第三百七十七夜 おっちゃんと西への帰郷
おっちゃんが街に戻ってから、法王庁ではモンスターを人と同じに扱う勅旨を出す、出さないで、大いに揺れていた。
おっちゃんは過去の経験に基づき、法王を陰から補佐して勅旨を出させた。
ヴィルヘルムとフリードリッヒの争いは、高齢のフリードリッヒが病に倒れて帰らぬ人となったために、ヴィルヘルムの勝利が決まった。
そんなこんなで、おっちゃんが契約した特認冒険者の九十日の期間が満了した。
期間満了の日に、おっちゃんはアレキサンダーの執務室に呼ばれた。
アレキサンダーは機嫌のよい顔で、おっちゃんを迎える。
「九十日とは、長いようで短かったですね。おっちゃんさえよければ、特認冒険者として年間契約を結びたいのですが、どうでしょう?」
「お話はありがたいですが、これからちと、西に戻って夏には復活する『太古の憎悪』を封じる仕事をやらな、あきまへん」
アレキサンダーは真剣な顔で申し出た。
「『太古の憎悪』は、復活させてはいけない存在と言い伝えられています。よろしければ、特認冒険者として派遣する事業も可能ですよ」
「嬉しい申し出ですが、『太古の憎悪』は西大陸領にいます。東の特認冒険者の身分で行ったら、ややこしい展開になるかもしれません。せやから、おっちゃんは一冒険者として向かいたいと思います」
アレキサンダーは残念そうな顔をする。
「そうですか。なら、契約を無理には勧められませんね」
「それに、猊下の許には優秀な特認冒険者が多数います。おっちゃんの一人や二人、おらんくても困りませんやろう」
アレキサンダーが、にこやかな顔で握手を求めた。
「わかりました。では、お元気で」
おっちゃんは法王と固い握手をして、執務室を出た。
そのまま法王庁の建物から出ると、ビアンカがいささか不機嫌な顔で待っていた。
ビアンカから話し掛けてくる。
「アレキサンダーから聞いたわよ。おっちゃんがアーベラの南東部で起こる砂漠化を止めたんだってね」
「さあ、どうやろうね。おっちゃんは危機に際して、右往左往していただけや。砂漠化が止まったのとて、偶然なだけやろう」
ビアンカが興味を示して尋ねる
「おっちゃん、貴方は何者なの?」
おっちゃんは笑って答える。
「大した者やあらへんよ。単なる、しがない、しょぼくれ中年冒険者やで」
ビアンカは素直な態度で、おっちゃんの言葉を疑った。
「そうかしら? アレキサンダーはおっちゃんに神の言葉を預かる者。預言者の称号を贈ろうとしていたわよ。内部の反対で頓挫したようだけど」
「預言者なんて大層な人間やないから、ちょうど良かったわ」
ビアンカは感謝の籠もった顔で告げる。
「でも、アレキサンダーは、おっちゃんと関わって、大いに変ったわ。体が急に健康になったと思ったら、精力的になった。積極的にもなった」
「おっちゃんの功績やないよ。猊下は運が良かったし、神様にも愛されたんやろう」
「アレキサンダーは運が良いとは思っていなかったわ。おっちゃんのおかげだ、って口にしていたわよ」
「そうか。なら、そうかもしれんな。もっとも、おっちゃんの働きなんて微々たるものや」
ビアンカが穏やかな表情で淡々と訊く。
「おっちゃんは、これからどこに行くの?」
「さあ、のう。おっちゃんは冒険者やから、足の向くまま気の向くままや」
ビアンカが控えめな態度で確認してくる。
「もし、私が従いて行くっていったら、一緒に行っても、いい?」
「嬉しい申し出やけど、おっちゃんは一人旅のほうが気楽でええねん。今回は、ちと遠慮させてもらうわ」
ビアンカは素直に諦めた。
「なら、無理にとは頼まないわ。冒険者をやっていれば、一緒になることもあるでしょう。お元気で」
ビアンカと別れて、おっちゃんは宿を引き払う。最後に冒険者ギルドに寄る。
ヴィルヘルムとフリードリッヒの闘争に終止符が打たれたので、冒険者ギルドには人が戻りつつあった。
おっちゃんはカサンドラに別れの挨拶をする。
「世話になったの。おっちゃんは今日でバレンキストの街から旅立つ」
カサンドラが曇った表情で意見を述べる。
「特認冒険者担当のパブロさんに聞いたわよ」
「そうか、情報が早いな」
「特認冒険者の更新を断ったんだって? もったいないわよ、せっかく特認冒険者になれたのに」
「なってみて、わかった。おっちゃん、法王庁とか堅苦しい場所は苦手や。もっと、気儘に採取なんかして暮らす生活が合っている」
カサンドラが控えめな調子で申し出る
「採取依頼なら、ウチにもあるわよ」
「依頼がある状況はわかっとる、でも、おっちゃんは、もう年や。まだ行けるうちに、あちこち見ておきたい願望もあるねん。せやから、旅立つ」
カサンドラが寂しげに微笑む。
「そう。なら、止めないわ。冒険者ですもんね」
「そうや。しがない、しょぼくれ中年冒険者やけど、冒険者やねん」
「でも、また気が向いたら、バレンキストの冒険者ギルドに寄ってね。私は、その時にはいないかもしれない。けど、また違う受付の人間が、お帰りなさいと声を掛けるわ」
「わかった。なら、また気が向いたら寄らしてもらうわ。達者でな」
「おっちゃんこそ。お元気で」
冒険者ギルドを出た。
おっちゃんは『太古の憎悪』を『共感』の魔法で無力化すべく、西大陸領のポルタカンドを目指して歩き出した。
【バレンキスト編了】
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