第三百五十二夜 おっちゃんと陰謀の予兆
街に帰った翌日、おっちゃんに手紙が届いていた。
差出人はワー・ウルフの族長ボルクだった。手紙は「モルモル村で会いたい」との内容だった。
モルモル村に移動して、琥珀糖工房に顔を出した。
ボルクたちが琥珀糖樹液を運び終わったところだった。
ボルクが穏やかな顔で告げる。
「ちょうど今、仕事が終わったところだ。俺たちの新しい村で話をしよう」
おっちゃんはお土産に山羊を買うと、ボルクの村まで歩いていった。
ボルクの村は、モルモル村から三十分ほど離れた場所にあった。村といっても、開けた土地に、テントが立っているだけの村だった。
村の中央には滾々(こんこん)と水が湧いているので、飲み水には困らない程度の土地である。
「生活のほうはどうや? 何とかやっていけそうか?」
ボルクがさばさばした顔で語る。
「生活は琥珀糖の価格次第だ。だが、こればかりは俺たちにはわからん。でも、今の水準なら、どうにか、やっていけそうだ。それに、飲み水と襲撃の心配がしないだけ、随分といい」
「そうか。早いとこ安定した生活ができるとええな。それで用件は何や? 何ぞ困りごとか?」
ボルクが改まった態度で申し出た。
「今日は礼がしたくて、おっちゃんを呼んだ」
「そうか、それは嬉しいな、ありがたく受け取るわ」
「礼といっても些細なものだがな。おっちゃんはムランキストの街を探していると、人伝に聞いた。実はムランキストの街を俺たちは知っている」
「ほんまか。なら、ボンドガル寺院の場所もわかるか?」
ボルクが厳しい顔で告げる。
「詳しい場所は知らないが、ムランキストの街にそんな名前の寺院があった」
「まさしく、おっちゃんが欲しかった情報や」
「ただ、ムランキストの街には入れない。あの街は砂で覆われたうえに、病が蔓延する街だとの噂がある」
「砂漠化と流行り病で、捨てられた街になったんか?」
「そうだ。だから、場所がわかっても、そう簡単にボンドガル寺院には入れない」
「砂に埋もれた病の街なら、二重苦やな」
ボルクが真剣な顔で伝える。
「そうでもない。病は法王庁にある『病除けの護符』があれば病は防げる。また、法王庁もムランキストの街を探しているから、情報を持っていけば探索隊に入れるだろう」
「法王庁もボンドガル寺院を探しているんか? 何のためやろう?」
ボルクが渋い顔して忠告した。
「なあ、おっちゃん。おっちゃんの目的はもしかして『太古の憎悪』か。なら、止めたほうがいいぞ。あれは、危険だ」
「なしてや? 何ぞ、わけありか?」
「『太古の憎悪』は法王庁だけが狙っているのではない。王の兄フリードリッヒと皇太子のヴィルヘルムも狙っている。現に、村がある時に三者から接触があった」
「なかなか、ホットな話題やな」
ボルクが神妙な顔で尋ねる。
「おっちゃんはどうして、『太古の憎悪』を蘇らせたいんだ? やはり、『太古の憎悪』を復活させて、北東の密林を焼き払ったり、砂漠化した土地を元に戻したりするためか?」
「おっちゃんは『太古の憎悪』が蘇ったときに封印する方法を探しているんや。何でも、噂やと『太古の憎悪』が蘇ると恐ろしい悲劇が起きる話やからね」
ボルクが少しだけ表情を和らげる。
「そうか。おっちゃんの動機を聞いて安心した。村でも『太古の憎悪』は、蘇らせてはいけない存在として伝えられていた」
「よし、おっちゃんは、これから法王庁に潜入してみる。そんで、『病除けの護符』が手に入ったら、街の場所を教えてもらう」
ボルクが凛々しい顔で伝える。
「場所は今、ここで教える。俺に何かがあってわからなくなったら困る」
ボルクが二枚の古い地図を見せた。
おっちゃんは『記憶』の魔法を唱えて、地図を暗記する。
「よし、これで地図を覚えた。ありがとうな、ボルクはん」
おっちゃんはボルクと別れると、解呪組合のゴルカを訪ねた。
「ゴルカはん、呪われたゴールデン・バウムを伐るのに同行した報酬を貰いに来たで。金貨は要らん。代わりに、法王庁への紹介状を書いてや。特認冒険者に興味がある」
ゴルカが渋い顔で答える。
「特認冒険者は簡単にはなれません。ですが、おっちゃんには聖印を取り戻していただいた実績があります。ならば、どうにかしてあげたい」
「何や、難しいんか?」
ゴルカが表情を曇らせて伝える。
「特認冒険者の採用はあくまでも、法王庁にあるのです。ですから、解呪組合の紹介があっても、なれるとは限りません」
「ええよ。伝さえあったら、あとはどうにか考える」
「わかりました。では、三日後また解呪組合に来てください」
おっちゃんは冒険の準備を整えて、三日後に解呪組合に行った。
ゴルカが柔和な笑みを湛えて待っていた。ゴルカは解呪組合長からの紹介状を渡す。ゴルカは他に大きな袋と小さな袋を渡してくれた。
ゴルカが優しい顔をして告げる。
「これは餞別です。些少ですが、持ってお行きなさい」
小さな袋を開けると金貨が十枚、入っていた。
大きな袋を開けると、二㎏ほどのゴールデン・バウムの塊が入っていた。
「おおきに、ゴルカはん。遠慮なく貰うてゆくわ」
「旅の無事をお祈りしていますよ」
おっちゃんはアルカキストの街をあとにして、法王庁があるバレンキストに向かった。
【アルカキスト編了】
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