第四百一夜 おっちゃんと国王面接
一週間後、おっちゃんが昼食会に招待する形式でヘンドリックを館に呼んだ。
ヘンドリックは今年で二十四になる若者だった。ヘンドリックの身長はおっちゃんと同じ。髪は黒く短い。目は黒い瞳をしていた。
顔つきは世を拗ねたような面構えをしており、目には覇気がない。肌は色白で体格は痩せていた。着ている物は華美な服ではなく、ゆったりとして学者のような服を着ていた。
(なんか、王子様というより、政治に敗れて隅に追いやられた学者のようやで)
ヘンドリックは、おっちゃんを前に挨拶する。
「今日は昼食会にお招きいただいて、ありがとうございます」
「オルトハルツは貧しい国や。いつも食べている華やかな宮廷料理にすれば見劣りすると思うが、気楽に食事をしていってや」
「では、楽しませてもらいます」
山羊肉をスモークしたハムの前菜とスープが出てきて、会食がスタートする。
(ほな、まず軽く訊こうか)
「ヘンドリックはん、仮にヘンドリックはんが国王やとする。そうしたら、国をどのように治めるつもりや」
ヘンドリックは穏やかな顔で語る。
「理想は王などいなくても治まる国です。国民は王がいないかのように自分で考え、自分たちの手で支える国が理想です」
「王様は要らんか。王子様らしくない言葉やな」
ヘンドリックは一歩引いた態度で、控えめに発言する。
「理想を言えば、そうです。でも、何事にも理想通りには物事は運ばないでしょう。ただ、王が何から何まで決めれば、国民は考えず、行動もしなくなる。小国にあっては、これは危険だ」
「国民に自発的に働いてもらおうと思うとるのか。でも、ヘンドリックはんの考えは難しいで」
ヘンドリックは頷いて、静かな顔で語る。
「民衆は、施せばつけ上がり、徴収すれば恨む。考えさせれば欲に溺れ、決定には不満を述べる。行動を促せば怠け、禁止すれば抜け穴を探す。そのくせ、自分たちは公平で善良だと思い込んでいるものです」
「やけに暗い国民感やな。そんな後ろ向きな考えでは、国民は従いてこないで」
ヘンドリックは暗い表情で笑みを浮かべる。
「オウル陛下は皆が崇める太陽のような国王です。また、冒険者から王様になった成功者です。国民の誰しもが憧れ、オウル殿を認め従う。だが、私が王になってはそうはいかない」
「せやろうね。でも、信じてやらねば、人は動かずやで」
ヘンドリックは拗ねたような顔で語る。
「オウル殿はそれでいい。でも、私では駄目だ。太陽には太陽としてのあり方があるように、月に月のやり方があるのです。同じやり方で国は治まらない」
(王様としての教育は受けているようやけど、おっちゃんから見たら、ちと不安な考え方やな)
前菜が終わって魚料理が運ばれてくる。
「港町のリッツカンドと違って、オルトハルツは内陸にある。魚料理は見劣りするかもしれないが、勘弁してや」
「このような内陸の街で魚料理を用意できるとは素晴らしい。よく物流が機能している証拠です」
魚料理として棒鱈の生姜煮が運ばれてくる。出汁で戻された棒鱈は柔らかく生姜の風味と合っていた。
ヘンドリックが棒鱈を綺麗に切り分けて口に運び、満足気に述べる。
「美味しいですね。時間を掛けて、しっかり棒鱈を煮ているんでしょう」
「そうやね、香辛料がよう効いとるの。さて、また質問や。この国で余っているものと、足りないものって何やと考える」
ヘンドリックはさらりと告げる。
「余っているものは、いっぱいありますね」
「そうか、国の運営をしていたら、足りないものだらけやけどな、何が余っているん?」
「この国には人と人の信頼がある。約束を守る信義もある。人を思いやる優しさがある。国難を前に立ち向かう勇気もある。法を守る誠実さをもある。また、国民には明日への希望もある」
おっちゃんは、ヘンドリックの言葉は合っていると思った。でも、あえて突っ込んで訊いた。
「随分と抽象的なものばかりやな、そんなんで国を守れるか?」
ヘンドリックは事も無げに発言する。
「守れはしないでしょうね。国を守るは剣と戦略です。ただ、先に私の挙げたものがないなら立派な武器、勇猛な将軍、精強な兵、それに素晴らしい策があっても、オルトハルツは守りきれないでしょう。近いうちにオルトハルツは滅びます」
おっちゃんは、ずばりの物言いに苦笑する。
「きついな話やな。そしたら、足りないものは何や?」
「後継者でしょう。国には勇猛な将や賢明な文人はいる。オウル殿は非常に優秀な指導者ですが、ここに、それを継げる者がいない」
「はっきりと言うな。ほな、もし、ヘンドリックはんが国王になったら、この国を、おっちゃんのいた時より良くできるんか?」
ヘンドリックはさらりと発言した。
「私なら、できます」
(自信があるようやけど、なんか危ないのう。でも、若者やからな。これかくらい負けん気が強いほうが見込みあるのかもしれんな)
肉料理が出て来る。肉料理は鶏の蒸しものだった。
「そうか、おっちゃんの後釜に座れそうか。でも、なったら苦労するで」
ヘンドリックは淡々とした顔で告げる。
「苦労はするでしょうね。でも、困難がない職業のほうが、世の中には少ない。石工には石工の難しさがある。冒険者には冒険者の苦難がある。宮廷に出入りする道化師にも道化師としての気苦労があるものですよ」
(国王職を甘く考えている訳ではなさそうやね)
おっちゃんは正直に訊いた。
「今、レガリアと戦争になったら、この国は生き残れるか?」
ヘンドリックは澄ました顔で告げる。
「無理でしょうね。そうなる前に、手を打つ必要があります」
「その結果、他国の王子様を後継者にしてでも、か」
「そこは国王の判断です。後継者を好きに選びたいなら、選んだらいい。選びたくないなら、選ばなければいい。どう、国を守り、どう生かすかは、国王の裁量。国王の密かな楽しみです」
「国王の楽しみねえ。わいなら、胃がやられそうやけどな」
ヘンドリックは愉快そうに微笑む。
「そんなことはないでしょう。現に肉料理まできちんと召し上がっていますよ」
最後に、お茶とクッキーが出て来る。
「もう、一つ尋ねるわ。ヘンドリックはんが王様になったら、国民を幸せにできるか?」
ヘンドリックは、きっぱりと発言した。
「私は国民の幸せを考えません」
ヘンドリックはおっちゃんを優しい顔で見る
「私が考えなければいけない内容は、どうすれば国民に幸せになる機会を与えられるか、です。幸せになる、ならないは、個人の能力と自由意志によるものです。ただ、私は幸せになれる機会を多く作るだけ、それだけです」
おっちゃんは昼食会を終えて迷った。
(盆暗王子や王の職責を舐めているようなら、お断りするところや。せやけど、ヘンドリックはんにはヘンドリックはんの帝王学があるか。能なしでもなさそうや、さて、どうしよう?)




