第四百十夜 おっちゃんと竜の肉
おっちゃんは、その日はモンスター酒場で飲んでいた。すると、ガイルが気さくな態度で声を掛けてくる。
「何だ、おっちゃんもここの常連か」
「へえ、ここに宿を取っています」
ガイルは、おっちゃんの横に腰掛けると、白ワインをジョッキで頼む。
ガイルが少しばかり他人目を気にして話し掛けてくる。
「実は、一つ頼みたい話がある。以前、俺が食べたスモークされた美味い肉だ。あれが、また欲しい」
「あれは、もう手に入りませんよ。生産者がお亡くなりになりました」
ガイルは目を大きく見開いて驚いた。
「何と、それは困ったな」
「あれな、実はほんまは龍の肉やったんやないかと、お役人が来て、ちと騒ぎになりましたん。だから、もうあまり関わりに合いになりたくない、ちゅうのが本音ですわ」
ガイルが神妙な顔で訊く。
「そうか。そういう事態になっていたのか。龍の肉は無理か。なら、龍ではなく恐竜の肉でもいいから、手に入らんか」
「肉がほしいのなら、わいやなくて肉屋に聞いたほうがよいと思いますよ」
ガイルが困った顔で語る。
「竜の肉を扱う店に行ったが、お得意様用で一見の客には売れないと断られた。どうしても、というなら自分で狩ってこいと、そうしたら、捌いてやるとあしらわれた」
「恐竜を一人で狩るのは、無理でっせ」
ガイルが真剣な顔で頼んだ。
「某も腕に自信はあるが、恐竜はさすがに難しい。そこで、肉屋に知り合いがいる、おっちゃんの出番だ。何とか、伝を辿って、手に入れてくれまいか」
「何で、そんな肉に拘るんですか、普通に羊や山羊やって充分に美味いやろう」
「実は某には『イヤマンテ鉱山』への士官の話がある。士官するにあたって、ある人物に付け届けが必要になったのだ。その品として、龍ないしは竜の肉が必要なのだ」
「変った品を御所望やね」
ガイルが拝むように頼んだ。
「どうにかならんだろうか。仕官が叶った暁には、きちんと礼はする。貴殿も同じ流しのモンスターなら、わかるだろう。士官の重みが」
(わいは地位も名誉も捨てた。でも、ガイルはんの気持ちはわかる。まだ、若く、流しでやっていたときは、有名ダンジョンの幹部は憧れやったからな)
「わかった。そういう理由なら探してみますわ。せやけど、一般的に買えない品やから期待は、せんといてください」
「かたじけない」とガイルは深々と頭を下げて立ち去った。
おっちゃんは、リンダを捕まえて訊く。
「なあ、リンダはん、竜の肉を買いたいんやけど、一般客は専門店では買えんの」
「そうね、竜の肉を扱う店は名店で、得意客にしか売らないって聞いているわ」
「リンダはんの顔で、どうにか買えんか」
リンダが、やんわりと拒絶した。
「私じゃ無理よ。顔は広いといっても、そこまでの力はないわ」
「そうか。なら、やっぱり肉屋か」
おっちゃんはリリンの肉屋に行った。
「すんまへん、リリンはん。竜の肉って、手に入らんか?」
リリンが浮かない顔で教えてくれた。
「時々、市場でハンターが狩った品が出るけど、滅多に出ないね。家みたいな大衆向けの店なら、年に一回も入荷するかしないか、だよ」
おっちゃんが困っていると、いつぞやの試食の時に現れたウーリン族の老人が現れた。
「何じゃ、御主、竜の肉が欲しいのか、金があるなら、手に入るかもしれんぞ」
「ご隠居、伝を知っているんでっか」
老人が穏やかな顔で教えてくれた。
「知り合いの畜産家がマイナー・ドノトレックスの飼育を請け負ったのだが、依頼人が死んでしまって、肉の処分に困っている」
「それは難儀ですな」
老人が残念な顔をする。
「専門店に卸そうとしたが、そんなわけのわからない肉は買えんと断られたそうじゃ」
(ジュミニが死んで、育成を委託していた先に飛ばっちりが行ったか)
「そうでっか。なら、わいが買いたい」
リリンが申し訳なさそうな顔で申し出た。
「いいけど、旦那。うちじゃ、解体できないよ」
