第三百九十五夜 おっちゃんと教会予定地
年が明けて、執務室で報告書を読んでいると、来客があった。
相手は腰に剣を佩いて、青い僧衣を着た短い白髪の老人だった。老人の顔は知っていた。教皇マキシマムに使える聖騎士団長のバルタだった。
「バルタはん、お久しぶりですな。元気にしてました?」
バルタが人の温和な顔で微笑み掛ける。
「オウル国王陛下においても、お元気そうでなによりですな」
「もう、国王陛下なんて呼ばんといて。おっちゃん、でええよ。一緒にマキシマム猊下の元で苦労した仲やないの」
バルタがニコニコしながら語る。
「そうですか、では、この場では、おっちゃんと呼ばせてもらいましょう。今日はマキシマム猊下の使者としてやってきました」
「そうか、バルタはんはまだ聖騎士団長なん?」
バルタが苦笑いをする。
「さすがに、もう、体が付いていかなくなり、後任に道を譲りました」
「さすがの聖騎士団長も、寄る年波には勝てんか」
バルタが人のよい顔で頷く。
「今日、来た目的はマキシマム猊下から、おっちゃんに国王就任祝いのプレゼントを渡すためです」
「それは嬉しいな。マキシマム猊下のプレゼントってなんやろう?」
バルタが明るい顔で申し出る。
「マキシマム猊下は、プレゼントとして、教会を贈りたいと申し出ております。土地さえいただければ、建設費用は教皇庁が負担して教会を建てさせていただきます」
「そうか、それは助かるわ、国に信仰のよりどころが欲しいと思うとったところや。国民の中にはレガリアで暮らすうちに改宗した国民も大勢おる。陳情にも大きな教会が欲しいと話があったからな。なら、待っていて、近いうちに候補予定地を空けるわ」
「良い教会を建てましょう」
バルタが帰ったのでエルマを呼ぶ。
「エルマはん、マキシマム猊下が土地さえ空けてくれれば、教会をプレゼントしてくれる。どこら辺の土地がええやろう」
エルマが執務室にある地図を見ながら明るい顔で告げる。
「教皇が建ててくれる教会ですか。街の一等地がいいですね。広場の近くなんてどうでしょう? 人が集まる場所に教会があったほうが、便利だと思います」
「そうか。ほな、広場の隣に教会を建てようか。測量の指示を出しといて」
「わかりまして、早急に手配します」
エルマに測量の指示を出すと、昼にハワードが穏やかな顔をしてやってきた。
ハワードと一緒に昼食を摂っていると、ハワードが澄ました顔で切り出した。
「時に、おっちゃん。街の広場の隣ですが何を建てるか、もう決まっているのですか?」
「マキシマム猊下が教会を建ててやると申し出てくれたから、大きな教会を建てようと思とるけど」
ハワードは表情を曇らせて進言した。
「広場の隣は一等地です。その一等地に、金を生まない教会を建てる決断は、どうかと思います。教会なら街の外れでもいいでしょう。広場の隣はもっと金を生む施設のために取っておくべきです」
(なんや、ハワードのやつ、広場の隣を狙っとったのか)
「そうか、なら、再考するわ」
「賢明なご判断をお願いします」
ハワードが帰ると、リオンがやって来て、威勢よく頼んだ。
「おっちゃん、教会建設の話を聞いたぞ。教会の建設地だが冒険者ギルド近くに置いてもらえないだろうか」
「なんやもう、聞いたんか」
「冒険者ギルドの近くに治療や呪いを解く業を持つ僧侶がいてくれると助かる。エイドリアンからの頼みでもある」
「なら、考えておくわ」
リオンが帰ると、セバルが入れ違いにやって来て、渋い顔で切り出した。
「おっちゃん、教会を誘致する話を聞いた。教会の予定地が広場だと聞いたが、場所を北側の墓地の隣に置くわけにはいかないだろうか」
「教会の隣に墓地がある配置は自然やな。でも、墓地の隣は木乃伊はんが寝起きする場所になっているやろう?」
セバルが困った顔で告げる。
「教会をあまりよい場所に建てると、我が民の司祭たちがよい顔をしないだろう。ここは、軋轢を避けるために、教会は街の外れに建ててほしい」
「もう、皆、好き勝手を頼むな。わかった、検討はするけど、どうなるか、わからんよ」
「おっちゃんの判断を尊重するが、我が民の事情を酌んでくれると助かる」
おっちゃんは一度、予定地を見て廻る。
街の中心には『迷宮図書館』があり、その南東では冒険者ギルドの建設が進んでいた。見渡せば、まだ土地は空いている。
だが、国が発展してゆけば、街の中央は発展が見込める土地だった。
「確かにここは一等地や。せやから、街の中央に教会を建てられれば、皆が利用できる。冒険者ギルドからも利用がしやすいな」
次に街の北東にある墓地がある場所に行く。街の北東部はまだ廃墟同然であり、木乃伊くらいしか、住人の姿はない。
「ここに作ったら、既存の宗教との軋轢は産まん。せやけど通ってくる人間には不便やな。こうしてみると、街は大通りを挟んで西側しか開けてない状況やな」
おっちゃんは人が集まる場所に教会を建てると決めた。
「街はセバルはんたちの民が作る街や。せやけど、ゆくゆくは、レガリアからの移住者も増えるやろう。そうなれば、教会は必要になるはずや」
おっちゃんは広場の北東を宗教地区として宗教施設を纏めて作ると決めた。案が決まったので、セバルを呼ぶ。
「セバルはん。教会やけど、今回は、リオンはんの陳情を受けて、冒険者ギルドの近くにする。場所は街の広場の北東に建てると決めた」
セバルが冴えない顔で告げる。
「おっちゃんが決めたのなら、従おう」
「せやけど、セバルはんたちの神様を祭る神殿も隣に建てられるように土地を確保する。それで、我慢してや」
セバルが複雑な顔をする。
「教会と神殿を隣同士に置くのか?」
「そうや。宗教は違えど、同じ国民や、仲良くやってくれるやろう」
セバルが難しい顔で告げる。
「今は、それでいいかもしれない。だが、レガリアから人の流入が起これば、問題にならないか?」
「なるかもしれん。でもなあ、セバルはん。この国を好きになって骨を埋める覚悟できた人間がいたなら、差別したらあかん。そうして、排他的になればこの国はいずれ立ち行かんくなる」
セバルは、なおも渋った。
「それはおっちゃんの指摘どおりだ。でも、あまりレガリア様式に染まった街は反発ができないだろうか」
「セバルはんたちは新しくこの国で未来を切り開いていくんや。なら、レガリアの文化も無視できん。ここは排外的にならず、いいものは、なんでも取り込んで、発展していってほしい」
セバルが渋々納得した顔をする。
「わかった。ここは離島ではない。レガリアとは陸続きだ。あまり、レガリア文化を拒絶する態度も、賢くない」
おっちゃんはマキシマム宛にお礼の手紙を認めると共に、土地を寄贈する文書の作成をエルマに命じた。