第三百四十六夜 おっちゃんと海運王の依頼
おっちゃんが冒険者ギルドに戻ると、テレサが明るい顔で寄ってくる。
「おっちゃん、ムランキストの町について、情報が手に入ったわよ」
「ついに情報が入ったんか。して、どこにある街や?」
「ごめんなさい。詳細な場所までは特定できなかったわ」
ムランキストの街に関する情報が載った紙を見せてもらう。ムランキストはアーベラ国の南東にある街だった
街は砂漠化の影響で人が住めなくなって廃棄されていた。街には、ボンドガル寺院と呼ばれる施設があった。
ボンドガル寺院の地下には何でも願いが叶う秘宝が存在しており、秘宝を探してムランキストの街を探る冒険者が存在する。
「なんや、伝説の街なんか? しかも、なんかこの情報怪しいな」
テレサが気楽な顔で告げる。
「そうね。でも、存在しない街ではないわ。秘宝の話が本当かどうか知らないけど、探している冒険者がいるんだから、何かしらの痕跡はあるみたいよ」
おっちゃんは情報料として銀貨三十枚を払うと、紙をしまった。
(アルカキストがアーベラの北西にあって、ムランキストが南東にあるんなら、反対側やな。闇雲に情報を求めて移動しておったら、無駄足に終わる結末もある。もう少し、情報が集まるまで待つか)
おっちゃんが酒場に行くと、冒険者たちの噂話が聞こえてくる。
ある冒険者が難しい顔をして話す。
「おい、聞いたか? 北方にある海賊都市の連中の話。海賊都市の活動が今年に入ってから活発で、海運王の船も何隻もやられているらしい」
また、別の冒険者が意気込んだ顔で応じる。
「聞いた、聞いた。それで、街に海賊が潜入して何やら企んでいる、って話だ。密林にはワー・ウルフの強盗団が出る。海には海賊だ。これは名を上げるチャンスかも知れない」
(そういえば、最近、よく聞くの。海賊と強盗団の噂話。それだけ、情勢が不安定なんやな。せやけど、ここは冒険者の街。多少の事件では揺るがんやろう)
おっちゃんが冒険者ギルドで寛いでいると、ゴルカがやってくる。
「こんにちは、おっちゃん。今日は解呪組合から仕事の依頼があって、やって来ました。お時間よろしいですかな?」
「別に暇やから話を聞くくらいなら、ええで。引き受けるかどうかは、内容を聞いてからや」
一緒に密談スペースに移動すると、ゴルカが澄ました顔で告げる。
「仕事の依頼とは解呪組合からの荷物の運び出しです。荷物の運搬は人足がやります。おっちゃんには現場監督をしてもらいたい」
「普通なら、ええよ――と、答えるやろうせやけど。解呪組合から運び出す荷物は、普通の品やないやろう? 中身はなんや?」
「有態に言えば呪われた品です。梱包は組合で厳重にするので、問題はないでしょう」
「確かに呪われた品かて、知識のある人間が梱包をちゃんとすれば運べるな」
「ただ、扱う品が扱う品なので、万一がございます。その時は解呪を使える人間がいたほうがいい」
「そういう理由か。でも、なんか怪しいの。何を企んでいるんや?」
ゴルカが穏やかな微笑を湛えて応える。
「怪しい、だなんて心外ですな。単に、荷物を港まで運んで船に載せるだけです。保安上の秘密からどの箱に呪われた品が入っているかは、お教えできません」
「話はわかった。ちなみに、呪われた荷物はどこに運ぶんや?」
ゴルカが微笑んで告げる。
「荷物の行き先については、お教えできません。これは、公にできない仕事なのです」
「依頼人が秘密にしたいと頼むなら、秘密でもええわ」
「引き受けてくれれば、一晩で金貨三枚、解呪が必要な事態になれば、追加で金貨五枚を支給します」
(なんや、やけに景気がいい依頼やな。重要な呪いの品でも運ぶんか?)
