第三百七十九夜 おっちゃんと王の館
おっちゃんとエルマが乗る馬車がオルトハルツに到着した。
オルトハルツは元廃墟だったので、家も建物も老朽化が進んでいた。あまりの悲惨な現状に、エルマの顔が青くなるのがわかる。
おっちゃんは冒険者だし、まだオルトカンドと呼ばれている時代に、何度か来た経験があるので見方が違った。
(なんや、町並みがボロボロなんは前に来たとおりやけど、通路や通りにゴミがほとんど落ちてない。フィルズはん、街を引き渡すにあたって綺麗に清掃していったんやな)
街の中心にはダンジョンの『迷宮図書館』への入口がある。廃墟になった当時はダンジョン側で街を管理していた。当時は廃墟の街にはモンスターが徘徊して壊れた家具なども放置されていた。
モンスターはいなくなり、ゴミがなくなっているので、『迷宮図書館』のダンジョン・マスターの『愚神オスペル』がおっちゃんに街を褒美として渡すと決めた時から清掃は始められていたと知った。
馬車が街の北側に館の前で止まる。館の前には呪われた民の守衛が立っていた。館の中庭にはキャンプが張ってあった。
「国王陛下の到着だ」と守衛が声を上げる。テントから兵が出てきて、整列する。
おっちゃんとエルマが馬車を降りると、体格のよい、がっしりとした男が待っていた。
男は呪われた民特有の青い髪を持ち、黄色の目をしていた。年は三十後半で、青い口髭を生やしていた。鎧は革鎧に胸当てを組み合わせたもの着用しており、大剣を背負っていた。
名前はリオン。とある呪われた民の長の庶子だが、剣一本で信頼と財を築いた傑物だった。
リオンとは何度か顔を合わせて話した経験があるが、セバルほどは親しくない。
リオンが礼儀正しく口を開く。
「ようこそ、国王陛下。お待ちしておりました。館の鍵をフィルズから預かっております」
フィルズは『迷宮図書館』の『愚神オスペル』の側近の一人でエンシェント・マスター・マミーである。
おっちゃんは鍵を受け取って、館を見上げる。館は廃墟にあって真新しい装いだった。
(なんや。ここだけ建物がピカピカや。きちんとリフォームされておる。呪われた民にはできん仕事や、『迷宮図書館』の仕業か)
リオンが神妙な顔で尋ねる。
「フィルズの話では館は鍵で開けるまで誰も入れず、一度でも開ければ普通の館として使えるそうです。まだ、我々も入っておりません。先に入って安全を確認しましょうか?」
おっちゃんは鍵を受け取って答える。
「安全確認は必要ないで。でも、せっかくやから、一緒に新居を確認しようか。あと、国王に就任を受け入れたからって、国王陛下って呼ぶ必要はないで。呼び名は前みたく、おっちゃんでええよ」
おっちゃんはエルマに声を掛ける。
「ほな、エルマはん、一緒に入って部屋を見てくれるか。それから、どこに何を置くか、決めよう」
おっちゃんは鍵で館の扉を開ける。館の中には調度品はなかったが、必要最低限の家具は置いてあった。館の清掃は行き届いていたので、汚くもなかった。
館は広く食堂やキッチンのほかにも十五の部屋があった。また、四畳半ほどの頑丈な金庫室も備わっていた。
おっちゃんはリビングに次ぐ大きな部屋を執務室として、執務室から行ける隣の部屋を寝室とした。
「エルマはんは、この部屋を使って」
おっちゃんは寝室と反対側にある大きめの部屋をエルマの部屋とした。
エルマが恐縮して告げる。
「こんな大きな部屋、もったいないです。私はもっと小さな使用人用の部屋でいいですよ」
「部屋は余っているようやから、ありがたく使おう。来客用に四部屋を残して、あとは、皆で使おう。大きな屋敷にエルマはんとふたりだけでは寂しい」
おっちゃんは設備を一通り見たので、リオンにも声を掛ける。
「部屋が余っているから、リオンはんや他の人間も使ってええで。ただし部屋は綺麗に使ってや」
リオンは畏まって応じる。
「では、遠慮なく使わせてもらいます」
リオンは自分用の部屋、屋敷の警備員用の部屋、倉庫用の部屋、使用人用の部屋、食料庫、として五部屋の使用を申請してきた。
