第三百四十九夜 おっちゃんとワー・ウルフ(前編)
フェリペと冒険者ギルドで会う。解呪組合とは話が付いたと教えた。フェリペはいたく喜んで帰って行った。
おっちゃんは聖印が運ばれて来る日を待った。
冒険者ギルドで飲んでいると、冒険者たちの噂話が聞こえて来る。
ある冒険者が冴えない顔で語った。
「ワー・ウルフの強盗団が街の外に出没するそうだ。金や荷物を渡せば命までは取りはしないそうだが、結構、被害に遭った人間がいる」
別の冒険者が曇った表情で応じる
「こちらは、護衛の仕事が廻って来る状況はありがたい。だが、あまり、やり合いたくない連中だな。やつらは獣と違って知恵が廻る」
おっちゃんはテレサに尋ねた。
「ここいら辺って、トリカブトは生えてないの?」
「全く聞かない草だから、生えていないわね」
(ワー・ウルフが苦手なトリカブトがないのなら、身を守るには実力しかないな。住処を追われて出てきたようやけど、強盗に転落するとは哀れな奴らやな)
「聖印が解呪組合にやって来た」との噂が流れる。
聖印は公開される予定だった。けれども、聖印の公開が突如として取り止めとなった。
おっちゃんはテレサに尋ねる。
「聖印の公開が急遽、取り止めになったやん。何か情報が入っとるか?」
テレサが表情を曇らせて話した。
「よくない噂があるわ。聖印が盗まれたって話よ。解呪組合は否定しているわ。でも聖印があるなら、なんで公開しないのか理由が不明よ」
ゴルカに会いに解呪組合に行った。
おっちゃんは解呪組合の奥にある密談用の部屋に通された。ほどなくして、ゴルカがやって来る。
「こんにちは、ゴルカはん。聖印が盗まれたって噂があるけど、本当なん?」
ゴルカが沈痛な面持ちで語る。
「残念ながら、本当です。盗んだ犯人より、金を要求する犯行声明が届きました。犯人はワー・ウルフたちです」
「解呪組合って、そんな簡単に外部から侵入して盗めるものなん?」
ゴルカが険しい顔で告げた。
「まさか。内部に反抗を手引きした人間がいないと、無理です」
「手引きした人間の目星は付いておるんか」
「誰かは特定できていません。ですが、聖印を運んで来た特認冒険者の中に犯人がいるのでは、と睨んでいます」
「運び屋の中に賊がいたら、そら、盗みも可能やな」
ゴルカが不安気に語る。
「実は今晩、金を渡して聖印を受け取る計画があるんですが、上手くいくかどうか」
「おっちゃんのほうでも動いてみようか?」
「お願いします。費用は掛かっても構いません。聖印がなければ、呪われたゴールデン・バウムの駆除ができない」
おっちゃんは古着屋に行く。貧しそうに見える人間の服を買い、貧民街に出かける。
貧民街で歩き回った。途中から、おっちゃんを尾行して来る男に気が付いた。
おっちゃんは気が付かない振りをして人通りのない通路に入る。
男が険しい顔をして声を掛けて来る。
「おい、ここいらじゃ見ない面だな」
おっちゃんは堂々と男に近づく。男の手が届く距離に来たので、おっちゃんは男を観察した。
顔つきと立ち方、獣の匂いから、男はワー・ウルフだと見抜いた。
「わいか。わいは、おっちゃんいう冒険者や。ちと、わけがあって貧民街に潜伏している。ワー・ウルフを探しとる」
男は飛び退くと、短刀を取り出した。
「待ちいや」と声を掛けると、おっちゃんはワー・ウルフに姿を変える。
「なんか勘違いしているようやけど。おっちゃんは困っている同胞に、ええ話を持って来たんやで。話に乗ってくれるなら住処と職を斡旋したる」
男はおっちゃんが変身すると戸惑った。
おっちゃんは人間の姿に戻って語り掛ける。
「どうや、話を聞く気になったか? なったんなら、リーダーに会いたい」
男は迷ったが、おっちゃんを連れて行く決断をした。
「わかった。リーダーに会わせてやる。ただし、妙な真似をしたら命はないと思え」
「話がわかる人で助かったわ。ほな、案内してや」
