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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
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第四百十七夜 おっちゃんと林檎販売(前編)

 お師匠さんの豚骨白玉屋に投資をしても、まだ金は充分にあった。日々、モンスター酒場でダラダラと過ごす。

 すると、おっちゃんを訪ねてくる種族があった。


 相手は身長百五十㎝、大きな団栗(どんぐり)を刳り(く ぬ)いて作った帽子を被り、木の皮を加工して作った服を着て、肩掛け鞄を提げていた。

 モルモル族と呼ばれる、『ユババ大森林』に住む種族の女性だった。女性の肌は白く、目は緑色の眼をしている。年齢は人間でいえば二十代後半くらいに見えた。


 モルモル族の女性が丁寧に挨拶する。

「私の名は、チロル。モルモル族の商人です。今日はトロルの経営コンサルタントであるおっちゃんさんに話がありました」


(なんか、わいの肩書きが、おかしゅうなっとるな)

「わいはおっちゃんと名乗っているけどね。経営コンサルタントやないよ。しがない、しょぼくれ中年モンスターやで」


 チロルが小首を傾げる。

「そうなんですか? 何でも、潰れかけた豚骨料理屋を見事な手腕で立て直したと聞いておりますが」

「だいたい合っとるな。まあ、ええわ、そんで、チロルはんの用件は何?」


 チロルが困った顔で話す。

「実は私たちは林檎(りんご)園を経営しているのですが、この度、販路を広げたく相談に来ました」

「それなら、わいに相談しないで、各ダンジョンのお屋敷を廻ったほうが早いで」


 チロルはしょんぼりした顔で告げる。

「行きました。どのお屋敷でも林檎は間に合っていると、取り合ってくれませんでした」

「そうか。それは、困ったの」


「私どもも、困りました。そうして、困っていましたら、『冥府洞窟』の商売担当のザンカさんから、おっちゃんさんに相談してはどうか、と勧められまして」

(これは、体よくあしらわれたの。『冥府洞窟』には豚骨を買いに、顔を一度、出したきりや。借りも貸しもない。これは、わいに断らせて、わいを悪者にして、ことを収めようと思うとるの)


 おっちゃんは、チロルに同情した。

「とりあえず、売り物の林檎を味見させてもらって、ええか」

「これが売りたい林檎です」


 チロルは緊張した顔で肩掛け鞄から林檎を一個、取り出した。

 林檎は赤く、小ぶりの林檎だった。林檎を口に放り込む。果汁は少ないものの、甘みと酸味がしっかりとする林檎だった。


「味はええな。だが、ちと、水気が少ない種類やね。実も小さい。ちなみに、これを一個いくらで売ろうと思うとるの?」


 チロルは気負った顔で発言する。

「できれば、一個、五十銅貨くらいで売りたいのです」

「五十銅貨ねえ。普通の林檎の三倍から五倍か。これは売れんで」


 チロルが一生懸命な顔で説明する。

「でも、これは普通の林檎より栄養価も高く、薬の材料にもなるほど優秀な林檎なんです」

「ほな、値上げやな」


 チロルが、おっちゃんの言葉に驚いた。

「値上げですか?」

「そうや。中途半端な価格帯が悪い。高級林檎にして質を厳選すれば、売れるかもしれん。一個が一銀貨くらいがええやろう」


 チロルが冴えない顔で意見する。

「でも、五十銅貨でも売れないのに、値段を倍にしたら、もっと売れないと思いますよ」

「そこは、売り込み方次第やな。そんで、その林檎の効能ってあるの?」


 チロルがはきはきした顔で自慢げに話す。

「肌に張りと艶を与えて丈夫にします。また、抗疲労効果もあるので、疲れが取れ易くなります。林檎を食べると長生きします」

「それは、個人の感想か? それとも何か、データに基づいた証拠があるんか?」


 チロルがむきになる。

「言い伝えです。でも。言い伝えは本当です」

「そうか、手と顔を見せて」と断って、チロルの手を取って顔をじっと見る。


 チロルの肌は健康そのものだった。

「肌にええのは、本当かもしれんな」

「本当です。信じてください」


 おっちゃんはリンダに声を掛ける。

「リンダはん、ここに健康にええかもしれん林檎がある。これが、健康にええと証明したいんやけど、そんな実験をやってくれそうな魔術師を知らんか?」

「それならー、モスキル族のカートンさんかしら」


「どこにいけば会えるんや」

「ちょうど今、食事を終えて一服しているところだから、話をしてみる?」


「ありがとう、ほな、ちょっくら話してみるわ」

 おっちゃんはチロルを連れて、食後の石榴(ざくろ)サイダーを飲んでいるカートンのテーブルに行く。


 カートンは蚊のように長い口で器用に石榴サイダーを啜っていた

「わいは、おっちゃん。ちと仕事を頼みたい」


 カートンが気取った顔で尋ねる。

「仕事の依頼ですか。どんな依頼ですかな?」


 チロルから林檎を受け取って、テーブルに並べる。

「ここに、健康に良い林檎がある。だが、これは、ただの言い伝えや。これを、本当やと実証したい。できるか?」

「期間と費用は、いかほどですかな?」


「費用は多少は高くてもええ。でも、結果は早いほうがええ」

 カートンが澄ました顔で告げる。

「でしたら、雄の蚊を使った実験が最適ですな。雄の蚊の寿命は平均で十日。これが延びれば、長寿に貢献ありと断言るでしょう。蚊で効果が出てから他の生物を使ってもよい」


「なら、頼むわ。料金は、いくらや」

「お急ぎなら、金貨三十枚。これなら、三十日以内の結果を出してお持ちします」

(なかなか、いい金額を要求するの)


 チロルが金額を聞いて、渋い顔をした。

「金はわいが出す。だから、心配は要らん」

「でも、いいんですか、金貨三十枚は大金ですよ」


「もちろんタダやない。その代わり、林檎の売り込みに成功したら、報酬として、林檎一個に付き、銅貨十枚を貰うで」

「まあ、それぐらいなら」と、チロルが承諾した。


 おっちゃんは、すぐにカートンに金貨を払い、蚊のエサとして林檎十個を渡した。


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