また、リオンの部下から三人を使用人としておっちゃんに紹介した。紹介された人間は若い料理人二人と年配の下男だった。
リオンの部下がおっちゃんとエルマの荷物を館に運び込む。
荷物が少なかったので、引っ越しはすぐに終わった。
一段落すると、「食事ができました」と下男が呼びに来た。
おっちゃんとエルマは広い食堂で、二人で食事をする。
食事は簡単なもので鳥肉と蕎麦を使った料理だった。
おっちゃんからエルマに話し掛ける。
「どうや、エルマはん。驚いたか、国いうても、領主の館以外は廃墟同然や」
エルマが躊躇いがちに口を開く。
「思った以上に貧相な国で驚きました。国を一から作ると聞いていましたが、本当に、なにもないところからのスタートなんですね」
「そうやで。今年が建国元年になるんや。おっちゃんは、国がある程度の形になるまでは手伝うけど、エルマはんはどないする?」
エルマが意外そうな顔をする。
「お亡くなりになるまで国王を続ける気ではないのですか?」
「おっちゃんは、国王なんて柄やない。せやから、国がある程度まで形になったら早々に隠居する。セバルはんには、きちんと伝えてある」
エルマが表情を硬くして告げる。
「私は、この国に骨を埋める覚悟で来ました」
「わかった、なら、次の国王にはエルマはんを使うてもらえるようには申し送りをしておく。せやけど、実際に使うほうにしたら、実績があったほうが安心する。そこんとこはしっかりしてな」
エルマが神妙な顔で応じる。
「わかりました。次の国王にもお仕えできるように努力します」
夜になり、寝ようとすると、寝室の壁をノックする音が聞こえた。
おっちゃんはパジャマのまま音がする壁に視線をやる。壁がゆっくりとスライドして開く。
全身が包帯で覆われた木乃伊が現れた。木乃伊には見覚えがあった。『迷宮図書館』の幹部の一人、エンシェント・マスター・マミーのフィルズだった。
おっちゃんは寝室の扉に鍵を掛けると、フィルズと向かい合う。
「フィルズはん、お久しぶりです。館を贈ってくれて助かりました。でも、まさか、主寝室に隠し扉があるとは、思いませんでしたわ。今日はなんの御用でっか?」
「夜分遅くに、すまないな。この部屋に隠し通路があるのを教えに来た。なにぶん、人間の国王がダンジョン側と通じていると、おおっぴらにはできまい」
「せやねえ。でも、国の立ち上げんときは色々と問題も起きるから、話し合いができんと不便やと思うとりましたわ」
「そうか、では、向こうで話そう」
フィルズが壁の向こうに消えた。
おっちゃんが壁の向こうを覗き込むと、下へ続く螺旋階段があった。階段の足元は明るかった。
おっちゃんは壁の向こう側からスイッチを押して壁をスライドさせ、秘密の入口を隠すと、階段を下りる。
下りた先は四畳半ほどのスペースになっており、木製の机と椅子があった。机の上には半球形の赤い装置があった。
フィルズが自慢気な顔をして告げる。
「ここが、秘密の会談スペースだ。用があるときはこの部屋に来て赤い装置に触れてくれればいい」
「なんの装置ですのん?」
「装置に触れれば『迷宮図書館』に信号が伝わるから、誰かが『瞬間移動』でやって来る」
「『迷宮図書館』側から来てくれるんですか。それは、ありがたいですな」
フィルズが親愛の情の籠もった顔で告げる。
「おっちゃんは、この国の国王なのだ。我々としても、敬意を払う。だが、我々は基本的に、おっちゃんとしか交渉はしない。おっちゃんは特別なのだ」
「わかりました。ほな、人間側の窓口は、わいがやらせてもらいます」
フィルズは、さばさばした顔で話す。
「今日は顔合わせ程度でいいだろう。なにかあると、呼ぶがいい」
「そうでっか。でも、屋敷を贈ってくれて、ありがたかったですわ。この屋敷があれば、ちょっとして来客があっても対応できます」
「では、これから、よろしくな」
「こちらこそ、よろしゅう頼んます」




