第三百六十五夜 おっちゃんと『大剣アンガムサル』(後編)
礼拝堂の裏から地下に続く秘密のスロープを下りる。
アレキサンダーは青い顔をしながら語った。
「私が法王になったのは全て私の祖父のおかげだった。祖父は娘を法王庁に強いパイプがある公爵家と金のある伯爵家に嫁に出すと、財産を使って、聖職者たちを取り込んだ」
アレキサンダーは、苦しそうだった。でも、聞いてほしそうだったので黙って話を聞いた。
「そうして、私の母が私を産むと、私は法王になるべく教育を施された。私は法王になるために生まれ、祖父の力で法王になった。だが、言い換えれば、法王になるしか道はなかった」
「法王になったのなら、お祖父さんやお母さんはさぞや喜んだでしょう」
アレキサンダーは寂しげに笑う。
「母は、私が五歳の時に流行り病でなくなり、祖父は私が法王になった一年後に他界した」
「そうでっか。人生、色々ありますからな」
「法王庁に来て嬉しかったことの一つに、特認冒険者の存在があった。私は特認冒険者の報告を聞くのが、とても好きだった。冒険者の世界は、聖職者との世界と違い自由だった」
「でも、ええことばかりやないですわ。冷たい雨に打たれる仕事もあれば、やりたない仕事をしなければならん展開も、あります」
アレキサンダーは目を細めて優しく語る。
「だろうね。これは秘密だが、次にもし、生まれ変わることがあるのなら、冒険者がいい。冒険者となって、ビアンカの傍にいたい」
「ビアンカはんは、法王はんの気持ちを知っているんですか?」
アレキサンダーは苦しそうな顔をしていたが、穏やかに語る。
「法王になる前に告白した。それで、振られた。でも、今は振られてよかったと思う。こんなに早く死期が来るなら、却ってビアンカを苦しませただろう」
スロープに終わりが見えた。侍従長が大きな扉を開けて、外で待機する。
中に入ると、地面に突き刺さる大きな白い剣があった。剣は長さが八m、幅が八十㎝と人間が扱える大きさを超えていた。
おっちゃんは『大剣アンガムサル』を一目ちらっと見て、瞬時に理解した。
(これは剣型のダンジョン・コアや。やはり『大剣アンガムサル』は、ダンジョン・コアやったんや)
おっちゃんは心中を隠して語る。
「猊下。なんで、こないな物が法王庁にあるか、知っとりますか?」
アレキサンダーは苦しそうな顔をして首を横に振る。
「歴代法王が残した文書には、『大剣アンガムサル』がなぜ法王庁にあるのか書いてあるものがなかった。だから、わからない」
「これ、触っても、ええですか?」
「好きにするといい」と答えて、アレキサンダーは壁に寄り掛かって座る。
「だらしないが、こうさせてもらう」
アレキサンダーの容態は思ったよりは悪そうだった。アレキサンダーは今にも死にそうだった。
(『大剣アンガムサル』がダンジョン・コアなら、どこかにスイッチがあるはずや)
おっちゃんが『大剣アンガムサル』を色々と触っていると、『大剣アンガムサル』が淡く光り出した。
(やった。起動したで。これで、ダンジョン・コアの能力が使える)
『大剣アンガムサル』から声がする。
「誰だ? 今さら、このダンジョン・コアを起動させた人物は、バトルエルか? なら、申し開きをしろ」
(これは唯一なる存在の声や。ダンジョン・コアの向こうにおる唯一なる存在が喋っとる)
おっちゃんは平伏して語る。
「すんまへん。わいは、おっちゃんいう、ケチでちんけな存在です。バトルエルはんではありまへん」
数秒の間がある。唯一なる存在は気軽に発言する。
「なんだ、おっちゃんか」
「あれ? わいのこと、知っとりますの?」
唯一なる存在が機嫌もよく語る。
「知っているぞ。ダンジョン・マスターからの報告にあった。そうか、お前が、おっちゃんか。なんでも、よく働いているそうだな」
「へへー、滅相もございません。なんやかんやで生きているだけの存在です」
