第四百二夜 おっちゃんと選挙王政
三日ひたすら迷っておっちゃんは決めた。
おっちゃんはセバルとエルマを執務室に呼んだ。
「セバルはん、おっちゃんの決断を訊いてほしい。迷ったけど、ヘンドリックはんを養子に迎えて王位を譲る」
セバルは暗い表情で語る。
「わかった。おっちゃんの決断なら俺は従う。リオンやハワードも説得しよう」
「話はまだ続きがある。王様には十二年の任期を定める。任期終了後は、おっちゃん、セバルはん、ハワードはん、リオンはんの家から候補を一人ずつ出して選挙をやって、次の王を決める」
セバルが戸惑った顔で質問する。
「期間を置いて、王様は選挙で選ぶのか。それなら、リオンやハワードの説得には有利かもしれない。だが、あまり聞いた覚えがない話だな。投票はどうするんだ?」
「王様に投票できる人間は長に限定する。まず、四人で選挙をやって、一位と二位を決める。同数で三人以上が出たときは籤引きで二人を選ぶ。そうして、二人で決選投票をやって、一位になった者が王様や」
セバルが険しい顔で確認してきた。
「おっちゃんの話はわかった。でも、おっちゃんの案だと、ヘンドリックが不利になるぞ。次期国王はヘンドリックだが、その次は我が民から国王が出るだろう」
「普通なら、そうなるやろうね。でも、これなら、ヘンドリックはんの続投もあるやろう。次の王になるかどうかは、ヘンドリックはんの政治能力次第や」
セバルはおっちゃんの案に難色を示した。
「でも、その案でヒエロニムス国王は納得するだろうか」
「それは訊かんとわからん。だが、駄目なら駄目でまた考えるよ」
「そうだな。呑めない案でもないから出方をみるか」
セバルを帰すと、エルマに指示を出す。
「エルマはん、ヒエロニムス国王とヘンドリックはんに手紙を書いて。あと、広場の石版の法律も少し増やすで」
エルマが明るい顔で応じる。
「選挙王政の話を手紙に纏めるのと、選挙のやり方についての法律を増やすのですね」
「そうや、ほな頼むで」
おっちゃんの手紙が発送されて、四週間後。ヒエロニムスからの親書が届いた。
内容はおっちゃんの提案を受け入れて、ヘンドリックを養子に出すとの内容だった。
養子縁組はエルマを通して、ガレリアと何度かの打ち合わせの後に行われた。
ヘンドリックは金貨三万枚の持参金を土産にやってきた。
おっちゃんは四週間ほど、ヘンドリックと一緒に過した。ヘンドリックに問題なしと判断したおっちゃんは、王位を五月末でヘンドリックに譲った。
王位を譲ると、おっちゃんのやる仕事がなくなり、装備を手入れしていた。
すると、セバルがやって来て、寂しそうな顔で語る。
「どうした、おっちゃん。装備の手入れなんかして」
「冒険者生活がちと恋しくなってな、旅の準備や」
「もう、おっちゃんは充分に仕事をした。あとは元国王として気儘に気楽に過したらいいだろう」
新しい革鎧とグローブの具合を確認しながら答える。
「国王をやったのは成り行きや。おっちゃんは元を質せばしがない、しょぼくれ中年冒険者や。体が動けるうちは冒険者でいたいねん」
「でも、そんなに急で出発しなければいけない旅でもないだろう」
「それに元国王の父がいたら、ヘンドリックかてやり辛いやろう。ここら辺で旅立つのがええねん。『迷宮図書館』にはもう話を付けた」
セバルが呆れた顔で告げる。
「おっちゃんには世話になってばかりだった。まだ、なんの恩返しもできていない。国王の激務から解放されたなら、もう少し、この国で休んでいったらどうだ?」
「恩返しなら充分にしてもろうた。国王職なんて、そうできるものやあらへん。ええ体験やったで」
「贅沢も華美な暮らしもできない国王職だったろう」
おっちゃんは剣の手入れをしながら答える。
「そうやけど、それで、ええねん。おっちゃんは庶民や。贅沢なんてしたって楽しめん」
セバルが諦めた顔をする。
「そうか、ならこれ以上は何も言わない」
「すまんな、心配ばかり懸けるおっちゃんで」
おっちゃんは装備の具合を確かめると、街で保存食とエールを買う。
翌日、おっちゃんはエルマに「冒険の旅が呼んでいます」と書置きを残す。
おっちゃんは真新しい装備に身を包むと、誰にも気が付かれないうちに、『瞬間移動』で寝室を後にする。
「今日からまた気儘な冒険者暮らしや。さて、今度はどっちに行こうかの」
おっちゃんは行く当てを決めずに荒野に独り歩き出した。
【オルトハルツ編了】
©2018 Gin Kanekure




