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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
魔都イルベガン編
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第四百四夜 おっちゃんと魔都イルベガン

 おっちゃんは父親から、生まれは魔都イルベガンだと聞かされていた。だが、イルベガンの記憶はなかった。

 おっちゃんの父親も『シェイプ・シフター』であった。しかし、転職を多く繰り返していたので、おっちゃんが物心着いた時には、魔都イルベガンにはいなかった。


 イルベガンは大きな円を二つ横に並べ、その北側と南側に小さな円を並べた形の街だった。

 西側には港を持ち、庶民が暮らす住宅街や商店街が広がっており、東側には各ダンジョンのダンジョン・マスターが屋敷を構えていた。


 北側には、大きなドームである聖地と浄水場があった。街の西側と東側は行き来は自由だった。だが、北側の聖地には年末年始の四日間だけしか一般人は立ち入れない。

 街の南側は資源回収区となっており、下水処理場やリサイクル・ショップが立ち並ぶ。


 おっちゃんはトロルの力を使い、飲料を扱う卸問屋で荷運びをしていた。その日の仕事が終わりそうな時に、何かが崩れる大きな音がした。


 誰かが叫ぶ。

「おい、大変だ。荷物が崩れて、ワー・ウルフの人足が下敷きになったぞ」


 おっちゃんが駆けて行くと、全長五mの犀のような恐竜が引く、長さ十二mの荷馬車から、大きなビア樽が倒れていた。

 おっちゃんが樽をどかして下敷きになった人足を助けようとした。だが、ビア樽は簡単には動かなかった。

(なんや、これ? 何が入っているんや? トロルの力でも持ち上げられん)


 おっちゃんは『強力』の魔法を唱えた。それで、やっと樽が動いた。

 樽の下にいたワー・ウルフは、ぐったりしていた。仲間の人足が急いで担いで、医者に連れて行く。


 おっちゃんは崩れた樽を確認すると、樽の一部が破損していた。だが、中身が漏れてなかった。

(なんや、飲料と違うんか)


 おっちゃんが樽をさらに調べようとすると、背後から女性の声がした。

「荷物は、そのままでいいわ。専用の人足が運ぶから、触らないで」


 振り返ると、身長二百二十㎝ほどの赤い肌をして一本角を生やした、がっしりした体格の女オーガがいた。

 オーガは、トロルよりも力は劣るものの、強い力を持ち、暗闇でも見える目を持っている。


 女オーガは簡素なクリーム色の商人が着るゆったりした服を着ていた。

 おっちゃんが視界の端で樽を見ると、女オーガが説明した。

「中身は鉄で作る鉄造酒なのよ。だから、トロルでも簡単には持てないわ」


 女オーガは近寄って来ると、極自然な態度で、おっちゃんの手を握った。手の中に貨幣の存在を感じた。

(なるほど、中身を詮索されたくないようやね。あまり、関わり合いになってもええ展開になりそうもないし、ここは引き下がろうか)


「鉄造酒ね。運ぶなら、気を付けたほうがええで」

 おっちゃんは背を向けると、倉庫からすぐに屈強のオーガの人足が出てきた。


 オーガの人足が畏まった態度で女オーガに声を掛ける。

「オーリア様。すぐに積み直します」


 おっちゃんは面倒毎になる前にすぐに現場を後にした。

 手の中を確認すると、手の中には五十銀貨貨幣があった。

「口止め料が五十銀貨とは、なかなか豪勢やね」


 おっちゃんは宿に帰って風呂に入ると、着替えて酒場に上がる。

 いつも鶏料理なのできょうは豚カツでも食べようかと、値段を確認する。豚カツは銀貨四枚と高かった。


 魔都イルベガンは物価が高い、宿屋が一泊で銀貨三枚。倹約下手のおっちゃんは食費が一日銀貨三枚。豚カツは一日の食費と同じくらいした。

「なんや、豚カツ、高いなー」


 おっちゃんが愚痴ると、リンダが寄って来て、優しい表情でやんわりと教えてくれる。

「イルベガン近郊では豚を飼う農家がいないのよ。だから、豚肉は高く付くわ」


「そうなんか。ほな、我慢するか、奮発するしかないのか」

「狩りをする種族もいるわよ。豚が食べたい時は、ちょっと遠出して、豚の代わりに野生の猪を狩るの。それで肉屋で解体してもらって、食べたい分を残して売るのよ」


「狩りか。わいは苦手やな。今日は臨時収入もあったし、素直に店で食べよう」

 おっちゃんは豚カツとエールを注文する。


 注文の品が来る間に、おっちゃんはリンダに尋ねる。

「鉄からお酒を造る鉄造酒があるって聞いたんやけど、イルベガンでは一般的なんか?」

「一般的ではないけど、飲まれているわね。全身が岩でできている岩人や大地の精なんかが飲むわ。店にも置いているけど、トロルには、あまり好まれないわ」


(鉄造酒は存在する酒なのか。それにしても、鉄からできる酒があるとは、やはりイルベガンには珍しい品があるのう)


 おっちゃんは、それとなく勧める。

「リンダはんも何か飲むか。今日は金があるから一杯だけなら奢るで。何にする。エールがいい? ワインがええ?」


 リンダは微笑む。

「なら、赤ワインをいただこうかしら」

「ええよ」と、おっちゃんは赤ワインを注文した。

 赤ワインがリンダの前に置かれ、豚カツがおっちゃんの前に置かれる。


「あんな、リンダはん。今日、飲料の荷卸しの仕事をやっていたんよ。そしたら、オーリアはんの鉄造酒の入った樽が崩れて、大変やった」


 リンダが興味を示した顔で身を乗り出す。

「なるほど、それで鉄造酒がどうのって聞いたのね。でも、それ中身が鉄造酒じゃなかったんでしょう」


 中身は酒ではないと、おっちゃんも思ったが、惚ける。

「さあの。中身までは見えんかった」


 リンダは意味ありげにワインを見つめる。

「そういう意味あいの一杯なのね。いいわ、ここだけの話をしてあげるわ」


(さすが、リンダはんやな。こっちの意を汲んでくれた)

「『鉱山主リカオン』を知っているかしら?」


「知っとるよ。『イヤマンテ鉱山』のダンジョン・マスターやね、東の高級住宅地に屋敷を構えとるやろう」

「その、『鉱山主リカオン』のところに、最近になって出入りを始めた商人が、オーリアなのよ」


「目下、売り出し中の商人なんやな」

「オーリアは『鉱山主リカオン』のところから鉄造酒を買い付けているって話だけど、どうも中身は違うんじゃないか、って噂があるのよ」


(やはり、中身は鉄造酒ではないな。かなり重さがあったから金属やな。重たい金属いうたら、金、プラチナか。でも、中身を秘匿したい状況から考えるに、リカオンが独占している『重神鉱』の可能性もある。『重神鉱』は普通に取引されておるから、加工して作られた武器か兵器やな)


 おっちゃんは心中を隠して尋ねる。

「そうか。そんで、噂では中身は、なんや?」


 リンダが明るい顔で空になったグラスを指で弾く。

「そこから先は、安いワイン一杯じゃ、語れないわ」

(高い情報には価値がある。せやけど、今は、これくらいでええか)


「それは、残念やな。おっちゃん貧乏やから、安いワインぐらいしか、ご馳走できん」

 リンダは食い下がりはしなかった。リンダが素っ気ない態度で引っ込む。

「そうか、またね、おっちゃん」

 おっちゃんは豚カツを堪能してから、部屋に戻った。


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