第四十一夜 おっちゃんと忘れられた依頼
島に戻って、冒険者ギルドへ移動する。『煉獄石』を買うにしても、相場を知っておかないと足元を見られる。相場を知るために、クロリスを呼んだ。
「クロリスはん、『煉獄石』を買いたいんやけど、今日の相場、いくらくらい」
「おっちゃん、『煉獄石』は買えないわよ」
「なんで、一つ二つだけど、いつも売り物があったやろう」
クロリスが困った顔で内情を教えてくれた。
「幽霊船討伐の前に、武具を揃えたい冒険者によって買い占めがあったのよ。そのあと、幽霊船討伐で冒険者が大勢いなくなって、『煉獄石』を掘りに行く冒険者がいなくなったわ。だから、今は手に入らないのよ。貴族やお金持ちが宝飾品として使っている品なら、あるかもしれないけど、それだと金貨千枚は行くわよ」
「ないわー。金貨千枚はないわー」
横にいたポンズが神妙な声で囁く。
「どうする、おっちゃん、金持ちから盗むか?」
「やめて、ポンズはん。街で盗みなんかしたら、また盗賊ギルドとの関係が、ややこしくなる。なんか、おっちゃんが考えるから」
いったん、ポンズと別れた。酒場で一人、炙った干し烏賊を摘みに考える。
「どないしよう、金貨千枚は、さすがにない、盗みは論外やし。ダンジョンに掘りに行く言うてもなー。海賊は腕が立つかもしれんけど、ダンジョンは素人や。素人を連れて『火龍山大迷宮』に行ったなら、全滅は確実やし」
エールがなくなったので、お代わりをする。
「安く煉獄石を売ってくれそうな人、おらんかなー。引退するから武具を処分したい冒険者とか、いたら、使っている武具から煉獄石を外すんやけど」
「おや、いつぞやの若いの、まだ生きておったか」
誰やと思って視線を向けた。いつかお世話になったサワ爺がにこやかな顔で立っていた。
おっちゃんは席を立って挨拶する。
「いつぞやは大変、お世話になりました。いつぞやのお礼です。一杯、奢らせてください」
サワ爺がおっちゃんの正面に腰掛けた。サワ爺の分のエールと干し烏賊を注文する。
「では、遠慮なくご馳走になるかな。ここは『岩唐辛子』を納品した帰りに寄るんじゃが、最近は色々と忙しくてな」
「そうですか、大変ですな」
「『岩唐辛子』を採りに行けんなんだ。おっちゃんはまだ『岩唐辛子』と採りに『ガンガル荒野』に行っているんかの」
「最近は行っていませんね。こっちも何かと忙しくて」
サワ爺が和らいだ表情でうんうんと頷く。
「そうか、お互い大変じゃの。ところで、さっき『煉獄石』がどうのと言っておったな。『火龍山大迷宮』に入らず、それでいて安く『煉獄石』を手に入れる方法を探しておるのか?」
「まさか、『煉獄石』をお持ちですか?」
「ワシは持っとらん。方法を知っているだけじゃ。おそらくとしか言えんが『ボルガン・レックス』の腹の中には『煉獄石』があるぞ。『ボルガン・レックス』は大きな剣や鎧は吐き出すが、小さな石なら、そのまま飲み込む。『煉獄石』なら『ボルガン・レックス』の胃液にも溶けない」
冒険者を喰らい、装備を丸呑みにする『ボルガン・レックス』の腹の中なら『煉獄石』があるかもしれない。でも、ないかもしれない。『ボルガン・レックス』退治は大きな賭けになる。
(確実に手に入るならまだしも、五分五分やったら、遠慮したいな)
「『ボルガン・レックス』退治ですか。あまりやりたくはない仕事ですな」
「そうじゃろうな。『ボルガン・レックス』は強い。並の冒険者では歯が立たない。だが、『ボルガン・レックス』にも弱点はある。大抵の毒に耐性がある『ボルガン・レックス』だが、石鶏草の毒には、耐性がない」
サワ爺は籠から一ℓ入りの瓶を取り出した。中には紫色の液体が入っていた。
「もし、『ボルガン・レックス』と戦うのなら、進呈しよう」
毒が効くと教えられても、どの程度に効くかわからない。相手は、あの岩と筋肉の塊の『ボルガン・レックス』だ。失敗すれば死は見えている。おっちゃんが「うん」と答えないと、サワ爺は瓶をしまった。
「まあ、無理にとは言わんよ。邪魔したな」
サワ爺はエールと干し烏賊を残して立ち去った。
おっちゃんの食べ終わった皿を若い給仕の男性が下げに来る。
「おっちゃんも、『ボルガン・レックス』退治を依頼されたんですか」
「も、って、どういうことや、も、って」
「サワ爺さん、友人を『ボルガン・レックス』に食べられて以来、『ボルガン・レックス』退治をしきりに冒険者に勧めているんですよ」
おっちゃんが気になったので、クロリスがいる依頼受付カウンターに行く。
「クロリスはん、『ボルガン・レックス』の討伐依頼って、出ている?」
「サワ爺さんの依頼の件。確かに出ているわ。けど、誰も引き受け手がいないから、ずっと掲示板に貼ったままになっているわよ」
冒険者への依頼は、概要が書いた依頼票に記され、掲示板に貼り出される。
依頼が貼り出される掲示板の前に移動した。
他の掲示に埋もれそうになっているサワ爺の依頼があった。
サワ爺の依頼を探していて気が付いた。誰にも受理されず、埋もれていく古い依頼票に『ボルガン・レックス』に対する討伐依頼が、いくつもあった。
(なんや、『ボルガン・レックス』関係で、放置されている依頼票は一つや二つでないで)
おっちゃんはクロリスの許に戻った。
「『ボルガン・レックス』に関する討伐依頼。古い物がけっこうあるけど、あの依頼はまだ生きているん?」
クロリスが浮かない顔をする。クロリスが止めたほうがいいの口調で語る。
「取り下げになっていない依頼は生きているわ。古い依頼でまだ掲示がある物は、仕事料を冒険者ギルドに預かって保管しているから、きちんと払われるわよ。でも、『ボルガン・レックス』の討伐なんて、本当にやるの?」
(『ボルガン。レックス』の討伐は冒険者にとっても鬼門か。少ない報酬の依頼でも纏まればそれなりの額になるやろう。金貨数百枚にならんかなー)
「『ボルガン・レックス』関連でまだ生きている依頼の一覧を見せて」
調べると、『ボルガン・レックス』の討伐に関する依頼で生きている依頼は十件あった。十件の依頼はどれも小額で全部を併せても金貨二十枚にもならない。だが、依頼のうち一件の報酬が金貨ではなく『煉獄石』一個となっている物が存在した。
(あったで、『煉獄石』を貰える仕事が)
「クロリスはん、この『煉獄石』が報酬で貰える仕事。報酬の『煉獄石』は冒険者ギルドで保管しているの」
「ちょっと、待ってね、うん、保管してあるわ」
「クロリスはん。やるわ。『ボルガン・レックス』討伐。纏めて、おっちゃんが引き受ける。明日、サワ爺が来たら教えてあげて、『ボルガン・レックス』の討伐をやるって」




