第三百七十夜 おっちゃんと病の悪魔(後編)
霧の中を歩くこと三十分で、大きな門が見えてきた。
「ガー」という叫び声と共に体長二十mの青白い龍が現れた。病を撒き散らす厄病龍だった。
厄病龍は大きな怪我をしていた。
(冒険者たちと戦って負った怪我は治っていないような。無茶しよる)
ヤイモンが厄病龍を前に、希望の籠もった顔で告げる。
「バレイラ。道を空けて。この男を街に入れるわ。もしかしたら、バトルエルを呼び戻せるかもしれない」
バレイラが渋い顔をして懐疑的に発言する。
「道を空ける譲歩は構わない。だが、本当にバトルエルが帰ってくるなど、期待しているのか? もう諦めたらどうだ? バトルエルは我々を捨てたのだ」
ヤイモンがバレイラを、きっと見据える。
「議論は何度もしたけど、私は諦めないわよ。いつ就任するかわからないダンジョン・マスターを待つより、バトルエルに戻ってきてもらったほうが、早く私たちの問題は解決するわ」
バレイラがおっちゃんに視線を向けたので、挨拶する。
「わいは、おっちゃん。しがない中年『シェイプ・シフター』や。わいは西大陸の出身やから、東大陸の内情には疎い。せやけど、バトルエルはんが戻らんとまずい状況は、理解しておる」
バレイラは投げやりな態度で口を開く。
「そうか。なら、好きにするといい」
バレイラは飛び立って、どこかに消えた。
ムランキストの街は高さ十五mの城壁に覆われていた。城壁の下には幅六mの堀があり、堀には半分ほど水が溜まっていた。
城門には跳ね橋があったが、壊れており、堀に沈んでいた。
ヤイモンが空中を歩くようにして堀を渡る。おっちゃんは『飛行』の魔法で空を飛んで後から従いて行く。
城門の横にあった、小さな通用口から、城壁の内側へと入った。
城壁の中には街があった。街の中には砂の山は見当たらない。町並みは綺麗で、商店が普通にやっていた。
街で普通に人間と異種族が歩いていた。ヤイモンに従って歩いて行く。
街を歩きながら人の顔を観察するが、暗い様子もない。人間の商店でも普通に異種族が買い物をしながら。人間の店主と談笑をしていた。
(バサラカンドのような街やな。でも、外の人間たちからすれば、モンスターに支配された街に映るんやろうな)
街の中央には高さ二十mの三階建の寺院があった。寺院は周囲約四百mとそこそこ広かった。
寺院の中に入ると、すぐの場所が礼拝堂になっていた。礼拝堂は二階の高さまで、吹き抜けになっていた。礼拝堂の正面奥には男性の神の姿を象った二mほどの、大理石の像があった。
礼拝堂には二人の赤い僧服を着た僧侶がいた。
ヤイモンが僧侶の一人に声を掛ける。僧侶が、長い顎鬚を生やした身分の高そうな僧侶を呼んできた。
身分の高そうな僧侶が、挨拶をする。
「この教会を預かる司祭のハビエルです。ヤイモン様、今日は、どのようなご用件でしょうか」
「この、おっちゃんと名乗る男に、寺院の隅々まで見せてやって。上手くいけば、アーベラの南側半分を救えるかもしれないわ」
ハビエルは愛想よく応じる。
「それはまた、大層なお役目ですな。いいでしょう。この、おんぼろ寺院が役に立つならどうぞ隅々まで探索してくださって結構です」
「そうでっか。ほな、隅々まで見せてもらいます。探索いうても、すぐに結果が出ないやろうから、ヤイモンはんは連絡要員を一人、この寺院においてください」
「わかったわ。何か発見がある展開を望むわ」
おっちゃんは僧侶の案内で、寺院の各部屋を見て回った。
寺院には、空き部屋も含めて二十三の部屋があった。寺院には宝物庫があった。宝物庫には古い祭器と一緒に『王の宝玉』と『星の宝玉』が置いてあった。
宝玉と言われるが、大きさは直径が二十㎝ほどの、ガラス球のようなもので、宝物庫で両方とも埃を被って、無造作に置かれていた。
気になったので、訊く。
「なあ、あの奥で埃を被っている『星の宝玉』と『王の宝玉』って、高価な物やないの?」
僧侶が、あっけらかんとした顔で答える。
「あれですか。あれ、壊れているんですよ」
「そうなん? なら使えんな。壊れてないとどれくらいの価値なんやろう」
「同じような物が前に三個ほどあったんですが、壊れていない品は売って寺院の改修費用にあてました。うちの寺院も結構、古いですから」
「いくらぐらいで売れたん?」
僧侶が僅かに顔を上げ、考える仕草をする。
「他の物と一緒に、纏めていくらで引き取ってもらったんで、詳しい価格は知りません。ですが、一個で金貨二十枚も行かなかったと思いますよ」
(宝玉がボンドガル寺院の宝であるとする情報は完全に誤りのようやね。ここの宝玉が壊れておらんくても、『太古の憎悪』をどうにもできん)
宝物をざっと見る。歴史的、宗教的、価値のあるものかもしれなかったが、高価な物や冒険に役立ちそうな品は見当たらなかった。
「ここは宝物庫やいうけど、高価なものないね」
僧侶がニコニコしながら語る。
「まだ、街が人間の物だった頃の話です。ここは、かって神の権威を嵩に、欲望の限りを尽くす僧侶の巣窟で、街の人からは、強欲の寺院と呼ばれていました」
「それまた、凄い呼び名やな。きっと、貴族も顔負けの豪奢な暮らしをしていたんやろう」
僧侶が表情を曇らせて頷く。
「でも、悪行とは続かないもの。ついには怒れる民衆により、聖職者は皆殺しにされました」
「皆殺しかー。それは、また、えらく恨まれていたんやな」
僧侶が真剣な顔で告げる。
「怒りに任せて聖職者を殺した民衆ですが。殺害が終わると、民衆は怖くなりました。そこで民衆は、神に許しを請いました」
「そんで、どうなったんや?」
僧侶の表情が、穏やかになる。
「神の使いが降臨して『他人の行いを許す心を持てば、汝らは許される』と啓示がありました。以来、ボンドガル寺院では、許す心が至宝となったのです」
「そうなんか。あと、この寺院って『太古の憎悪』を封じるなにかが眠っていたり、せえへんか?」
僧侶は難しい顔をして語る。
「そんな貴重で神秘的な物は、ないですよ。でも、相手が憎悪なら、許す心を持たせられれば、力を失うでしょう。許す心があれば、憎しみも消えますから」
(許す心か。大事やけど。そんなお説教で封じられるような相手ではないで)
寺院を一日掛けて捜索した。だが、バトルエル失踪の秘密を解き明かす手懸りはなかった。
『太古の憎悪』を封じる品も、見つからなかった。
司祭のハビエルの勧めもあって、その日は寺院に泊まる。
寺院には風呂があったので、その日は風呂に入って寝た。




