第三百四十八夜 おっちゃんとアルカキストの真実
数日が経過し、テレサに呼ばれた。
「おっちゃん。ムランキストについて追加の情報が入ったわ」
「お、それは嬉しいの。どんな情報や」
「不確定情報だけど、ムランキストの街には事情があって簡単には入れないって話よ」
「道具が要るんか? どんな道具が必要なん?」
テレサが浮かない顔で告げる。
「『病避けの護符』と呼ばれているわ」
「一般的な品やないね。どこで手に入るんやろう」
「それで、『病避けの護符』を扱っているのが法王庁って話よ。でも、法王庁では魔除けは売っているけど、護符を一般向けには売っていないわ」
おっちゃんは首を傾げた。
「なら、なして、護符の出所が法王庁やて、わかったんやろう?」
「法王庁では昔からコネのある冒険者を使って冒険者ギルドを通さず、特別な仕事をさせているのよ。地元では特認冒険者と呼ばれているわ」
(なんか意味ありげな仕事をさせておるのう。法王庁には何か秘密があるのかもしれん)
「なるほど。護符が必要とするネタの出所は元特認冒険者か」
テレサが冴えない顔で告げる。
「確証はないけど、特認冒険者だと思うわ」
「法王庁絡みで何か仕事ってないか? あったら、受けてみたい。上手く行ったら特認冒険者と接点ができるかもしれん」
テレサが困った顔で告げる。
「仕事ではないけど、五日後に法王庁から使者が解呪組合にやって来るわね。なんでも、解呪組合は法王庁から聖印を貸し与えられるんだって」
「法王庁からの使者ね。ちょっと気になるの。聖印ってなんか御利益があるんか?」
テレサが歯切れも悪く答える。
「法王庁の聖印はあらゆる穢れを取り除く、って噂よ。だけど、真偽のほどはわからないわ」
「噂が本当なら大層な品や。せやけど、なんか単なる権威付けにしか思えんな」
テレサとの話を終えると、冒険者ギルドにフェリペが入って来た。
フェリペが困った顔をして、おっちゃんを密談スペースに誘う。
密談スペースに入ると、フェリペは用件を切り出した。
「おっちゃん、モルモル村が大変な事態になった。塩王が動き出した。塩王は塩商人組合の実力者で、次の代官候補だ。塩王はモルモル村を支配下に置こうとしている」
「琥珀糖の利益に目を付けたんやな。馬鹿な話を考えたもんや。モルモル村の交易に猿人も蟻人も来ておる。下手に手を出したら、村が滅茶苦茶になるのにのう」
フェリペは身を乗り出して頼んだ。
「そこでだ、塩王の動きに制限を懸けるために動く。俺は海運王に掛け合ってみる。おっちゃんは解呪組合長に話を持っていってくれ」
権力者同士で潰し合いをさせようとの魂胆だった。
「塩王と海運王や解呪組合長との関係はどうなんや? 蜜月の関係やと、崩す作戦は難しいで」
フェリペは眉間に皺を寄せて語る。
「おっちゃんは知らないんだな。三人はどちらかというと、仲が悪い。海運王と塩王が落ち目になってきたところで、いっそう関係は冷え込んでいる」
「羽振りがいい時だけの関係か? 世知辛いの」
おっちゃんとしても、フェリペを助けてやりたいので決断した。
「おっちゃんは嫌々やけど解呪組合に入っておる。せやから、組合員としてなら組合長も会ってくれるかもしれん。よっしゃ、解呪組合には、おっちゃんが行ってみる」
「よろしく頼むよ」とフェリペは頭を下げて、足早に冒険者ギルドを後にした。
おっちゃんは解呪組合の受付に行って「組合長に会いたい」と告げる。
小さな別室に通される。
待っていると、ゴルカがやって来て平然と告げる。
「生憎、組合長は街の代官と兼務で忙しい方。私が代わりにお話をお聞きしましょう」
「単刀直入に話すで。モルモル村の件や。塩王がモルモル村を支配化に置こうとしているのを止めて欲しい」
ゴルカがしれっとした態度で告げる。
「村の名主の任命権は代官にあります。ですが、モルモル村の評判は悪い。なんでも、反解呪組合の資金源になりつつあると聞いています。なら、いっそ塩王が役人として赴任しても問題ないと思いますが」
「モルモル村の琥珀糖の木の権利を反解呪組合が抑えている事実は認める。せやかて、反解呪組合は、村を支配しようとは考えておらん」
ゴルカが渋い顔をする。
「本当にそうでしょうか? 反解呪組合は、このごろ活動を先鋭化させていますよ」
「反解呪組合はそうかもしれん。でも、村は村人がおり、猿人や蟻人とも交流を持っとる。この二種族と上手くやれんと村は統治できん。話は琥珀糖だけやないんやで」
ゴルカが冷たい顔で告げる。
「では、反解呪組合が持つ琥珀糖の木の権利を買い上げさせてください。そうすれば、塩王から村を守ってあげましょう」
「なして、そこまで対立を煽ってでも、金儲けしようとするんや。反解呪組合ができたのかて、解呪組合がどこまでも利益を追求しようとするからやで」
ゴルカが神妙な顔で告げる。
「おっちゃん、あなたは、立派な冒険者だ。解呪組合の組合員でもある。呪われた騎士を退治し、泉を開放させた。猿人村で起きた問題も解決して、蟻人たちも救いましたね」
「なんや、急に褒め出して」
ゴルカが改まった顔で話す。
