第三百九十夜 おっちゃんとゲール捕縛作戦(前編)
おっちゃんは翌朝、館で働く人間を全て集めた。
「今日、ゲールを館に誘き出して捉える計画となった。そんで作戦が変更になった。夕方から夜明けまで入館を禁止する。館に残っていたらあかん。命の保証ができん」
エルマが不安そうな顔をする。
「いったい館で、なにが起きるのですか?」
「わからん。きっと、わいも身を守るだけで精一杯になると思う」
リオンが心配した顔で尋ねる。
「本当におっちゃんと『迷宮図書館』に任せて、大丈夫なのか?」
「正直に言うと、そっちもわからん。せやけど、おっちゃん一人ならどうにかできる。せやから、従って欲しい」
皆が不安げな顔で了承した。
おっちゃんは明るいうちに、リオンに協力してもらって、馬をゲールの住処の近くに置いておく。
夕方になり、館に人がいなくなる。寝室でフィルズたちを待つ。
秘密の部屋から中から続く階段から、ガリガリに痩せて灰色の肌を持つ、身長百五十㎝の人間に似た存在が現れた。『愚神オスペル』だった。
『愚神オスペル』に頭髪はなく、目、鼻、口の代わりに、真っ黒な穴が空いていた。穴はどこまでも深く、暗かった。服装は腰巻きだけをしており、裸足だった。
『愚神オスペル』が嗄れた声で、機嫌よく挨拶をする。
「おっちゃん、こんにちは」
「お久し振りです。『オスペル』陛下。今日はゲール捕縛に協力していただいて、まことにありがとうございます」
「楽しみだね、おっちゃん」と『愚神オスペル』が短く挨拶する。
御付の木乃伊がやってきて、赤い椅子を部屋の隅に置く。
『愚神オスペル』が、ぴょんと椅子に飛び乗って座る。
「おっちゃん、早くゲールを連れてきて。一緒に遊ぼう」
(遊ぼう、って? 本当に大丈夫なんやろうか?)
フィルズがやってきて、おっちゃんに指示を出す。
「御館様がお待ちだ。すぐに出立してくれ」
秘密の部屋から続く階段からは、多くのモンスターがぞろぞろと上がってきていた。
「ほな、館のほうはお願いします」
おっちゃんは館の鍵と、フック付きのロープ、外套を持ってゲールの住処へと『瞬間移動』で移動した。
ゲールが住む岩山に行くと、ゲールが期待の籠もった顔で待っていた。
「準備ができました。警備の人間の飯に眠り薬を入れる手筈がつきました。館に侵入する鍵も手に入れました。ここまでは順調ですわ」
「そうか。では、行こうか」とゲールが人間の形態を採る。
「馬に乗りますか」と訊くと「俺は飛んでいく」とゲールは素っ気ない態度で答える。
「ほな、わいが馬で誘導しますわ」
ゲールが背中から翼を生やしたので、おっちゃんは馬を走らせ、後からゲールが従いてくる。
オルトハルツの北門から離れた場所で馬を停めた。
北門まで歩いて行くと、門が閉まっている。おっちゃんは壁をよじ登るために、フック付きのロープを取り出す。
ゲールが、むすっとした顔でおっちゃんの傍にやってくる。
「こっちのほうが早い」とゲールは、おっちゃんを抱えるように飛んだ。
(わいを抱えて軽々と飛ぶんやから、やっぱり力は強いな)
城壁を越えると、薄っすらと霧が出ていた。
(これは魔法の霧やな。ゲールが空から侵入しやすいように、『迷宮図書館』が気を利かせてくれたんやな、ありがたいこっちゃ)
「ゲール様。霧が出ていて見つかりづらいから、このまま国王の館に空から侵入しましょう」
「そうだな、無駄に正面からいく必要もあるまい」
おっちゃんはゲールに抱えられたまま、夜の街を飛ぶ。
(よし、これで、侵入までは問題なくいきそうや。でも、気を抜いたらあかん。二度と同じ手は通用しない)
館が見えてきたので、屋上に降ろしてもらう。
「ほな、館に侵入するので、これを着てください」と外套を渡した。
ゲールが手早く外套を着る。
おっちゃんは館の鍵で屋上の扉を開けて、二階へと進む。通路の影から人気がないのを確認しながら、執務室を目指した。
執務室の鍵を館の鍵で開錠して、そーっと中を覗く。執務室の中には誰もいない。
ゲールと一緒に忍び足で入って、寝室へと続く扉を開ける。寝室の中には壁に弓が立て掛けてあり、ベッドでは誰かが寝ていた。
(寝ている人物は『オスペル』陛下やな。大丈夫やろうか?)
おっちゃんは小声で、ゲールに囁く。
「ありましたで。『龍殺しの弓』や」
「あれがそうか、見た感じ普通の弓だな」
「わいがここで人が来ないように見張っております。せやから、弓を回収してきてください」
ゲールが神妙な顔で頷くと、そっと部屋に足を踏み入れる。
次の瞬間、部屋に突風が吹き荒れ、おっちゃんとゲールは寝室に吸い込まれた。背後で扉が閉まる音がする。
部屋の中に吸い込まれると空間が急に拡がり、縦が三百五十メートル、横二百七十mの部屋に、おっちゃんとゲールはいた。壁に掛かっている弓も大きく、長さが百五十mと巨大である。
「なんや、これは、いったい、どうなっているんや」
おっちゃんは素で驚いた。
部屋に灯が点くと、ベッドで寝ていた人間が起き上がった。
起き上がった人物は偽おっちゃんだった。偽おっちゃんは、みるみる大きくなり、身長百七十mの巨大おっちゃんになった。
巨大おっちゃんが、巨体を揺らして向かってくる。
ゲールは変身を解いて、十八mの火龍に戻った。ゲールが火の玉を吐いた。
火の玉は巨大おっちゃんの顔に当る。だが、巨大おっちゃんは無傷だった。
巨大おっちゃんが口を開くと、巨大おっちゃんはゲールの炎より遙かに大きな炎を吐いた。炎がおっちゃんに迫ってきた。
「あかん」おっちゃんは全力で走って炎を回避する。
ゲールは空に飛び上がり、炎を吐いて巨大おっちゃんを攻撃する。
派手に爆発音がするが、巨大なおっちゃんの服にわずかに焼け焦げを作るだけだった。
巨大おっちゃんは、ゲールを手で掴もうとする。ゲールは素早く回避する。
おっちゃんは、巨大おっちゃんに踏み潰されないように逃げるだけで限界だった。
巨大おっちゃんは動きが緩慢なので、ゲールをなかなか捕まえられない。
ゲールの攻撃では巨大おっちゃんに有効打を与えられない。ゲールが窓を割って逃げようとする。
ゲールが窓にドラゴン・ブレスを吐くが、窓は傷つかなかった。
「おおおおお」と巨大おっちゃんが不気味な声を上げる。巨大おっちゃんの眼が光ると、眼から光線が放たれた。
巨大おっちゃんの眼から出た光線を浴びたゲールは、動けなくなり落下した。
おっちゃんも光線を浴びたので、体が麻痺して動けなくなった。
ゲールが動けなくなると、部屋にマジック・ポータルが開く。肩掛け鞄を提げ『龍殺しの弓』を持ったフィルズが現れた。
ゲール捕獲作戦は終了した。




