第三百八十七夜 おっちゃんと不良火龍(後編)
おっちゃんが出た場所は『火龍山大迷宮』の中だった。
広さが縦横五十mで天井までの高さも五十mほどある正方形の空間だった。天井からは魔法の光が灯っており、赤い壁と地面を照らしていた。
目の前に人間大の炎の塊が現れる。炎の中ら現れた人は、身長が百五十㎝。顔が人間ではなく鼠。服装は肩を出した紫のヒマティオンで、木のサンダルを着用していた。手には薄い革の辞書のような物を持っている。
悪魔型モンスターのパズトールだった。パズトールは古代哲学者のような服装と、小柄な外見によらず、強靭な足腰を持ち、高度な魔法を使用する強力なモンスターだった。
パズトールはおっちゃんの顔を見上げると、思い出したような顔をする。
「貴方はいつぞやの冷房機器販売のトロルですね。名前はおっちゃんでしたか。今日はどんなご用件ですか?」
「今日は『迷宮図書館』の使いで来ました。ゲールのことで、ご相談があります。『テンペスト』陛下にお取次ぎをお願いします」
おっちゃんが書状を手渡すと、パズトールが非常に苦い面をして書状を読む。
「また、なにか、ゲールがやったのですか? 今度は何をやったのです?」
「へえ。『迷宮図書館』の上を低空飛行して、『迷宮図書館』のある街に対して生贄を要求しました。『迷宮図書館』は面子を潰されて、もう、かんかんですわ」
パズトールは苦い顔をした。
「また、馬鹿な所業を。せっかく、サミットで修復した関係に亀裂を入れるとは、本当に腹立たしいですな」
「人間側も覚悟を決めて、ゲール討伐に向けて動いています。このまま放っておくと、ゲールは人間と『迷宮図書館』との両方から攻撃されて殺されますがどうします?」
「はあああ」とパズトールは苦い顔して息を吐く。
「私としては、問題ばかり起こすゲールは討伐して欲しい気分ですが、ゲールは『テンペスト』陛下の親族。殺害は、できれば待ってもらいたい」
「お気持ちはわかります。『迷宮図書館』は待てるかもしれませんが、人間側は止められません。時間はあまりないですわ」
「ちょっと待っていてください。我が主のお耳に入れてきます」
パズトールが姿を消した。
(さて、『テンペスト』陛下がどう動くかやな。できれば、ゲールを叱りつけて、大人しくさせてほしいんやけど、うまく行くやろうか?)
十分も掛からずに、パズトールが戻ってきた。戻ってきたパズトールの手には長さ一・五mの朱色の長弓が握られていた。
パズトールが冴えない表情で語る。
「『火龍山大迷宮』側の結論が出ました」
(いやに早いな。でも、なんか嫌な予感がするの)
パズトールは朱色の長弓を差し出した。
「これは、『龍殺しの弓』です」
「なんで、そんな物を持ち出してきたんでっか」
「『テンペスト』陛下は、いつぞやの褒美として、この『龍殺しの弓』をおっちゃんに贈るように、指示されました」
「『龍殺しの弓』いうたら、龍に対して絶大な威力を発揮する凄い武器ですやろ」
「そうです。ですが、この弓の持つ能力より、『火龍山大迷宮』がおっちゃんに『龍殺し弓』を贈った事実のほうが大きい」
「つまり、『火龍山大迷宮』はゲールの討伐を認めた、いうことですか」
「そうです。我が主の忍耐が限界を迎えました。『火龍山大迷宮』はおっちゃんにゲールを殺害する権利を認めます」
(えええー、そんな! ゲールを叱ってくれればええだけやのに、こんな『龍殺しの弓』なんて貰ったら、ゲールを始末せな、あかんやろう)
生贄を差し出す気はない。だが、いくら『龍殺しの弓』を貰ったからといって、ゲールを相手に戦いを挑めば、多数の死者が出る。
おっちゃんは、ゲール討伐には否定的だった。
しぶしぶの態度で弓を受け取ると、パズトールが渋い顔でおっちゃんに告げる。
「おっちゃんにゲール討伐は許可されました。これは、我が主の決定なので、大手を振って討伐できます。なので、ここからは個人的なお願いになります」
おっちゃんは受け取った『龍殺しの弓』を見ながら答える。
「なんですやろう?」
パズトールが眉間に皺を寄せて頼んだ。
「ゲール討伐をしないでいただきたい」
「どういう意味でっか?」
パズトールが渋い顔で説明する。
「我が主はゲールが討たれる状況も止む無しと決断しました。ですが、心中ではゲールが討たれる結末を望んでないはずです」
「それは誰しも身内の死を喜ぶ者はいません。ほな、どうして欲しいんでっか?」
パズトールが弱った顔で告げる。
「ゲールを懲らしめるだけに留めてもらえないでしょうか」
「改心させてほしいと頼むわけでっか?」
「改心とまでは、いかなくてもいい。せめて大人しくなってくれればいい。我が主も本心では、ゲールの死を望んではいないのです」
(ゲールを討伐する以上に厄介で難儀な依頼やな。でも、『テンペスト』陛下の気持ちもわかる。せやけどな、そもそも不良火龍って、改心するんやろうか?)
パズトールが困った顔で告げる。
「どうにか退治しないで、大人しくなるように、人間側と『迷宮図書館』に、話をつけてもらえないでしょうか」
「せやかて、ゲールは成龍や。倒すだけでも大変なのに、まして懲らしめるなんて、えらく大変やで」
パズトールは頭を下げた
「そこを、なんとか、お願いします。頼みます、おっちゃん」
「相手が相手なんで、簡単にはいきませんよ。努力はしてみますが、場合によっては殺さなならんかもしれん」
パズトールが顔を上げないので、おっちゃんは渋々決断した。
「わかりました。ほな、どうにか、やってみますわ。ただ、相手が相手なだけに、結果のお約束はできませんよ」
パズトールは頭を上げて神妙な顔で依頼する。
「よろしくお願いします」
(なんか当初の予定と違ったな。『火龍山大迷宮』を頼れば解決すると思うとったけど、よけい、ややこしくなりよった)
パズトールにマジック・ポータルを開いてもらって、館に帰る。
フィルズに報告すると、フィルズは難しい顔をする。
「『火龍山大迷宮』は、また簡単に頼んでくれるな」
「でもな、『テンペスト』陛下の気持ちを考えれば、気持ちはわかる。それに、おっちゃんの国は小国や。あまり大きなダンジョンとの間に問題も抱えたくないねん」
「ゲール討伐は完全に政治の話になったな」
「政治の話は、いいねん。王様は政治家の一種や」
「わかった、そういう事情なら『迷宮図書館』は表に出ず。ゲールの件に関しては国王のおっちゃんに任せる。ただ、協力はするので、方針が決まったら教えてくれ」
「ありがとう、フィルズはん。助かるわ」
おっちゃんはフィルズと別れると、人間の姿に戻って、寝室に『龍殺しの弓』を持って戻った。