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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バレンキスト編
355/548

第三百五十五夜 おっちゃんとパンにまつわる話

 翌朝、宿で朝食を摂る。おっちゃんの泊まっている宿屋では、パンが二回までお代わり自由だった。

 朝食に焼きたてのホワイト・ブレッドに香味野菜を煮詰めたものを載せて食べる。香味野菜は美味しかったが、パンも美味しかった。おっちゃんはパンをお代わりして、アンチョビを載せて食べた。


 年を取った白髪の宿屋の女将さんに告げる。

「ここのパンは美味いな。なんぞ秘訣でもあるんか」


 宿屋の女将さんは、にこにこしながら答える。

「バレンキストの砂糖も有名だけど。小麦の質もいいのよ。伯爵様の家で造られた製粉機のおかげもあるけど、白いパンはバレンキストの隠れた名物よ。もちろん、パン職人の腕も良いのもあるわ」

「パンなんてどこでも一緒と思うとったけど、バレンキストのパンは確かに一味違うわ」


 女将さんが笑顔で語る。

「なかでも、一番美味しいパンは法王庁で毎朝に焼いている聖パンだって話さ。こればかりは、まだ食べた経験がないから、わからないけどね」


 おっちゃんは気分よく食事を終えると、冒険者ギルドに顔を出した。

 冒険者ギルドは昨日と変わらず空いていた。カサンドラが暇そうだったので声を掛ける。

「バレンキストの冒険者ギルドって、規模の割に冒険者が少ないの。それだけ、『芸術家の霊廟』が人気(にんき)がないからか?」


 カサンドラが気楽な表情で語る。

「『芸術家の霊廟』は一般的な冒険者には人気はないわね。だけど、モンスターが出ないから少人数で頭を使って挑むダンジョンとしては挑みがいがあるって、一部では評判よ」

「そうか。なら、時間が経てば、もっと混雑するんか?」


 カサンドラが穏やかな調子で告げる。

「朝のピークは過ぎたから、混雑はしないわ。原因は別にあるのよ。皇太子のヴィルヘルム殿下よ」

「皇太子様がなにかしたんか?」


「ヴィルヘルム殿下がムランキストの街を発掘する名目で、大勢の冒険者を集めた後なのよ」

「ムランキストの街って、通常の手段では入れない、って聞いたで」


「なにか、方法を手に入れたのね。それでね、ムランキストの街の探索は法王庁も動いていたんだけど、完全に出し抜かれた格好になったわ」

「ヴィルヘルム殿下の発掘隊って、もう出発したんか?」


 カサンドラが素っ気ない態度で教えてくれた。

「七日前に募集を締め切って、三日前にバレンキストを出ていったわ」


(これは、後れをとったで、ここで四週間も待っていたら、完全に手遅れやね。せやかて、今から参加も難しいな)

「ヴィルヘルム殿下って、どんな人や?」


 カサンドラが穏やかな顔で告げる。

「なんでも、凄い魔道具を『海洋宮』から持ち帰った、行動派の皇太子よ。今度はムランキストの街にある秘宝を手に入れて、密林の異常増殖を止めるんだって」


(なんや、ボンドガル寺院の秘宝を使って国を救おうとしているんか。秘宝の中身はわからん。でも、密林の異常増殖を止められるなら、アーベラは絶対に手放さんな)


『太古の憎悪』を止めるだけの品なら、譲って欲しい。だが、国を救う宝なら、渡してくれとは交渉し辛い。現に、アーベラは国家として衰退している。

「密林の異常増殖を止めるね。立派な計画やな。でも、密林の異常増殖と砂漠化の原因って、何なんやろうね?」


 カサンドラがいたって普通の顔で述べる。

「密林の異常増殖については知らないけど、砂漠化の原因はわかっているわよ。大悪魔バトルエルが神に反旗を翻したせいよ」


 おっちゃんはバトルエルの顔と名前を知っていた。

 バトルエルには弟にウィンケルがいる。ウィンケルは西大陸のダンジョンの『狂王の城』のダンジョン・マスターをやっていた。


 おっちゃんは『狂王の城』で働いており、そこで、バトルエルの接待係をやった経験があった。

(バトルエルはんが、砂漠化を進めとるやと? そんな悪さする御仁には見えんかったけどな。パンを焼くのが趣味な、気さくな方やったけどな)


「そうか。大悪魔のバトルエルがねえ。誰ぞ、バトルエルを怒らせるような不始末を、しでかしたんかな」


 カサンドラが少し身を乗り出して面白そうに語る。

「そこが謎なのよ。アーベラの国ではバトルエルは元々、九大天使の一人として数えられていたわ。それが、神に離反して悪行を行うようになったのよ」


(なんや、昔は大天使の扱いか。人の評価は当てにならんからなあ。中身は変わらんのに、時の政権に都合よければ天使になり、都合が悪くなれば悪魔の扱いもあるからな)

「元は大天使やったのか。それは、えらい変わりようやな」


 カサンドラが身震いして伝える。

「それで、大悪魔となったバトルエルを英雄王が討ったんだけど、その時の戦いでバトルエルが死ぬ間際に発した呪いによって。砂漠化が始まったと伝えられているわ」


 バトルエルの強さは知っていた。

(ほんまか? あの御仁を本当に人間が倒したんか? 普通は無理やぞ。バトルエルはんは態度は紳士でも、実力は確かや)

「バトルエルはんを倒したって、本当の話か?」


 カサンドラが疑った様子もなく話す。

「討伐した証拠として、バトルエルが持っていた『大剣アンガムサル』は国で厳重に保管しているから、本当の話だと思うわ」

(あ、これ、砂漠化の原因は、なんとなくわかったかもしれん)


 バトルエルは秘境にダンジョンを構えていた。秘境のダンジョンを制御しているダンジョン・コアは剣型である。

 もし、英雄王が持ち帰った『大剣アンガムサル』とやらが、ダンジョン・コアだと仮定する。

 ダンジョン・コアを持ち出したのが原因で、ダンジョンに異常を来たした可能性があった。


(なんで、そんな、事情になったのか、昔の話やから調べようがない。せやけど、これで王国に保管されている『大剣アンガムサル』がダンジョン・コアなら、予想は当りやで。どないしよう。余計な情報に気付いてしまったな)


 砂漠化がダンジョンの異常に起因するなら、ダンジョン・コアを破壊すれば、砂漠化は止まる。だが、砂漠化した土地は元に戻らない。

 砂漠を元の草原に変えたいなら、ダンジョンにダンジョン・コアを戻すだけでは駄目。ダンジョンにダンジョン・コアと管理者が戻ったうえで、異常を止めなければ、無意味である。


(まだ、砂漠化がダンジョンの異常が原因と決める判断は、早いか。現場を見とらんし、『大剣アンガムサル』がダンジョン・コアかどうかも全然わからん)


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