第三百六十三夜 おっちゃんと特認冒険者
汲んでき湧水とゴールデン・バウムの欠片をガルシアに渡す。
ガルシアは、いたく喜んだ。おっちゃんはガルシアにバトルエルの言葉を教える。
「あんな、ガルシアはん、パンの神様のような職人が忠告してくれた。希少な素材で高価なパンばかりを焼いていると道に迷う。これが終わったら、ガルシアはんの原点に返りなさい、と」
ガルシアは驚いた。
「どうして、俺が迷っていると、パンの神様はわかったんですか」
「理由は不明や。ただ、パンを一切れ口にしただけで事情を当てた。パンを通して職人が見えるんやろう」
ガルシアは唸る。
「世の中には、すごい職人がいるんですね」
ガルシアに水を渡して三日後、おっちゃんの許に法王庁から遣いが来た。
赤い僧衣を着た若い男性が晴れやかな顔で告げる。
「オウル殿、法王アレキサンダー様がお呼びです。昼前までに、法王庁までお越しください。用件は特認冒険者採用の件です」
「わかりました。必ず伺います」
遣いの男は用件を告げると、早々に冒険者ギルドを去った。
遣いの男の言葉が聞こえたのか、カサンドラが喜びの顔を浮かべて寄って来る。
「おっちゃん、もしかして、特認冒険者の採用試験を受けていたの?」
「まだ、採用されるかどうか、決まったわけやない」
カサンドラが笑顔で教えてくれた。
「特認冒険者って、採用される時は今みたいに教会から遣いの人が来るのよ。不採用の時は薄い一枚の紙が封筒に入って届くだけ。だから、きっと採用されるわ」
「そうなんか。それは期待して行こうか」
身支度を調えると法王庁に向かう。
おっちゃんはアレキサンダーの執務室に案内された。アレキサンダーの執務室には二十畳ほど前室があり、侍従と聖騎士三名が控えている。
前室を抜けると六十畳ほどの広さの部屋があった。部屋の中央に大きな木製の机と椅子があり、簡単な応接セットがあった。
部屋の中には赤い絨毯が敷かれており、壁も赤で統一され、天井に九名の天使からなる天井画が描かれていた。
椅子に腰掛けるアレキサンダーは若かった。アレキサンダーはまだ、二十代で、青年の面影を残す痩せた男性だった。
アレキサンダーは黒い髪を肩まで伸ばし、細い眉をしている。髭は綺麗に剃られていた。病弱な学者といった感じで、白い僧服を着ていた。
侍従長がアレキサンダーに畏まって声を掛ける。
「冒険者のオウル殿が、お見えになりました」
アレキサンダーはおっちゃんの姿をしげしげと見る。
「なるほど、確かに、おっちゃんだな」と口にする。
「へえ。オウルいいますが、皆からは、おっちゃんの愛称で呼ばれています。よろしかったら、猊下も、おっちゃんとお呼びください」
アレキサンダーがソファーを勧めて、アレキサンダー自身は大きな椅子に座る。
アレキサンダーは機嫌の良い顔で話し掛けてくる。
「では、遠慮なく、おっちゃんと呼ばせてもらおう。おっちゃんよ。ビアンカから話は聞いた。イコナの聖パンの秘密を当て、さらにパン職人と共同で、さらなる美味しいパンを献上してくれたそうだな」
「パンを気に入っていただけたようで幸いです」
アレキサンダーは顔の前で手を組み合わせて発言する。
「おっちゃんが特任冒険者の審査を受けていると知った。とりあえずは、法王丁の特認冒険者として、九十日間の契約を結ぼうと思うが、どうだろう?」
「有難いお言葉ですね。そんで、実は、わいはムランキストの街のボンドガル寺院について調べておるんですわ」
アレキサンダーは穏やかな顔で告げる。
「知っている。おっちゃんの狙いは『太古の憎悪』か。『太古の憎悪』の力を利用して皇太子ヴィルヘルムは砂漠を緑に変えようと、王の兄フリードリッヒは異常増殖する密林を焼き払おうとしている。おっちゃんの目的は、どっちだ」
「どちらとも、ちゃいます。『太古の憎悪』が蘇って、被害を出さないように再封印する方法を探しております」
アレキサンダーが穏やかな顔で告げる。
「再封印の話が本当なら、法王庁との方針と合致する」
「ほな、協力してくれますやろうか」
「『太古の憎悪』の力は強力だが、『太古の憎悪』の力は人間の手に余る代物。ヴィルヘルムもフリードリッヒも、その危険性を充分にわかっていない」
「国を救いたい気持ちはわかります。ですが、ようわからんものを頼る態度は、いただけまへんな」
アレキサンダーは表情を曇らせる。
「ムランキストのボンドガル寺院に眠る秘宝を使えば『太古の憎悪』を制御できるとヴィルヘルムやフリードリッヒは考えている。だが。制御が可能だとしても、一時的にしか制御できないと私は考えている」
「秘宝の中身によりますが、こればかりは手に入れてみないとわかりません」
アレキサンダーは思慮深い顔で語る。
「言い伝えではボンドガル寺院の秘宝は『王の宝玉』と『星の宝玉』の二つ。『王の宝玉』は支配する力を、『星の宝玉』は鎮める力を持つと伝えられている」
「そうだったんでっか。では『星の宝玉』を手に入られれば、『太古の憎悪』を封印できますな」
「そうだ。ヴィルヘルムやフリードリッヒよりも早く法王庁は、どちらかの宝玉を手に入れる必要がある」
そこまで話すと、アレキサンダーは具合の悪そうな顔をする。
(なんや、アレキサンダーはん、体調の思わしくないんやろうか?)
アレキサンダーは苦しそうな顔で語る。
「なに、体が優れない状況は、いつもの話。それよりも、当面の問題は皇太子ヴィルヘルムだ
「ヴィルヘルムは先行している聞きましたが、今どんな状況ですやろう」
「ヴィルヘルムは『海洋宮』から持ち帰った『大雨の宝珠』を使い、厚い砂の壁に隠されていたムランキストの街を、出現させた」
「でも、ムランキストの街には法王庁の『病避けの護符』がないと入れんと聴きましたで」
アレキサンダーが机の上の鈴を鳴らすと、侍従長が煎じ薬を持って入って来る。アレキサンダーは苦しそうな顔をしながら、薬を飲む。
「大丈夫でっか。今日は具合が悪い言うなら出直しますよ」
「少し、待ってくれ。悪いが、薬を飲みながら話をさせてくれ」
(アレキサンダーはんは無理しとるなー、こんな様子では、あまり長いこと保たんで)
薬を飲んで、一息ついてからアレキサンダーは話し出す。
「ヴィルヘルムは法王庁の協力なしで、街に入る方法を見つけたと、昨日、報告があった。このままではヴィルヘルムに全て先を越される」
(これは、まずいな。ヴィルヘルムがボンドガル寺院を攻略する日は、近いのかもしれん)
アレキサンダーが曇った表情で伝える。
「そこでだ、明日。法王庁より『病避けの護符』を授与して、十名の特認冒険をムランキストの街に送り出す。九名については選定を終えている。急で悪いがおっちゃんは十人目として参加してほしい」
「わかりました。必ずや吉報を持って帰れるように、働かせてもらいます」
おっちゃんは法王庁から戻ると、明日に備えて、急ぎムランキストの街に旅立つ準備をする。




