第四百十三夜 おっちゃんと浮浪スケルトン
魔都イルベガンで暮らしていると、街を取り巻く噂が耳に入ってくる。
今日も興味のある顔で酒場の住人が噂話をしている。
「『イヤマンテ鉱山』の『鉱山主リカオン』は魔都イルベガンの管理者の地位を狙っている」
「ここの争いは熾烈だぞ。『鉱山主リカオン』は『冥府洞窟』の『髑髏公主』との仲も、険悪だからな」
(こんな酒場でも話題になるくらいや。『イヤマンテ鉱山』と『冥府洞窟』の仲が悪いのは周知の事実やな)
おっちゃんは、酒場を出る。リリンの店から回収してきたマイナー・ドノトレックスの代金を財布の中に入れる。モンスター酒場に帰って、残金を確認する。
「一週間分の宿代を前払いして、残りは金貨が十枚に銀貨が三十七枚か。普通に生活する分には困らん額や。少し、ダラダラ過ごそうかの」
おっちゃんが酒場の一階に下りて行くと、店のカウンターで酔い潰れた龍人族の骸骨がいた。
骸骨は古いマントを羽織って、腰にボロボロになった剣を佩いていた。
おっちゃんは離れた席に座った。リンダが来たので尋ねる。
「なんや、昼間から酔い潰れている骸骨がおるな。霊酒の飲み過ぎか」
霊酒はアンデットでも飲める酒のような飲料である。
形状は靄に近く日持ちがしないので、モンスター酒場やダンジョン内の酒場にしか置いていない。
リンダが浮かない顔で語る。
「そうよ、有り金を全部、飲んでしまったのよ」
「いくら骸骨やからて、ちと無目的すぎるの」
「元は『狂王の城』に勤めていたんだけど、負けて骸骨になったんだって」
おっちゃんも『狂王の城』には十二年ほど勤めていた。ダンジョン勤務のイロハを学んだ、思い出深い場所だった。
(知り合いやないやろうか。だったら、ちと惨めやな)
「なあ、リンダはん。あそこの骸骨の名前は、わかるか?」
リンダが曇った表情で答える。
「わからないわ。骸骨になった時に、忘れてしまったんだって。ただ、元は剣術を教えていたそうよ」
(なんや? まさか、お師匠さんか?)
おっちゃんは『狂王の城』いたときに十年あまり剣術を学んでいた。
おっちゃんは、そっと骸骨に近づく。じっと席に座って酔い潰れる骸骨を見ていると、お師匠さんの背中がダブって見えた。
(これ、たぶん、お師匠さんや。なんとなく面影がある。これは放っておけんで。お師匠さんには十年に亘って剣術を教えてもらった恩義がある)
おっちゃんは骸骨の隣の席に腰掛けた。
「こんにちは、わいは、おっちゃんいう流しのモンスターです。お宅さんはもしかして、ドラニアさんではないですか?」
骸骨がカウンターに突っ伏したまま、弱々しく声を上げる。
「名は冒険者に負けて、とうに失った。剣術だけが儂の支えだったが、その剣も錆びた。儂には、もう何もない。あとは朽ちていくのを待つだけだ」
話し方を聞いて、おっちゃんはかって世話になったお師匠さんだろうとの思いを強くした。
(お師匠さんはもう、わいの顔とか姿を覚えていないかもしれんな。でも、わいは十年の恩義を覚えとるで)
「リンダはん、この御仁の払い、わいが持つわ。部屋を取ってくれるか。とりあえず部屋に運ぶ」
おっちゃんは、お師匠さんの飲み代と宿代を払うと、部屋に運んだ。ベッドに寝かせつけて、お師匠さんの体を確認すると、関節は磨り減り、骨はボロボロだった。
おっちゃんは骨職人のゲンゲを訪ねた。
「ゲンゲはん、ちとお願いがある。ある骸骨を見て欲しい」
「骸骨の修理かい? それも仕事のうちだからかまわんよ」
おっちゃんはゲンゲを伴って宿に戻った。
ゲンゲは渋い顔をしてお師匠さんの体を確認する
「これは酷いね。体はもうボロボロ、動くのすらやっとだろう」
「治してもらうわけには、いかんやろうか?」
ゲンゲが眉間に皺を寄せて語る。
「ここまで酷いと、魔術師の力を借りて、新品の体に魂を移したほうがいいな」
「そうか。いくらぐらいや?」
「一般的な体なら金貨二枚。ダンジョン低層階仕様だと金貨五枚。闘技場で戦えるような奴なら、金貨が二十枚。上を見れば限がない。あと、魂を移す儀式に、金貨が十枚だな」
なかなか高額だが、値切るつもりは一切なかった。
「お師匠さんにはいい体をプレゼントしたい。せやけど、そうなると最低でも金貨三十枚か。ほな、『万骨谷』に行って龍の骨を拾ってくる。それで、お師匠さんの新しい体を作って」
ゲンゲは神妙な顔で頷く。
「わかった。なら、『万骨谷』に入るための書類を作っておくから、明日の朝一で店に来てくれ」
「よろしゅう頼みます。ええ骨を拾ってくるから、軽くて丈夫な体をお願いしますわ」
「任せとけ、代金に見合う仕事はするよ」
おっちゃんはゲンゲと別れると、骨を回収するための大きな袋とピッケルを買って明日に備える。