第三百八十夜 おっちゃんと建国準備
翌日、おっちゃんが朝食を摂っていると、セバルがやって来て、晴れやかな顔で訊く。
「おっちゃん、ようこそ、オルトハルツへ。それで、これから、どうする?」
「まず、国ができた事実を知らしめようと思う。それで、国内向けに建国式典をやろうと思うとるねん」
セバルが難しい顔をする。
「式典はいいが、来賓はどうする? 建国したといっても、ここは廃墟だ。ろくな持て成しは、できないぞ」
「来賓は呼ばん。あくまで国内の国民向けの式典や。外国には式典が終わったら、親書を持たせて、建国を知らせる」
セバルが畏まった顔で確認する。
「どこまで知らせる気だ」
「レガリアのヒエロニムス国王。ハイネルンのハインリッヒ国王。エルドラカンドのマキシマム教皇。バサラカンドのユーミットはん。それに、お隣のアントラカンドの領主のザイードで、ええやろう。他の領主はんには、また後で、使者を送る」
セバルが神妙な顔で頷く。
「わかった。使者の人選はこちらでしよう」
おっちゃんは、エルマに向き合う。
「エルマはん。悪いけど、建国宣言の草案って作ってくれるか」
エルマが驚いた顔で述べる。
「建国宣言の草案ですか? そんな、大役、私でいいんですか?」
「ええよ。おっちゃん、学がないから、そんな大それた文章は作れん。あと、建国宣言は名文やなくてええ。わかりやすい表現にしてや。そんで、できたら、セバルはんに見せてあげて」
エルマが真剣な顔で請け負う。
「わかりました。精一杯、務めさせてもらいます」
「さてと、飯も喰うたし、国の整備にちょっと行ってくるわ」
エルマが慌てる。
「国の整備って、どこに行かれるんですか?」
「どこって、石切り場や。ニコルテ村で雇った木乃伊の石工たちが石切り場に着いとる頃や。壊れた街を直す石材の切り出しの現場に行ってくる」
エルマがやんわりと、おっちゃんの行動を注意する。
「なにも、国王が自ら石切り場で働かなくても、よろしいのでは?」
「教えたやろう。ここは貧乏国家やって。国王といえど、座っているだけではいかんねん。現場に出て働かねばならんねん。ほな、夕食には帰ってくるから行ってくるわ」
「そうでしたね、いってらっしゃいませ」
おっちゃんは街の近くにある石切り場にまで行く。
百人から木乃伊の石工と、二十人の呪われた民の石工が待っていた。
現場に来ると、木乃伊の石工の親方、ユスフ、ヤシャル、イスマイルと、人間で老いた石工の棟梁のハリルがいた。
おっちゃんは『死者との会話』を唱えると、四人と話し合って石切り場の状態を確認する。
石切り場はすぐに使えない状態だが、整備すれば石が切り出せそうだとの見解を得たので、さっそく石切り場を使えるように頼んだ。
ハリルが感慨深げに話し掛けてくる。
「まさか、この年になって、こんな大きな仕事をするとは思わなかったよ」
「それを言ったら、おっちゃんかて、国王やるとは思わんかったわ」
ハリルがニコニコ下顔で訊いてくる。
「で、国王陛下。まず、国のどこから手を着ける気だい? 城壁や見張り塔から修理するかい? それとも、兵舎からにするかい?」
「ハリルはん、外の人間がいないとこでは、おっちゃんでええよ。国王陛下なんて呼ばれて、むず痒い」
「そうか、なら、ニコルテ村の時と同様におっちゃんと呼ぶわ」
「防衛の施設は、後回しででええ。どうせ、攻められたら、守りきれんやろう」
ハリルが飄々とした表情で語る。
「違いない。戦争になったら、負けるね」
「そやねん。戦争になったら負ける。せやけど、今のところは、レガリアやハイネルンは攻めてくる気配はない。隣のアントラカンドとて、無理に戦争を起す気はなさそうや」
「なら、どこから手を着ける?」
「まずは、水や。水がないと日々の暮らしに困る。水場の整備や。同時に宿の整備も行う。商人が商売に来たが、テントしかない、では、安心して商売に来られんやろう」
ハリルが顎を触って気楽な顔で尋ねる。
「ニコルテ村の時のように、石材を売りに出す予定はあるのかい?」
「売れるもんなら、売りたい。せやけど、内需を満たすだけで、手一杯やろう。なんせ、国はボロボロや。外から建材を買えば高くつくから、買うわけにはいかん」
ハリルが穏やかな顔で訊いてくる
「他に、やってほしい仕事は、あるか? あるなら、言ってくれ、なるべく期待に応えられるように配慮する」
「古い建物は解体する。解体作業から出た使える石材の管理をやってほしい」
ハリルが意外そうな顔をする。
「建物の解体は、俺たちでやるのか?」
「いや、解体は、大工の経験がある呪われた民にやってもらう。石工のハリルはんたちは、石材の管理だけでええ。あれもこれもと手を伸ばすと、手が足りなくなるやろう」
ハリルが浮かない顔をして、おずおずと尋ねる。
「ところで、おっちゃん。職人たちに払う金のほうは大丈夫なのか? 職人に払う金がないでは棟梁として、仕事を引き受けるわけにはいかないぞ」
「金を管理している呪われた民のハワードとは、明後日に会う。事前の説明やと、石工の皆には賃金を払っても、すぐに国庫が空になる事態はないそうやから、心配ないやろう」
ハリルが渋い顔で語る。
「国家といったら、金銀が溢れているイメージがある。だけど、ここは別だからな」
「そやねん。国王だけど、頭が痛いねん。税収かて初年度はないようなものやし、もう、どうやって金策しようか悩む。せやから、廃材でも使えるもんは使わないかんねん」




