第三百七十三夜 おっちゃんと業務変更
翌日、おっちゃんは『瞬間移動』の魔法を唱えて、バレンキストの街まで戻った。
アレキサンダーに面会を求めると、アレキサンダーは会ってくれた。アレキサンダーはすこぶる元気そうだった。
アレキサンダーが穏やかな顔で尋ねる。
「どうしました。おっちゃん。ビアンカとは合流できなかったのですか?」
「すんまへん、猊下。ちと、色々と面倒な話になっています。今、おっちゃん、アーベラの南側の砂漠化を止められるか、止められないか、の重要な瀬戸際におるんですわ」
アレキサンダーが難しい顔をして訊く。
「なんか、大きな問題を、背負い込んでいそうですね。問題がアーベラを救うためなら、喜んで私は協力しますよ。それで、何をしてほしいんですか?」
「『大剣アンガムサル』のある部屋に、おっちゃんを一人で入れてほしい」
アレキサンダーは真剣な顔で請け合ってくれた。
「いいでしょう。従いてきなさい」
アレキサンダーがしっかりとした足取りで法王庁の地下に降りてゆく。アレキサンダーは宝物庫の扉を開けると、おっちゃんだけを中に入れて外で待つ。
おっちゃんは『大剣アンガムサル』にあるスイッチを入れる。おっちゃんは這いつくばって待つ。
(ここが正念場やな。ここで唯一なる存在に拒絶されたら、解決の糸口がなくなる)
『大剣アンガムサル』から唯一なる存在が向こう側に降臨した気配がするので話す。
「すんまへん。ちと、ご相談した件がありまして、お呼びしました。どうか、話を聞いていただけないでしょうか?」
唯一なる存在が、尊大な調子で語る。
「今日は気分が良い。話してみよ」
「ありがとうございます。『浄水の神域』なんやけど、ダンジョンから用途変更しても良いでしょうか?」
途端に、唯一なる存在が不機嫌な声で答える。
「駄目だ。余に捧げる物語を生まないダンジョンに価値はない。価値のある施設から価値のない物への変更を誰が認めるか。そんな愚策をするくらいならダンジョンを滅ぼすわ」
「わー、待ってください。何も無価値な施設への変更なんて、求めません。ほな、物語を所蔵する図書館にするなら、認めてもらえますやろうか」
唯一なる存在が、怒った調子で語る。
「論外だ。すでに『迷宮図書館』がある。『迷宮図書館』は『愚神オスペル』の采配の元に優秀な成績を上げている。職務から逃げ出したバトルエルの腕では『迷宮図書館』を超えられるとは思えん」
おっちゃんは、すぐに別の案を提示した。
「ほな、『浄水の神域』を旅行会社に用途変更する案は、どうでっしゃろうか?」
唯一なる存在が険のある声で怒鳴る。
「ああん、旅行会社だと? 貴様は馬鹿か!」
「ただの旅行会社ではありません。旅物語を蒐集する旅行会社です。面白い話が欲しいのなら、旅行会社を通じても集まると思います」
ここで初めて、唯一なる存在が興味を示した。
「旅物語だと? それは、探険物語より面白いのか?」
「作者と体験談によると思いますが、充分に面白い物語ができる可能性があります。異文化との接触により、常識が覆る。人との触れ合いによって未知なる体験ができる。展開によっては探険物語に引けをとらない作品も生まれましょう。どうでっしゃろう?」
唯一なる存在が鷹揚な調子で聞く。
「おっちゃんよ、一つ訊こう?」
おっちゃんは平身低頭の姿勢で答えた。
「へい、なんなりと仰ってください」
「なぜ、ダンジョンが用途変更できると考えた?」
「エルドラカンドにあるダンジョン・コアを思い出しました。エルドラカンドにはダンジョン・コアがあるのに、ダンジョンとしての機能は著しく制限されていました」
「ほほう、それで?」
「へえ、エルドラカンドは宗教都市になってます。せやから、ダンジョン・コアがあっても、特段の事情があれば、用途変更が可能ではと思いつきました」
唯一なる存在が優越感の篭った声で褒める。
「なかなか、機転が利くな。『浄水の神域』を旅行会社の本社社屋に認めてもよい。ただし、面白い物語の蒐集に失敗した時は、人にもモンスターにも責任を取ってもらうが、いいな」
「わかりました。持ち帰って、検討させてください」
「いいだろう。考える時間をやろう。言っておくが、バトルエルが辞職を願い出た件だが、きちんと詫びを入れてもらう必要がある」
「それは、もう、用途変更を認めてもらえるなら、説得します」
「それと、旅行会社となった『浄水の神域』の経営に関してはバトルエルが責任を負うのが必須だ。いいな」
有無を言わせぬ、「いいな」だった。
「ははーっ」と、地面に頭を擦りつけるようにすると、唯一なる存在は去った。
剣の向こう側に誰もいなくなった気配がしたので、頭を上げる。
「ふー。寿命が縮むかと思うたで」
おっちゃんは法王庁を後にすると、宿屋で一泊する。
バトルエル復帰の筋道が見えた気がした。だが、どうも、なにか見落としている気がした。
おっちゃんは一晩じっくり掛けて、バトルエルがどんな気持ちで何を見ていたのかを、考えた。
明け方の近くなって、おっちゃんはある可能性が気付いた。
「もしかして、バトルエルはんは人間に共感した結果、自分が孤独やと気付いてしもうたんかな?」
バトエルの思考に思い至った時、おっちゃんは何をすればいいか、悟った。
おっちゃんは、やるべき仕事がわかると、ぐっすりと眠りに就いた。
魔力を回復させてから、ムランキストの街に『瞬間移動』を使って帰った。
【書籍化します】 第一巻が本日、HJノベルスより発売
三巻までは出る予定です。




