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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バレンキスト編
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第三百七十二夜 おっちゃんと蕎麦屋の秘密

 夕方になったので、ボンドガル寺院の横にある蕎麦屋に行った。

 蕎麦屋は三十席ほどしかない小さな蕎麦屋だった。厨房も十二畳ほどと、それほど広くない。ただ、蕎麦屋には十畳ほどの地下室があった。


 おっちゃんは食糧庫の隅で服を脱ぐと、鼠の姿を念じる。鼠になって店の隅々まで探索する。

店には異常はなかった。だが、厨房の隅の臼が置かれた裏に小さな穴を見つけた。穴の三十㎝奥には魔法式のスイッチがあった。

(なんか、意味ありげなスイッチがあったで。押してみようか?)


 おっちゃんがスイッチを押すと、地下室から何かが動く音がした。

 地下室に行くと、さっきまでなかった、地下へと続く階段があった。

(どこに続いておるんやろうか?)


 着替えて『暗視』の魔法を唱え、地下へと続く三十段の階段を下りる。

 階段の先には、鉄の扉があった。

(位置的にいえば、礼拝堂の下やな。何があるんやろう?)


 念のために、扉に罠がないか調べてから開ける。

 扉の先には高さ一辺が五mの正方形の部屋があった。部屋の中央には、高さ百六十㎝の青いクリスタルの女神像がある。


 女神像はローブを着ており、慈愛に満ちた表情を浮かべている。おっちゃんは女神像を観察していて、気が付いた。

「これ、あれや。特別な魔法を覚えられる聖像や」


 おっちゃんが聖像をじっと見ていると、聖像が光り輝いた。おっちゃんの頭の中に魔法が流れ込んできた。おっちゃんの中に魔法が流れ込むと、聖像の輝きが消えた。


 おっちゃんが覚えた魔法は『共感』と『反感』の魔法だった。

特殊な魔法は、一回でも使えば、頭の中から消去される。また、『共感』と『反感』は、どちらか一方を使えば、もう片方も記憶から消えると理解した。


「なるほど、そういう話か。バトルエルはん、ここで特別な魔法の『共感』を見つけて、自分に掛けたんやな。そしたら、人間に対する共感が湧いてきて、ダンジョン・マスターの仕事ができんくなったわけや」


 事情がわかった。おそらく、バトルエルに湧いた人類への共感は『反感』の魔法を使えば消せる。されど、問題もあった。


 最初は『共感』の魔法の効力によって湧いた、人類への共感かもしれない。しかし、今のバトルエルが持つ共感が、自然な感情の流れから出てきたのものなら、どうか。

『反感』の魔法を使えば、バトルエルの感情を殺す。


「面倒な事態になったで」

 おっちゃんは蕎麦屋を出ると、ヤイモンの置いた連絡要員の大蝙蝠に伝える。


「バトルエルはんがなんでダンジョン・マスターを辞めたか、わかった。せやど、事態はけっこう重たいから、相談に乗って」

 ほどなくして、ボンドガル寺院にヤイモン、バレイラ、ハビエルが集まる。

 おっちゃんは三人に推理を話した。


 バレイラが険しい顔で確認する。

「つまり、『反感』の魔法を掛ければ、バトルエルがダンジョン・マスターに復帰する可能性が高いんだな」


 ヤイモンが表情を曇らせて語る。

「バレイラ。おっちゃんの説明を聞かなかったの? 『反感』の魔法を掛ければ、バトルエルの自然な感情を歪める恐れがあるのよ。そんな行いは、できないわよ」


 バレイラは、むっとした顔で告げる。

「だが、放っておけば、砂に多くのものが飲み込まれる。ならば、ダンジョン・マスターに復帰してもらったほうが、人間にも我らにも利益になる」


 ヤイモンが真剣な顔で異議を唱える。

「バトルエルのためには、絶対ならないわよ。バトルエルの心を無理に魔法で変えても、いずれ魔法は、切れる。魔法が切れたとき、無理に魔法で心を変えた仕打ちを知ったら、バトルエルは、もう二度と戻らないわ」


 二人が睨み合って黙ると、ハビエルが難しい顔で口を開く。

「個人的には、人間に共感を持ったバトルエル殿の感情を消す話には反対です。でも、このまま行けば、人間もモンスターも不幸になるなら、『反感』の魔法を使うのも止む無しとも思えますが」


 ヤイモンが、おっちゃんをきつく睨んで訊く。

「おっちゃんの考えは、どうなの?」

「バトルエルはんがダンジョンを去って、百年が経ってます。掛かった『共感』の魔法はとっくに効果が切れとるやろう。なのに、戻らない態度はやはり、ダンジョン・マスターとして復帰したくないからや。だったら、『反感』の魔法は使わないほうがええ」


 おっちゃんはあえて口にしなかったが、別の思惑(おもわく)もあった。

(『共感』の魔法を使えば『太古の憎悪』は力を失う。ここで、『反感』をバトルエルはんに使えば、わいの中から『共感』の魔法は消える。そうなれば、ポルタカンドは救えん)


 聖像の輝きは、すでに消えていた。次に聖像の力が復帰する日は、いつかわからない。だが、来年の夏には『太古の憎悪』は復活する。

 四人で話し合ったが、話は平行線のまま時間だけが過ぎてゆく。


 おっちゃんは、だいぶ時間が経ったので告げる。

「あかん。ここで、これ以上、四人で話し合っても、結論は出ん。日を改めようか」


 バレイラが相当に渋い顔をする。

「日を改めても解決する問題にも思えない。さりとて、大勢で話して名案が出て解決する話でもないぞ」

「でも、このまま、話し合っても、無駄やろう。今日のところは、各自で持ち帰って検討や」


 ハビエルも暗く疲れた顔で語る。

「これは人間にとっても、生き死にを左右する問題に等しい。儂だけの判断で話を進めていいか、大いに迷います。願わくば、街の有力者に伺いを立てる時間が欲しい」


 ヤイモンも苦い顔で頷く。

「確かに、事態が重大なだけに私とバレイラだけで決めたら、他の幹部連中の心証を悪くするわ。そうなれば、ダンジョンが元に戻っても、深刻な亀裂が生じるわね」


 バレイラが真剣な顔をして席を立つ。

「わかった、なら明後日。また、夕方にここに集まって会議をしよう。そこで結論を出そう」

 話し合いは、終了となり、一度、解散になった。


【書籍化します】 第一巻がいよいよ明日、HJノベルスより発売予定

         三巻までは出る予定です。

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