第三百七十六夜 おっちゃんとそれぞれの帰還
法王に会いに行くと、執務室に通された。
おっちゃんは、バトルエルを紹介する。
「猊下、こちらは、大天使のバトルエルはん。アーベラ国南東部の砂漠化を止めるから、『大剣アンガムサル』を返しにもらいにきた」
アレキサンダーはバトルエルをしげしげと見る。
「すいません、失礼ですが、あなたが本当に、大天使のバトルエルさんですか?」
「そうや。バトルエルはんは事情があってパン屋に姿を変えて、国中を見て回ってたんやで。この度、色々あって、元の大天使として戻る経緯になったんや」
アレキサンダーは半信半疑の顔をする。
「神の声を聞いた、おっちゃんの言葉でなければ信用できないところですね。『大剣アンガムサル』を返すのはいいですが、『大剣アンガムサル』は大きすぎて、持てないのではないですか」
「まあ、返してもらえれば、わかります」
「そうですか、こちらへ、『大剣アンガムサル』をお返ししましょう」
アレキサンダーを先頭に法王庁の地下へと進む。
『大剣アンガムサル』を前にすると、バトルエルは変身を解いた。バトルエルは身長十二mの、四枚の翼を持つ、輝く甲冑を身に纏った大天使の姿に変えた。
法王は驚いてバトルエルを見上げる。
「これが、大天使バトルエル」
「そうやで。そんで『大剣アンガムサル』の正統な持ち主や。持ち主に『大剣アンガムサル』が返ったおかげで、砂漠化は止まるんや」
アレキサンダーが真剣な顔で疑問を口にする。
「話が本当なら、嬉しい限りですがそう簡単に行くんでしょうか」
「それだけやない。今度は、南東部は徐々に緑化して、人が住める土地になるやろう」
「緑化が進めば難民問題も解決するでしょう。でも、砂漠化は広範囲に起きていますよ」
「一年に二年で戻ることはない。せやけど、これから徐々に砂漠は元の大地に戻るで、これは信用してくれてええ」
バトエルが振り返る。バトルエルが威厳のある顔で告げる。
「おっちゃんよ、私とヤイモンは一足先にムランキストの街に戻りたいが、いいか?」
「ええよ。おっちゃんも、まだ法王はんと詰めたい話があるから、こっちは任せてくださいな」
「では、よろしく頼む」
バトルエルは『大剣アンガムサル』で軽く地面を叩いて、マジック・ポータルを出現させる。
バトルエルとヤイモンはマジック・ポータルを通って消えた。
おっちゃんは驚くアレキサンダーに伝える。
「頼んでばかりで心苦しいんやけど。ちと、猊下にお願いがあるんよ」
「なんでしょう。砂漠化を止めていただいのですから、充分に報いたいと思います」
「モンスターを異種族と認めて、人間と同じ権利を認める勅旨って、出してもらえる?」
アレキサンダーが難しい顔をする。
「それは、西大陸の教皇が発したのと同じ勅旨を東大陸でも出せ、という意味ですか?」
「そうや。そのほうがバトルエルはんの助けになる。ひいてはアーベラ国の南東部の緑化にも繋がるんやで」
アレキサンダーは決意の籠もった顔で約束してくれた。
「信じられないが、大天使のお姿を見ましたからね。わかりました。時間は掛かると思いますが、検討しましょう」
「急がせるようで悪いけど、なるべく早くお願いします。勅旨が遅れれば遅れただけ、人が住める土地が増えるのが滞るよって」
アレキサンダーが自信に満ちた顔で告げる。
「わかりました。私にいまできる仕事があるなら充分に務めを果たしたい」
おっちゃんは、その後、東大陸における異種族との融和の現状と問題点について法王と話し合った。
話を終えると、夜になっていた。
ムランキストの街の現状が気になったので、おっちゃんはその日の夜にムランキストの街に『瞬間移動』を使って戻った。
ボンドガル寺院に戻って、ハビエルに声を掛ける。
「ただいま、戻ったで。バトルエルはんも、戻る決断をしてくれたようやし、これで安心やね」
ハビエルが浮かない顔をする。
「バトルエル殿の帰還は嬉しいのですが、小さな問題が起きました」
「なんや、なにがおきたんや。なんでも言うて」
「ボンドガル寺院に泥棒が入りました」
「何を盗られたんや?」
「大した物ではありません。『王の宝玉』と『星の宝玉』です、いつか修理に出そうと思っていた品ですが、いったい誰が持っていったのやら」
「そうか。誰ぞ、怪我でもしたか?」
ハビエルが安堵した顔で語る。
「いいえ、幸いにも賊と出遭った者がいないので、怪我人は出ておりません」
(なんや。事情の知らない、ヴィルヘルムとこの冒険者か特認冒険者かが、宝珠を盗み出しよったんやな。価値を誤解していたからしかたないか)
「そうか、これからムランキストの街も人の出入りが激しくなるから、泥棒とか気を付けんと、あかんな」
おっちゃんは、その晩は、ゆっくりと休む。
翌朝に、おっちゃんはハビエルに別れの挨拶をする。
「今日までお世話になりました。おっちゃんは、これでバレンキストに帰ります」
「そうですか、ご苦労様です。旅行業が本格的に始まりましたら、是非また訪ねて来てください」
「そうやね、東大陸のまだ行った経験がない場所が多いから、時間ができたら観光に寄らしてもらいますわ」
おっちゃんはムランキストの街で小麦を買って、瞬間移動でゼネキストの街に戻った。
寺院に預けていた駱駝に小麦を積んで、ヴィルヘルム陣営が宿営場所にしている領主の館に向かう。
領主の館では、朝から撤収準備が始まっていた。
おっちゃんは素知らぬ顔で、ハーマンに話し掛ける。
「小麦を持ってきたから買い取ってほしいんやけど、入りまへんか」
ハーマンが素っ気ない態度で答える。
「お前は、運がいいな」
「どういう意味でっしゃろ?」
「我々は明日にもここを引き払うから、買い取りは今日までだ」
(なるほどのう。『王の宝玉』を盗んだ冒険者は、ヴィルヘルム陣営の冒険者か。ヴィルヘルムはフリードリッヒと衝突する前に街を立ち去るいうわけか)
ハーマンは前回より安い価格を提示したが、おっちゃんは小麦を売り払った。
おっちゃんは駱駝を牽いて、バレンキストの街に戻った。
冒険者ギルドに行くと、ビアンカが無事に戻ってきていた。
ビアンカは誇らしげに語る。
「おっちゃん。遅かったわね。『星の宝玉』なら、とっくに手に入れて戻ってきたわよ」
「それは、ご苦労様です。さすがは特認冒険者やね。きちんと仕事をこなしよる」
「当然でしょ」と、ビアンカが優越感の籠もった笑みを浮かべた。