男はおっちゃんを貧民街の外れに連れて行った。貧民街の外れには、四十人からなる小さな集落があった。
集落の人間はひどく疲れていて、弱っていた。集落の人間は外から来たおっちゃんを警戒していた。
「ボルクさん、ワー・ウルフの冒険者がボルクさんに話があるそうです。なんでも、話に乗れば住む場所と職を与えるとか」
ボルクと呼ばれた男は金髪で髭面の大男だった。年齢は四十代。ボルクには戦士らしい風格があった。
されど、栄養状態がよくないのか、少し窶れていた。
おっちゃんは、ボルクから呪いの気配を感じた。
ボルクがおっちゃんを見て、目を細める。
「俺がリーダーのボルクだ。話とはなんだ?」
「話の前にええか? ボルクはん、あんた目が悪いんか? もしかして、解呪組合の荷物を奪った辺りからやないか」
ボルクが投げやりに発言する。
「そうだが、だったら、なんだ? 目を治すとでもいうのか?」
「ええで。治療したるわ」
おっちゃんはボルクに近づこうとする。
他のワー・ウルフが威嚇するように立ち上がる。
「近づかんと、治療でけんよ」
ボルクは軽く手を挙げて味方を制する。立ち上がったワー・ウルフが座った。
おっちゃんはボルクに近づいて、『解呪』の魔法を唱えた。
ボルクが目を見開いたり、閉じたりする。
「なるほど、本当に治療ができるようだな。それで、条件はなんだ?」
「聖印を取り返してほしい。聖印を取り返してくれるなら、住む場所と仕事を斡旋する」
ボルクは露骨に疑う顔をした。
「にわかには信じられない話だな」
「まあ。そうやろうね。でも、聖印を盗む話を持って来た人間より、信用はできると思うよ」
ボルクがむすっとした顔で訊く。
「どこまで、話を知っているんだ?」
「ボルクはんたちが聖印を盗んだ、いう話になってるとこまでや」
ボルクはぶっきらぼうに答えた。
「俺たちが聖印を盗む手助けをしたのは事実だ。だが、俺たちは聖印を持っていない」
「せやろうね。聖印があったら、ボルクはんに掛かっていた呪いを消せたはずや。んで、話を持って来た相手は何て言っているん?」
「今晩の取引で成功したら金をやると約束している」
「ボルクはんの取引相手って信用できるん?」
ボルクはぞんざいに答える。
「さあな。だが、他に選択はない」
「なら、組む相手を乗り換えんか。おっちゃんと組もう。聖印を取り戻して」
ボルクは興味を示した。
「組むにしても、成功した時の詳細な報酬を知りたい」
「成功した時は、密林に住めるように調整したるわ」
ボルクは馬鹿にしたように鼻で笑って答えた。
「無理だ。密林に住もうとしたが、猿人、蟻人、人間どの勢力とも、かち合った。密林では生きていけない。それに、あの密林はおかしい。狩りの獲物がいない」
「なら、人間の街がええのか?」
ボルクは険しい表情で答えた。
「それも、無理だ。貧民街の人間たちですら、俺たちを受け入れない」
「なら、こうしよう。密林に住めるように、おっちゃんが人間、猿人、蟻人、と交渉する。そんで、食糧を得る手段として、琥珀糖の木からの樹液の採取事業を紹介するわ」
ボルクは厳しい顔で黙った。
「どっちと組むか考えたらええ。それと、おっちゃん魔力がまだ余っているから、他に解呪組合の品に手を出して呪われた人がいたら、教えて。呪いを解いたるわ」
呪いを解いてもらえると知って、すぐに前に出ようとするワー・ウルフをボルクは留める。
「待て。呪いを解く人間は俺が指定する」
ボルクは五名を指定したので、指定された五名から先に呪いを解く。
その後もまだ魔力が余っていたので、子供と女性から、もう五名の呪いを解いた。
おっちゃんは帰り際に財布から金貨十枚を取り出して、ボルクに差し出す。
「これは前金や。施しやないで。おっちゃんと組まんと決めたら、そっくり返してくれ。組むと決めたら、好きに使ってくれて構わない」




