが話を付けたる。チロルはんはドライ・アップルの量産に入って」


 おっちゃんはチロルから販促用に三個の林檎を受け取った。別れると、久々に人間の姿に戻る。

(『黄金の宮殿』を訪ねるなら、人間の姿のほうがええやろう。誰か、知り合いと会えるかもしれん)


 おっちゃんはサドン村にいる蠍人の商人グラニに手紙を書いた。

 人間の姿で街を歩く。堂々と街を歩くおっちゃんに注意を向けるモンスターはいなかった。


『黄金の宮殿』が構える屋敷に着いたので、声を掛ける。

「ごめんください。おっちゃんいうものですが、商売担当の方は、おられますか」

 奥からクリーム色のガラベーヤを着た、年配の赤牙人の男性が出て来る。


 年配の赤牙人は、おっちゃんを胡散(うさん)くさそうに見る。

「なんだ、お前は?」

「へえ、林檎をバサラカンドに輸出したいと思うとる者です。そんで、使用料を払うので、お屋敷で管理するマジック・ポータルを使わせていただきたいんです」


 年配の赤牙人が邪険(じゃけん)に応じる。

「林檎なんか売れるわけがない。それに、『黄金の宮殿』からバサラカンドまで、どうやって林檎を運ぶんだ? (つて)がないだろう」


「『黄金の宮殿』に出入りしている商人で、蠍人のグラニはんがおります。グラニはんに、この手紙と林檎を渡していただければ、万事うまくいきます」


 年配の赤牙人は、むっとした顔をする。

「グラニは知っている。だが、俺はお前を知らない。大事な手紙の輸送手段をお前のために使わせるためにいかない」

「そんな断らんて、お願いします。これは、『黄金の宮殿』にもグラニはんにも利益になる話なんです」


 年配の赤牙人は、けんもほろろに対応する。

「駄目だ、駄目だ。帰れ、帰れ」

「そこを何とか」とやり取りをしていると、木乃伊が通りかかった。


 木乃伊はおっちゃんを見ると、足早に屋敷の中に入っていった。

 おっちゃんは屋敷の外に追い出された。


 屋敷の外でどうしたものかと考えていると、扉が開いた。

 そこには、気まずそうな顔をした年配の赤牙人と、木乃伊が立っていた。

 木乃伊は金の刺繍がある黒のガラベーヤを着て、ターバンを巻いていた。


 おっちゃんは、すぐに『死者との会話』を唱えた。すると、木乃伊が話し出す。

 木乃伊が威厳の籠もった顔で訊く。

「『黄金の宮殿』に利益になる話を持ってきた、おっちゃんとはお前か?」


「へえ、わいです」

「間違いない。あの時の男だ」と木乃伊は頷く。


 木乃伊は年配の赤牙人に声を掛ける。

「この男は、ちょっとした知り合いだ。忙しいとは思うが、『黄金の宮殿』の利益になると申し出るのなら、便宜を図ってやってほしい」


 年配の赤牙人は(かしこ)まって応じる。

「ハルク将軍のお言葉とあれば、是非もなし」


 ハルク将軍は、お供の者を連れて、そのまま外出した。

 年配の赤牙人が丁寧な口調で尋ねる。

「あんた、ハルク将軍と顔見知りなら、なぜ最初から知り合いだと申告しないんだ?」


「ハルク将軍がいると、思わんかった」

「ダンジョン・サミットが近いんだよ。偉い人は偉い人で、忙しいんだよ。いいだろう、手紙と林檎をグラニに渡してやるよ」


 一週間後、モンスター酒場でトロルの姿で時間を潰していた。

 そこへ、体格が大きく、立派な顎鬚を生やした蠍人のグラニが、やってくる。蠍人とは下半身は蠍で、蠍の頭の部分に人間の上半身がついたモンスターである。

 グラニは赤い麻のシャツを着て、赤いターバンを被っていた。


 グラニがリンダに何やら尋ねてから、おっちゃんの席に来た。

「こんにちは、グラニはん。おっちゃんや。今、事情があってトロルをやっとる」


 グラニが親しみを込めて語る。

「そうか、久しいな、おっちゃん。手紙を読ませてもらったぞ」

「どうや? 林檎は売れそうか?」


 グラニの表情が曇る。

「バサラカンドは砂漠の街だ。果物のほとんどを輸入に頼っている。バサラカンド人は珍しい果物が好きだから、売れるかもしれん。ただ、店頭に並べると暑さで日持ちはしまい」

「そこは、ドライ・アップルにする計画がある」


 グラニは顎鬚を触って唸る。

「干し果物か。それもいいだろう。ただ、商品の差別化をしたい」

「チロルはんが売りたい林檎は特別な林檎や。今、魔術師に証拠となるデータを出させとる。これの成果が出たら、特別な林檎やと売り込む」


 グラニが思案する顔をして、顎鬚を触って語る。

「それもいいだろう。だが、もう一工夫が欲しいな」

「ほな、『アイゼン』陛下に最高級品を献上する。そんで、林檎に箔をつける」


 グラニが愛想よく笑う。

「『アイゼン』陛下が気に入った林檎として、宣伝するのか。そこまですれは、日持ちするドライ・アップルは、バサラカンドからさらに遠く運ばれるかもしれないな」

「せやろう。うまく行けばバサラカンドを経由して他の街まで届くやろう」


 グラニがにっと笑って、元気よく決断する。

「計画ができているようだし、この話に、俺は乗ろう」

「ありがとう。チロルはんも喜ぶわ」

 おっちゃんはその日はグラニと美味い酒を飲み、近況を報告しあった。


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