「やってもええけど、他に何か注意点はある?」
ゴルカが気取った顔で告げる。
「強いていえば、荷物が奪われそうになっても、護衛役の手助けはしないでもらいたい。護衛役にはその道のプロを選んでいますから」
少々意外な取り決めだったので、確認する。
「荷物が奪われそうになっても、逃げ出していいんか?」
「襲撃があった場合は、護衛役でない限りは報酬を減額しません。ただし、護衛役の邪魔をした場合は、荷物が無事でも報酬をお支払いできない場合がございます」
「なんや、奇妙な依頼やな。まるで――」と言いかけて口を閉ざす。
ゴルカの表情に僅かに影が差す。ゴルカが首を少しだけ傾けて尋ねる。
「まるで、なんですか?」
「なんでもない。思い違いや。ええで。ゴルカはんの依頼を引き受けるわ。それで、運び出しは、いつや?」
ゴルカが気を取り直した顔で告げる。
「明日の深夜に、解呪組合から港に泊まっている帆船に荷物を運びます」
「わかった。深夜の少し前に解呪組合に行くわ」
ゴルカが澄ました顔で告げる。
「では。お待ちしています。あと、余計な行動はくれぐれも、しないようにお願いしますよ」
「わかったで」
おっちゃんが了承すると、ゴルカが足取りも軽く帰っていった。
おっちゃんはテレサに尋ねる。
「あんな、テレサはん。解呪組合から船の護衛の話って来ておる?」
「そんな仕事の話は来てないわよ」
(これは、ちと、わけありの仕事やな)
「そうかー」と、おっちゃんは話を切り上げて港に行く。
港に行くと船が五隻停まっていた。うち一隻はおっちゃんが所有する船だった。
まさかと思い、自分の船に行く。
船員は呪われた民なので、おっちゃんを知っていた。
おっちゃんは船長に会いに行く。船長は青い髪と黄色の眼を持つ呪われた青年のセバルだった。
セバルに人払いをしてもらって、船長室で話をする。
「あんな、セバルはん。この街の海運王から荷運びの依頼を受けとるやろう」
セバルが明るい顔で告げる。
「そうだな。中古の家具を運んで欲しいと頼まれている。報酬はかなり高目だ」
(やっぱり、海運王のやつ、自分の船やなく他人の船を使う気やったんか)
「もしかして、荷は明日の深夜に運ばれてくる話になっとらんか?」
セバルがニコニコしながら答える。
「そうだが、よく知っているな」
「海運王の依頼は断って。海運王の依頼には裏がある。依頼で運ばれてくる荷物は中古の家具かもしれん。だが、解呪組合にある大量の呪われた品や」
セバルが驚いた。
「なんだって! 運ぶ荷が呪われた品だとは聞いてないぞ」
「しかも、話はそれだけやない。おそらく、船は襲われる。そんで、荷物が奪われるまでが海運王の計算や」
セバルが険しい顔で尋ねる。
「襲われるとは、どういう意味だ?」
「海賊の行いに怒った海運王の策や。海運王は海賊たちに、荷物に見せかけて大量の呪われた品を掴ませる計画を立てとる。海運王は犠牲になる船を捜しておるんや」
セバルがいきり立った。
「なんだと! 確かに夜中に家具の搬入だとは、変だと思ったんだ。まさか、そんな裏がある仕事だったなんて。よし、すぐに契約を解除する」
「待った。喧嘩腰で行ったらあかんで。知った情報を仄めかして、穏やかに交渉するんや。相手はこの街の権力者や。怒鳴り込んで出入り禁止になったら都合が悪い」
セバルが気勢を削がれて、ムッとする。
「そうなのか。でも、俺たちを海賊の生贄にしようとした奴等だぞ」
「喧嘩は損や。和やかに普通の品物の運搬の話と交換するんや。それがダメなら、自分で家具を購入して運ぶからとか何とか言って煙に巻くんや。それでもダメなら、証人の存在をちらつかせて交渉して」
「なんか気が進まないが、おっちゃんの進言なら従うか」
海運王の企みを潰す仕事は簡単だった。だが、海運王を潰せはしない。海運王に恨まれず、仕事から降りるしか手はなかった。
(欲の皮が突っ張った他の商人が犠牲になるかもしれん。でも、こればかりは商売の非情さと割り切るしかないの)