第三百五十一夜 おっちゃんと呪いの精霊
ゴールデン・バウムを伐る作業は秘密裏に行われる。
冒険者が四人から六人の集団で、密林の中に指定された場所に呼ばれた。おっちゃんが行くと、冒険者の集団が既に待っていた。
ゴールデン・バウムを討伐するために集められた冒険者は二十二人。冒険者の面構えを確認する。
誰もが、それなりにできそうな顔をしていた。
(ほー、さすがは法王庁が雇っている精鋭の冒険者や。顔付きからして違う。これなら、呪われたゴールデン・バウムかて、伐れるやろう)
隊の指揮はゴルカが執る。ゴルカの指示の許、一行は密林の奥へと進んだ。
木々が鬱蒼としていないのに、暗い雰囲気になっている場所に出た。嫌な空気も漂っていた。
(空気からして、呪われているの。凄い場所やで)
密林は全ての生物が死に絶えているかのように静かだった。
ゴルカが険しい顔で足を止めた。
「ここから先は危険です。聖印を使います。おっちゃん、前に来てください」
呼ばれたので前に行くと、ゴルカから聖印を渡された。
「おっちゃん、聖印を額に当ててください」
言われた通りにすると、額が仄かに温かかくなった。
「聖印が効力を発揮したようですね。よし、私も含めて、全冒険者の額に聖印を当ててください。聖印の力で呪いを、無効化します」
「わかったで、ほな、ちゃっちゃっと進めようか」
おっちゃんは指示された通りに、全冒険者とゴルカの額に聖印を当てた。
聖印を額に当てると、額に仄かに光る印が宿っていた。
全員が聖印の加護を得た状況を確認すると、ゴルカが命令を出す。
「では、聖印が効力を発揮している間に、呪われたゴールデン・バウムを伐ります」
冒険者が緊張した顔で歩いて行く。
聖印の加護によるものか、密林の木々が道を空け、一本の通路が出現した。
通路を進むと、半径五十mほどの、開けた荒地に出た。荒地の真ん中には、幹の太さが四m、高さ二十mの金色に輝く樹が立っていた。樹に小さな金色の実がなっていた。
ゴルカが緊張した顔で号令を懸ける。
「討伐隊、戦闘用意」
冒険者たちが武器を構えて準備する。
「戦闘開始!」の合図で、炎、雷、毒ガス、冷気、酸が、呪われたゴールデン・バウムに襲い掛かる。
普通の魔物なら一瞬で勝負が付くほどの魔法が、飛んだ。だが、呪われたゴールデン・バウムは無傷に等しかった。
ゴールデン・バウムの幹が震えた。不吉な震動が空気を伝わった。荒地の空けた空間に人の形をした樹木が現れる。
冒険者が、呪われたゴールデン・バウムと人型の樹木を処理する班に分かれて、戦闘が行われる。
戦闘が始まると、ゴルカも剣を抜いて戦場に飛び込んだ。
おっちゃんは特に何をしろと命じられていなかった。なので、後詰めとして、聖印を手に状況を見守っていた。戦闘は、おっちゃんの前面で激しく行われていた。
おっちゃんの前の空間が黒く歪んだ。おっちゃんは武器に手をやる。
歪んだ空間から、全長六十㎝の泪型の魔物が姿を現した。魔物の顔に目鼻口が出現して気味悪く笑う。
おっちゃんは武器を抜いて突きを放とうとした。
だが、ダメだった。おっちゃんの体は殿様蛙になっていた。
魔物が威勢よく笑う。
「あひゃひゃひゃは、無様だな。人間よ。お前は一生ずーっと蛙のままだ。俺様の名は、デッドラ。呪いの精霊だ。俺の力は貴様らが持つ、ちんけな聖印の比ではない。その姿で、この森の奥に入った過去をどこまでも果てしなく後悔して一生を過すがいい」
おっちゃんは大して慌てなかった。
(あれ? これ、おっちゃんの能力は使えそうやで)
おっちゃんが人の姿を念じると、おっちゃんは人の姿に戻った。
「は?」とデッドラが目を見開いて驚いた。
おっちゃんは驚いているデッドラをグーで殴った。
「いたっ!」と、デッドラが声を上げ、狼狽えて叫ぶ。
「馬鹿な! 何で人間に戻れるんだ」
「おっちゃんに文句を垂れられてもねえ。なれるもんは、なれるんよ」
「くそ、聖印の力を甘く見ていた。ならば、これで、どうだ」
おっちゃんは次の瞬間、鼠に変えられた。
デッドラが上機嫌で叫ぶ。
「よし、今度は上手くいった。もう、人間には戻れない」
おっちゃんが人間の姿を念じると、人間に戻れた。
デッドラは大いに焦った。
「え、何で? なら、これで、どうだ」
子豚にされる。だが、やはり人の姿を念じると、人に戻る。
それから、蝙蝠、烏、猫、大蜘蛛、栗鼠、猿、狸、狐、鼠、蛇、蜥蜴、川獺、鼬、子馬、鹿、雀、鶏、鳩、鶫と姿を変えられるが、そのたびに、おっちゃんは人間に戻った。
デッドラが絶叫した。
「何で、何で、何で、人に戻れるんだ。俺の力は絶対のはずだ」
デッドラは傍から見ていてもわかるほど混乱していた。
「くそ、何に変えたら、人間に戻れないんだ」
おっちゃんは意地悪く誘導する。
「トロルですかね」
デッドラが自棄だとばかりに叫んだ。
「なら、トロルになれ」
おっちゃんは身長三mの岩の肌を持つ、筋肉の塊のトロルにされた。おっちゃんは拳を振り上げて、渾身の力を込めて振り下ろした。
「あっ」と、デッドラが犯した失敗に気が付いた時には、すでに遅かった。
おっちゃんの強力な一撃がデッドラの脳天を直撃した。おっちゃんは地面に叩きつけられたデッドラに教える
「いくら何でも、トロルに変えたらまずいやろう。強烈な攻撃を喰らうで」
「そう、だよね」と、熟れて落下したトマトのような形状になったデッドラが呟く。
デッドラは能力を解いて、おっちゃんを元の人間の姿に戻した。デッドラがふらふらになりながら立ち上がる。
「こうなりゃ不本意だが、俺様が直接に手を下して始末してやる。人間よ。覚悟しろ」
遠くから声がする。
「やった、呪われたゴールデン・バウムを倒したぞ」
「嘘ーん」とデッドラが驚愕の表情で振り返る。
呪われたゴールデン・バウムは、二つに折れていた。
おっちゃんは余裕タップリに尋ねる。
「で、どうするの。デッドラはん? やるの? やらんの? どっちでもええけど、はよ決めんと、二十二人の凄腕冒険者が、こっちに来るで」
デッドラは歯噛みして悔しそうな顔で答えた。
「よし、今日のところは、これで勘弁してやる。覚えていろよ、冒険者」
デッドラが消えた。おっちゃんが裸で立っていると、ゴルカがやって来る。
ゴルカが怪訝な顔で尋ねる。
「何で、おっちゃんは裸で立っているんですか?」
「こっちは、こっちで、戦いがあったんよ。しょうもない戦いやったけどな」
おっちゃんは服を着て冒険者とともに街に帰還した。
いよいよ、二月です。『おっちゃん冒険者の千夜一夜』の一巻は二月二十三日発売予定です。