「まあ、よいわ。ここで会ったのも、なにかの縁。褒美をとらそう、なにがいい?」
「おっちゃん、神様から褒美を貰うような仕事はしてませんけど」
唯一なる存在は、貫禄のある声で告げる。
「私は働かない物には報いない。おっちゃんは意識してないようだが、私のために、よく働いている。だから褒美をやる。欲しいものを言ってみろ」
「ほな、アーベラを救ってもらったり、『太古の憎悪』を消し去ってもらったり、できますか?」
唯一なる存在が不機嫌な声で発言する。
「人間の手でアーベラが救われたり、『太古の憎悪』が封印されるなら構わない。だが、私は手を貸さない。貸せば色々と都合が悪い。つまらなくなる」
(なんや、つまらなくなるって? でも、唯一なる存在にとって人間なんて、ちっぽけな存在やからな)
法王が咳き込む。法王を見れば、意識が朦朧としているようだった。
「ほな、法王はんを健康な体に、してくれますか」
「造作もない所業よ」
法王が光り輝くと、法王は安らかな寝息を立てて眠った。
「それとだ、おっちゃんよ。お前の貯めた百二十万枚のダンジョン・コインの使用期限が近づいておるぞ。一度も使わないと失効するが、使わなくて、いいのか?」
(サバルカンド迷宮で働いた分のダンジョン・コインが振り込まれておったんか。これ、ちょうどええわ。使うとこ)
「へい、なら、使わせてください。『病避けの護符』って売っていますか?」
唯一なる存在が尊大な調子で語る。
「『病避けの護符』よりいい物があるぞ」
「そうでっか、ならええもんください」
「品種改良をして、病気への耐性能力を付与してやろう。微減がダンジョン・コイン八百枚で、一ランク上の物は十倍だ」
「ほな、ダンジョン・コインを八十万枚を出すんで。ええのをください」
おっちゃんの体が紫に輝いた。
「品種改良完了だ。もう、この先、お前は病気で苦しむ未来はないだろう」
「ありがとう、ございます」
『大剣アンガムサル』の向こう側にいる唯一なる存在は去った。
おっちゃんは『大剣アンガムサル』のスイッチを切った。アレキサンダーを起こす。
「起きて、猊下、起きて」
猊下は目を覚ますと、熟睡したように爽快な顔をする。
「あれ、おっちゃん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないで、今ちょっと前に神様が降臨したんよ。そんで、死にかけていた猊下を、治療してくれた」
アレキサンダーが血色の良い顔で告げる。
「そういえば、いつになく爽快な気分だ。こんな、良い気分になったのは記憶にない」
「そんで、神様が仰った。猊下の体を治してあげる代わりに『大剣アンガムサル』をバトルエルに返しなさいと命じた」
アレキサンダーは驚いた顔で確認する。
「大悪魔に武器を返せと、本当に神が命じられたのか?」
「あんな、神様が仰るには、バトルエルはんは、悪魔やないそうや。そんで、いつの日か『大剣アンガムサル』を取りに戻るから、大切に保管しておきなさいというとったで」
アレキサンダーが信じられない顔で訊き返す。
「本当ですか?」
「ほんまやて。そんで、バトルエルはんに『大剣アンガムサル』が戻ると、南東部の砂漠化が止まって、国の半分が救われるんやて」
アレキサンダーがあまりの内容に、眉間に皺を寄せて考え込む。
「ほな、神様の言葉を伝えたから、おっちゃんはムランキストの街に行ってくる」
アレキサンダーが冴えない表情で忠告する。
「でも、『病避けの護符』がないと、街には入れませんよ」
「『病避けの護符』がなくても、問題ない。おっちゃんは神様に特別な加護を貰った。ほなら、ちょっくら行ってくるわ」
「わかりました。ビアンカをよろしくお願いします」
おっちゃんは法王庁の職員から関所の通行許可書を貰うと、ゼネキストの町を目指した。