「解体は専門店にやってもらう。肉の解体やなくて、持ち込んだ品の販売ならやってくれるか?」
リリンが控えめな態度で頼む。
「そうかい。なら、解体した肉は、うちに運んでもらって、いいかい。ここいらの住人は珍しい肉なら喜んで食べる。どうせ、一人じゃ喰いきれないだろう」
おっちゃんはご隠居に畜産家の家を訊いた。
畜産家の家はジュミニの研究施設から歩いて三十分ほどのところだった。
おっちゃんは念のために、専門店に先に顔を出す。
「すんまへん。恐竜を捕獲してきたら、解体してもらえますか」
ワー・ウルフの職人が威勢よく答える。
「店まで運んできたら解体してやるよ。ただし、狩れたらの話だけどね」
「ちなみに解体料は、おいくらですか」
「金貨一枚だね。肉の買い取りもしているけど、これは物を見ないと何とも言えないね。物によっては、買い取れない肉もある」
「販売は食肉街のリリンはんの店でやってもらいます」
「そうか。じゃあ、肉を持ってきてくれ」
おっちゃんは翌朝早くに街を出ると、畜産家の家に向かった。
畜産家は、おっちゃんと同じくらいの体格の、トロルの男だった。
「すんまへん、わいは、おっちゃんいうもので、ウーリン族のご隠居に教えられてきました。マイナー・ドノトレックスを売ってください」
「ご隠居の紹介かい、いいよ。ちょうど最後の一頭が残っていたところだ」
畜舎の柵の中には、全長が三mほどの、マイナー・ドノトレックスがいた。マイナー・ドノトレックスは、ぐったりしていた。
「身長が三mしかないね。しかも、随分と小さい。それに、元気もないようや」
畜産家は苦い顔を説明する。
「だから、闘技場でも買い取りを拒否された。肉にしたって、大して取れないだろう。ただ、このまま死んでしまったら価値が下がるから、早くに売りたいと思っていたところさ」
「そうか、なら、わいが買うわ。いくらや?」
「金貨十枚は欲しいところだけど、金貨五枚でいいよ」
おっちゃんは財布から金貨を出した。
「肉屋に持っていくから絞めて、血抜きをお願いしてええ」
畜産家は気のよい顔で応じる。
「サービスしてやるよ」
おっちゃんは血抜きが終わるのを待っていると、キートンがやってきた。
「おや、おっちゃんさんでしたか。ここで何を?」
「マイナー・ドノトレックスの肉を買いに来ました」
キートンが奥を覗いて、すぐに戻ってくる。
「処理されている肉はマイナー・ドノトレックスの肉ですね。でも、随分と小さい個体だ」
「それでも、全長は三mあります。そんなに多くは必要ないので、これで充分ですわ」
キートンが疑いの視線を向ける。
「ここへはよく、肉を買いに来られるのですか?」
「いいえ、今日が初めてです。場所はウーリン族のご隠居に教えてもらいました」
畜産家がきっぷよく告げる。
「おっちゃん、血抜きが終わったよ」
「ほな、もろうて帰りますわ」
おっちゃんは肉を担ぐと、『瞬間移動』で魔都イルベガンに帰った。
専門店に肉を持って行き、金貨一枚を渡して頼む。
「解体を頼むわ」
ワー・ウルフはマイナー・ドノトレックスをしげしげと観察する。
「随分と小さいドノトレックスだな、子供でもないし、何か、ちょっと気味が悪いな」
「そんな言葉を言わんといて。ちゃんとした、飛ばない竜の肉や。解体して」
「うちで売るわけじゃないから、いいか。わかった。解体したらリリンの店に送ればいいんだな」
「せや、よろしゅう頼みます」
夕方にリリンの店に行くと、リリンが待っていた。
リリンが感じの良い顔で申し出る。
「肉が届いているよ。これは、解体したばかりの肉だから、三日ほど熟成させたほうが美味くなるけど、うちで熟成させるかい」
「そうやね。ほな、熟成を頼むわ。三日後にサーロインとヒレを取りに来るから、取っておいてや。他の部分は全部売ってええで」
おっちゃんは熟成を頼むと、モンスター酒場に帰った。