「だから、貴方には特別に解呪組合の秘密を教えましょう。アーベラは、かつては東の大国でした。だが、アーベラは今、北東からは密林が、南東から砂漠が、飲み込もうとしている」
「それは、聞いたで。それと、おっちゃんと何の関係があるん?」
ゴルカが真剣な顔で告げる。
「異常に増殖する密林がアルカキストを飲み込まない理由は、実はアルカキストに掛けられた呪いにあります。アルカキストの街は呪われた地の上にあるのです」
「土地が呪われているって、ほんまか? 呪われた土地なんて、住めないんとちゃうん?」
ゴルカが真剣な顔のまま、説明を続ける。
「普通は住めません。ですが、アルカキストにある『地下神殿』はアルカキストの呪いを吸い上げて、異常増殖する密林との境界に呪いを放出しているのです」
「そんな、仕組みになっとったんか……」
ゴルカは静かに伝える。
「増殖する密林は吹き出る呪いの力により、アルカキストを飲み込めないのです。ただこれには問題もあります。呪いが高密度で噴出する上には、呪われたゴールデン・バウムが生えるのです」
「聞いた覚えがある。なんでも密林で一番の恐ろしいモンスターやな」
ゴルカが淡々とした顔で言葉を続ける。
「呪われたゴールデン・バウムが生長すると、小さな呪われた木の実をつけます。この木の実を小鳥が運んで、強力な呪いがアルカキストと、その周辺に振り播かれます」
「呪われた木の実が鶏の餌に入って、塩漬け鶏に高度な呪いが掛かった。また、呪われた木の実が落ちた周りの樹木が魔物化しとる。そこまでは、知っとるで」
ゴルカが厳かな表情で告げる。
「そうです。なので、アルカキストは街を守るために。呪われたゴールデン・バウムを一定周期で伐らなければならないのです」
「でも、呪われたゴールデン・バウムは呪いが噴出す場所に植わっているんやろう? 入れないと違うの?」
ゴルカの顔が曇った。
「そのために解呪組合は法王庁から聖印と特認冒険者を借りています。聖印の力で一時的に呪いに耐性を付けた特認冒険者によって、呪われたゴールデン・バウムを伐る作業をしているのです。ですが、そのためには多額の金が必要なのですよ」
解呪組合が金を必要としている理由はわかった。だが、納得にいかない点もある。
「なら、なして、ほんまの話を皆に教えんのや? 街のためやったら、税金を投入できる。解呪組合が儲けを街のために使っているなら、それほど恨まれんやろう?」
ゴルカが寂しげに笑う。
「街の人間が呪われた土地の上にどんな気分で住んでいるかは、考えないとしましょう。解呪組合長は単なる代官です。この地を治める人物は王家の人間です。王家が事実の公表を了承しないのですよ」
「なるほど。アルカキストは建国王の生地。王様が生まれた場所が呪われた土地では公表できんか」
ゴルカが難しい顔をして語る。
「冒険者はこの街の経済を支えています。冒険者が持ち帰る呪いの品を買い取って、解呪組合は呪いを解いて売り、利益を出しています。ですが、ここに別の側面があるのです」
「金の使い道を公表できない理由が、まだあるんか?」
ゴルカは神妙な態度で頷く。
「呪いの品は、『地下神殿』にある穴から生成されます。熱した薬缶から蒸気が出るように、『地下神殿』の呪いの噴出孔から、呪いの品が生成されます」
「そうなんか? せやったら、呪いの品を誰も取りに行かなくなったら、どうなるんや?」
ゴルカは痛ましい顔で述べる。
「『地下神殿』が強力な呪いの力に耐えられなくなり、吹き飛びます。その時に放出される呪いで、アーベラの西側は、人が住めなくなるでしょう」
「なるほど。そうなれば、アーベラは消える。最後に残る土地は、人の住めない密林と砂漠だけか。そんな話を公表したら、国民は不安になるわな。それが、金の使い道を公表できない二つ目の理由か?」
ゴルカが苦い表情で語る。
「解呪組合は、価値がゴミでも、呪いの品を買い上げて冒険者を『地下神殿』に向かわせなければなりません。買い取りに掛かる費用も捻出する必要があるのです」
ゴルカはいくぶん表情を穏やかにして話す。
「さて、本題に戻りましょうか」
「そんで、塩王による村の支配を止めてくれるんか?」
「二週間後、特認冒険者と一緒に聖印が届きます。おっちゃんは特認冒険者と一緒に、呪われたゴールデン・バウムの駆除に同行してください」
「同行するのが、塩王の動きを止めるための交換条件か?」
ゴルカが鷹揚に頷く。
「もちろん、成功した時はきちんと別途報酬をお支払いします」
「でも、なして、おっちゃんなん? 腕の立つ冒険者は他にもおるやろう?」
ゴルカが澄ました顔で告げる。
「呪われたゴールデン・バウムの駆除は代々、解呪の泉の精が選んだ人間がやる決まりなのです。解呪の泉の祝福があると、駆除がスムーズに進むのです」
「なんか、やりたない仕事やけどな。確認やけど、呪われたゴールデン・バウムを伐る仕事は特認冒険者がやるんやろう」
ゴルカが澄ました顔のまま頷いた。
「それはもちろんです」
「わかった。なら、呪われたゴールデン・バウムの討伐への同行するわ。だから、塩王による村への介入を止めてくれ」
ゴルカが微笑む。
「商談成立ですな」




